TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ラジオ・チャート1969年間(その1)

01.ラブ・チャイルド/ダイアナ・ロスとシュープリームス
02.西暦2525年/ゼーガーとエバンズ
03.ラヴ・ミー・トゥナイト/トム・ジョーンズ
04.マンチェスターとリバプール/フェラス
05.オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ/ベッドロックス
06.ボクサー/サイモンとガーファンクル
07.タッチ・ミー/ドアーズ
08.ホンキー・トンク・ウィメン/ローリング・ストーンズ
09.愛の聖書/クリス・モンテス
10.輝く星座(アクエリアス)/フィフス・ディメンション

1位 Love Child - Diana Ross & The Supremes('68米1位/英15位)
 1965〜66年にかけてピークを迎えた「モータウン・サウンド」は、60年代末には時代の移り変わりとともに変容を迫られていた。また黄金期にヒットを量産したソングライター・チーム、ブライアン&エディ・ホランドとラモント・ドジャー(通称「HDH」)の3人が68年に同社からの独立を宣言したことから新しい作曲家の育成の必要もあったモータウンは、新進作家を4人集め「Love Child(私生児)」という問題作を作り上げた。私生児として生まれた少女が、恋人に自分たちの間に生まれる子供に自分と同じ不幸を味わせたくない、と訴えるこの曲は「社会派ソング」として人気を呼び、以降の同社の作風に大きな影響を与えた。この年の暮れにダイアナ・ロスが独立する彼女たちにとって通算11曲目の全米ナンバー1ヒットである。
2位 In The Year 2525 - Zager & Evans('69米1位/英1位)
 1960年代が終わりを迎えるにあたって音楽界の一部には「近未来志向」な雰囲気が漂い、サウンド・テクノロジーの進歩も相まって数々のユニークな作品が生まれた。中でも突飛な発想で注目を集めたのが「2525年に、人類はまだ存在するのだろうか?」という「西暦2525年」で、リック・エヴァンス(相方はデニー・ゼーガー)が1964年に作ったこの曲は、5年の潜伏期間を経て全米チャートに登場し、見事全米ナンバー1に輝いた。“エキスポ・ムード”が盛り上がっていた我が国でもこの時代を代表するヒットとなったがこの時点で二人は既に解散状態、続くヒットは生まれず「歴史的な一発屋」という不名誉な称号が与えられている。なおゼーガーは現在も音楽界に身を置いており、ギター教則サイト「ゼーガー・ギター」を主催している。
3位 Love Me Tonight - Tom Jones('69米13位/英9位)
 60年代後半から70年代前半にかけて“オバ様の洋楽アイドル”として君臨したのがウェールズ出身の“肉体派バラディアー”トム・ジョーンズ。65年に英米でブレイクを果たした彼は60年代末には日本でもその人気に火がつき、以降数年間に亘り洋楽チャートの常連的存在となった。彼がホストを務めるTVショー「This Is Tom Jones(トム・ジョーンズ・ショー)」も好評を博していたこの時期の彼は絶好調で、ヒットはどれも佳曲揃い。中でも印象的な「ラヴ・ミー・トゥナイト」は彼のセクシーさを十二分に引き出した“歴史的名曲”といっていいだろう。J-POPファンにはそれから約20年後に筒美京平の手により「抱きしめてトゥナイト(田原俊彦)」として甦り、大ヒットを記録したことでも印象深い曲である。
4位 Manchester & Liverpool - Pinky & Fellas
 60年代のフランスを代表する作曲家、アンドレ・ポップは「恋は水色」他数々の名曲を残しているが、そんな彼が66年に女性シンガー、マリー・ラフォーレに提供したのが「Manchester et Liverpool」。タイトルから想像されるような“ブリット・ポップ”ではなく、ノスタルジックな雰囲気漂うポップスだが、これをイギリスでご当地ソングとして録音したのがスコットランドの6人組ピンキーとフェラス。日本には「ピンキーとキラーズ」という人気グループがいたため紛らわしいが(こちらは“スパンキーとギャング”が発想の元になっているらしい)彼らが残した数少ない音源の一つであるこのバージョンは海を超えて日本で大ヒット。不発に終わった本国ではまったく顧みられることのない「思い出の一曲」となった。
5位 Ob-La-Di, Ob-La-Da - Bedrocks('68英20位)
 60年代半ば以降、イギリスではジャマイカ発のニューリズム「ブルー・ビート」が流行し、70年代にレゲエが隆盛する元になったが、そんな中ジャマイカ移民のグループ、イコールズ(80年代に人気を博すエディ・グラントが在籍していた)が「Baby Come Back('68米32位/英1位)」の大ヒットで人気者となり、その影響はビートルズにまで及んだ。ポール・マーッカートニーが「ブルー・ビート」をヒントに作ったといわれる「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」は通称「ホワイト・アルバム」に収録されるのみでシングル・カットはされず、代わりにイギリスではマーマレード(英1位)とベッドロックスが発表。本国では圧倒的に前者が好評だったが、日本ではよりホンモノ風の(?)ベッドロックスに軍配が上がった。
6位 The Boxer - Simon & Garfunkel('69米7位/英6位)
 “サイケデリック・ロック”はAMラジオから流れる音楽にも多大なる変化を促し、トップ・アーティストたちはレコーディング・スタジオで膨大な時間を費やしながら実験を繰り返して、先鋭的なシングル曲を世に送り出そうとした。サイモンとガーファンクルの2人が最もサウンドの新世界に没頭して作品を生んでいたのがアルバム「Bookends」に収録された諸作や、その前後のシングルを録音した時期だと思われるが、中でも壮大な作風に仕上がったのが「ボクサー」。100時間を超す録音時間を経て生まれたこの曲は演奏時間5分以上の大作となったが、英米では「Too Much」と受け止められたのかナンバー1に迫る大ヒット・・までは行かなかった。「卒業」の余韻覚めやらぬ我が国では、文句なしの大ヒットを記録している。
7位 Touch Me - The Doors('68米3位)
 “ニューロックの時代”の扉を開いたロサンゼルスのバンド、ドアーズは、デビュー前に最初のアルバム2枚に収録された曲の殆どをライブ・レパートリーとして持っていたという。3枚目のアルバムで過去の貯えをすべて使い果たしてしまった彼らは4枚目の「The Soft Parade」録音時に大変な産みの苦しみを味わい、中でもバンドの中心人物であるジム・モリソンの行状は、バッド・トリップの末レコーディング・スタジオの機材を破壊し尽くすような暴挙にも及んだという。苦心の末完成させた同作は散漫な仕上がりの曲が多く、彼らにとって初めて「駄作」のレッテルが貼られたが、キャッチーなロック・ナンバー「タッチ・ミー」は無事大ヒット。但しその詞の世界は、かつての創造性には遠く及ぶものではなかった。
8位 Honky Tonk Women - The Rolling Stones('69米1位/英1位)
 大混乱の“サイケ期”を通過したローリング・ストーンズは、68年にアメリカ南部のロックに着目し新たなフェーズに入った。以降暫く現在でも「傑作」と呼ばれるアルバムを立て続けに発表していくこととなるが、前フェーズの後遺症は彼らに暗い影を落とし、この年の7月にはバンド結成以来精神的な支柱だったブライアン・ジョーンズ(前月にグループを解雇)が謎の死を遂げている。「ホンキー・トンク・ウィメン」はブライアン没後初にしてミック・テイラーが正式にメンバーとして迎え入れられた初シングル。“ストーンズ流R&R”の象徴的な作品の一つとして数えられるこれは彼らのツアーには欠かせないナンバーとして以降数十年に亘って演奏し続けられており、近々実現する来日公演でも最も印象深い場面で披露されることだろう。
9位 Nothing To Hide - Chris Montez
 クリス・モンテスは1943年生まれのチカーノ(メキシコ系アメリカ人)ロッカー。59年に早世したリッチー・ヴァレンスの後継者として期待された彼は62年にストレートなR&Rナンバー「Let's Dance(米4位/英2位)」を大ヒットさせたが、その後は大したヒットを飛ばせず。そんな彼が復活を果たすのが66年、ハーブ・アルパートの制作で彼のA&Mレコードから再デビューした「Call Me(米22位)」の成功がきっかけ、以降ソフトでオシャレなMORシンガーとして何曲ものヒットを放った。「愛の聖書」は本国では68年のシングル「Love Is Here To Stay」のB面に収録されていた曲で、メロウさがウケて日本だけで大ヒット。これにメロディが極似した辺見マリの「経験(♪やめて、あぁ〜)」という副産物まで登場した。
10位 Aquarius/Let the Sunshine In - The 5th Dimension('69米1位/英11位)
 60年代末の音楽界で一大現象となったのがロック・ミュージカル「ヘアー」。ヒッピー・ムーブメントの影響が色濃く窺えるロック・ナンバー約30曲を書き上げたのは作曲家兼舞台俳優のジェイムス・ラドとジェローム・ラグニらで、このサントラからは正確に把握しきれないほどのカバー・バージョンが生まれ、空前絶後の数のカバー・ヒットも生まれている。中でも成功を収めたのがフィフス・ディメンション版の「輝く星座」で、平和に満ちた「水瓶座の時代の到来」は、近未来志向なこの時期の世相にマッチしたもの。ミュージカルでは冒頭に披露されるこの曲はシングル用にまとめるには少々難があり他のパートで使用される「The Flesh Failures (Let The Sunshine In)」をくっつけることでやや強引に“オチ”をつけている。


(2006.3.14)

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