TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Cash Box Top 100 Singles: Week ending September 19, 1970

01 Patches - Clarence Carter (Atlantic)
02 Ain't No Mountain High Enough - Diana Ross (Motown)
03 War - Edwin Starr (Gordy)
04 Lookin' Out My Back Door - Creedence Clearwater Revival (Fantasy)
05 Julie, Do Ya Love Me - Bobby Sherman (Metromedia)
06 25 Or 6 To 4 - Chicago (Columbia)
07 Candida - Dawn (Bell)
08 In The Summertime - Mungo Jerry (Janus)
09 Cracklin' Rosie - Neil Diamond (Uni)
10 Don't Play That Song - Aretha Franklin (Atlantic)

 昭和45年9月第3週のキャッシュボックスチャートのナンバー1は、クラレンス・カーターの「パッチズ」でした。

 こういう曲を1位として紹介できるのはいいですよね、なにしろこの曲はビルボード誌では1位になっていないのですから。今回このコーナーで紹介するチャート成績はすべてキャッシュボックス誌に拠るものなので、少々違和感を感じる方もいらっしゃるかも知れませんが予めご了承願います。さて、アラバマ州出身の盲目のR&Bシンガー、クラレンス・カーターは、アラバマ州マッスル・ショウルズの“フェイム”スタジオを本拠に60年代後半から70年代にかけて数々の“サザン・ソウル”ヒットを放ったアーティストでした。

 「パッチズ」に登場する主人公はアラバマの(元)少年。幼くして父親を亡くし、学校に通いながら小さい兄弟を養うため懸命に働いて、その兄弟も成人した現在は、苦労をかけた母親に家も建ててやったぜ!という非常に演歌っぽい内容。サビで繰り返される父親の遺言「パッチズ、家族の生活はお前の双肩にかかっているんだぞ。」というフレーズや「僕はアラバマで生まれて〜」で始まる冒頭の語りはカーターの出自ともダブり、多くのリスナーの共感を呼んだことと思われます。またこの時期はこの曲のプロデューサーであるリック・ホールがヒットチャートを席巻しており、南部発の最新サウンドが音楽シーンを牽引した、この時代を代表する一曲といえるでしょう。

 続いて2位はダイアナ・ロスの「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」。前年「Someday We'll Be Together(「またいつの日にか」米1位/英13位)」を最後にシュープリームスから独立した彼女、当時グループの他のメンバーとは仲が良くなかったのは有名な話で、当然残された“新生”シュープリームスのロスに対するライバル意識は大変なものがあったはず。

 そんな中この年の前半にリリースされた双方の第一弾シングル、シュープリームスの「Up The Ladder To The Roof」とロスの「Reach Out And Touch」は前者が最高9位、後者が10位とグループのブランド力の強さを示した結果となり、三人娘はひとまずの勝利を収めました。

 しかし、会社的には期待のスター、ダイアナ・ロスをこのままにしておく訳 にはいかない。モータウンは策を練り直し、この数年前マーヴィン・ゲイとタミー・テリルが大ヒットさせていた感動的な「Ain't No Mountain High Enough(67年米22位)」を語りが入った大掛かりなバラードに仕立て直し、大ヒットにこぎつけたのでした(そういえばこの曲、数年前に映画「天使にラブソングを2」のサントラでカバーされましたが、そこではマーヴィン&タミー版とダイアナ版のおいしいところを両方取り入れたようなアレンジになっていました)。

 ひとまずソロアーティストとしてキャリアの目処がついたロスでしたが、この後まだしばらくは苦戦が続きます。彼女はその後約2年TOP10ヒットを生み出すことに苦労し、一方シュープリームスは「Stoned Love」「Nathan Jones」など好調にヒットを飛ばし続けました。両者のチャート成績は袂を分った最初の2〜3年は本当にいい勝負でしたが(仲がいいか悪いかは知りませんが、近年のJ-POPでいえば安室奈美恵とMAXの関係を思い浮かべていただけばいいと思います)レーベルの社長であり、一時はダイアナの恋人でもあったベリー・ゴーディが本腰をあげ、彼女をジャンルを超越したスターに仕上げようと本格的に画策し始めた1973年あたりから、両者の差は永遠に縮まらないものとなっていきました。

 シュープリームスとダイアナ・ロスの険悪な感じというのは以降も延々と続いたようで「またいつの日にか・・」といいながら10数年後の「モータウン25周年」イベント(1983年)でようやく実現した両者のリユニオンでは、センターマイクに立とうとしたメンバーをダイアナが押し退けた、なんて話題がメディアで流れたり、数年前もダイアナのツアーの目玉にオリジナル・シュープリームスのオンステージを、とオファーしたところ、条件面が合わないとかなんとかで結局企画はオジャンに。。こういう“先例”を見ていると、例えばオリジナルメンバーによるデスティニーズ・チャイルドの再結成なんて、この先何十年か期待できなさそうな気になってきますよね。。

 3位は同じくモータウンから。「戦争って、やったら何かいいことある の?」「全然意味ないじゃん!」というエドウィン・スターの「黒い戦争」。インパクトの強いサウンドのお陰か、日本ではどういう訳か最近でも発泡酒(いや、ホンモノのビールだったっけ?)のCMソングに使われたりして頻繁に耳にするこの曲、むしろ現在のアメリカのメディアで毎日かけられればいいのに・・と思わせるものがあります。

 この曲が収録されている彼のアルバム「War & Peace」のジャケットは、当 時流行りのピースマークをバックに黒い軍服を着てエバってるエドウィンと、白い鳩を手にニッコリのエドウィンが並んでいるというデザインでした。このハズしっぷりが、R&Bの味わい深いところ。「War」の成功が突出しているため、一発屋と見なされがちな彼ですが、60年代には「僕はスパイ、コードネームはゼロ・ゼロ・ソウル。」という「Agent Double-O-Soul(65年米27位)」や、モールス信号の「S.O.S」をピアノがたたき続ける「Stop Her On Sight (S.O.S)(66年48位)」などユニークなヒットを生みましたし、70年代後半には「Contact」「H.A.P.P.Y. Radio」などディスコ・クラシックを発表。ノーザン・ソウルシーンを賑わせ続けた才能でした。

 残りはさらっといきましょう、4位はCCR。ヒットチャートファンには“あれだけヒット曲がありながら、1位が獲れなかった”グループとしても知られる彼ら(ビルボード誌では実に5曲が2位止まりでした)、しかしキャッシュボックスではこの曲が唯一1位を獲っていた!CCRにとっては不名誉返上の一曲でした。5位は当時のトップアイドル、ボビー・シャーマンの「いとしのジュリー」。「ジュリー、僕のこと好き?」というフレーズが色々と言い方を変えながら繰り返されるサビの部分が非常に耳に残る一曲です。

 6位はシカゴの出世作「長い夜」。初期の彼らの作品はこの何年か発売元が 転々としていて、何年か前は日本のテイチクが随分力を入れた再発シリーズを展開していましたが、先日権利がその筋の最高峰、ロサンゼルスのライノ・レコードに渡り、現在続々とリマスター盤が発売されています。彼らの作品の中では、ファーストアルバムをインストの何曲かを飛ばしながら聴くのが一番好きという私は、また新しい「Chicago Transit Authority」を入手すべきなのか、悩むこの頃。7位は後に70年代を代表するポップグループに成長するドーンの「恋するキャンディダ」。60年代に「Bless You(61年米17位)」等のヒットを記録したシンガー、トニー・オーランドを中心に企画されたプロジェクトだったこのグループ、この曲の日本盤シングルのジャケットを見るとむさ苦しい男4人組の写真が載っていて、オーランドと麗しの美女2人組という後年の 完璧なフォーメーションは想像もつきません。ま、ポップグループの始まりは、得てしてこういうものであることが多いのですが。。

 8位は近ごろ中華料理でディナー、となればデザートは定番の“マンゴ・プリン”ならぬ“マンゴ・ゼリー(ジェリー)”。何年か前にシャギーがリバイバルヒットさせた「イン・ザ・サマータイム」は、イギリス1950年代〜60年代の“スキッフル・サウンド”をこの時代に蘇らせたユニークな作品。マンゴ・ジェリーはアメリカではまったくの一発屋でしたが、イギリスでは10曲をチャートに送り込んだ人気グループ。1999年にはサッカーのマンチェスター・ユナイテッドを応援するミニアルバム「Support The Toon-It's Your Duty」で25年ぶりにイギリスのヒットチャートに返り咲いています。

 9位はニール・ダイアモンド初のナンバー1ヒット「クラックリン・ロージー」。今回はどうでもいい話に終始しているようで恐縮ですが、この曲、前年に小ヒットしたポール・アンカの「Happy(69年米80位)」という曲によく似ているんですよね。ニール・ダイアモンドが先、という可能性もあるのですが、その辺どうなんでしょう?誰に訊けばいいんでしょう?最後10位はアレサ・フランクリンの「ドント・プレイ・ザット・ソング」。60年代後半の爆発的な勢いが一段落し、比較的無難な作品が多かったこの時期の彼女のこの曲は、ベンEキング62年のヒット(米11位)のカバー。まったくの偶然ですがこの週11位にランクインしていたのは、トム・ジョーンズによるやはりベンEの カバー「I (Who Have Nothing)(オリジナルは63年米25位)」でした。


(2002.9.18)

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