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オールディーズのヒットチャートを紹介するこのコーナー、今回からいよいよ70年代に突入です。で、チャート紹介の前にちょっと状況説明を。 先週まで紹介していた「ミュージック・ライフ」誌の「M.L. TOP30」、1967年のスタート以降暫くは非常に気合いの入ったチャートを毎月掲載していたのですが、この年70年の半ばあたりから担当者の交代があったのか大幅にトーンダウン、その後は顔触れが毎月総取っ替えになる“今月の新曲情報”状態となり、翌年には何のことわりもなく姿を消してしまいます。一方以前このコーナーで紹介していた「ミュージック・マンスリー(この年から“レコード・マンスリー”)」誌のヒットチャートは相変わらず洋邦混交状態、ミーンタイムで由紀さおりやヒデとロザンナ(これも洋楽??)を取り上げてもしょうがない。これでは当時の洋楽ヒット状況の紹介にならないので、今回は更に別ソースからのチャート紹介としました。 先週のこのコーナーでもちょっと触れましたが、70年代前半はこれ以前にも以後にもない、我が国独特の洋楽チャートが形成された時期でした。今聴くとそれらヒット曲が持つ“独特の臭み”がなんとも懐かしいやら恥ずかしいやらなのですが、何にしても欧米では現在記録(&記憶)として殆ど残っていないこれら“日本のみヒット”を再検証してみるのもいいかな、ということでこのヘヴィな企画を無理矢理推し進めてみます。 ・・前置きが長い。さて、当時の洋楽ファンが毎週楽しみにしていたもの、それは多分洋楽ラジオ番組のヒットチャートでしょう。今回はそれらの中でも代表的な文化放送の「オールジャパンポップ20」を紹介することにしました。それでは今から30年前のニッポンにフラッシュバック!
■ All Japan Pop 20 1970.12.14
01 男の世界/ジェリー・ウォレス
02 霧の中の二人/マッシュマッカーン
03 ピノキオ/ダニエル・ビダル
04 サークル・ゲーム/バフィー・セントメリー
05 長い夜/シカゴ
06 ミスター・ロンリー/レターメン
07 悲しき鉄道員/ショッキング・ブルー
08 あなたのとりこ/シルヴィ・バルタン
09 魔法/ルー・クリスティ
10 いとしのジュリー/ボビー・シャーマン
ビルボードの過去の記録をひっくり返しても、殆ど何の手がかりも掴めませんよ!この月のナンバー1は「ウ〜ン、マンダム。」ジェリー・ウォレスの「男の世界」でした。
いきなりキョーレツな一曲が1位で面喰らってしまいますが、70年代前半はそういう時期だったんです。ジェリー・ウォレスはこの当時既に10年以上に亘ってアメリカのヒットチャートで活躍を続けていたポップ/カントリー・シンガーですが、日本では殆ど無名状態。しかし恐らくアルバイト感覚で録音したであろうこの曲が大当たりとなりました。この曲をバックに、チャールズ・ブロンソンがアゴをさすりながら「ウ〜ン、マンダム。」と呟くCMは、当時真似をしなかった日本人は一人もいなかったといわれるほど(これは大袈裟か)の大流行となり、これを受けてCMを流していた「丹頂株式会社」が「株式会社マンダム」に社名変更するなんて事態まで引き起こしました。このメルマガをお読みの多くの方にとっても、あのCMは非常に印象深いものだったと思います。あれっ?よく見るとあなた、アゴに何かついてますよっ!(お約束)
続いて2位、これはアメリカでもヒットしたマッシュマッカーンの「As The Years Go By(米31位)」。でも日本におけるヒットはそれを遥かに凌ぐものでした。何故か北の方をイメージさせるサウンドと、ちょっとスカっぽいイントロの二拍、四拍目にアクセントがついたリズム、あとなんとなく哀愁を帯びた感じのメロディが日本人の好みに合ったのでしょうか、この曲は当時洋楽を聴いていた日本人にとって忘れ難い一曲のようです。彼らはアメリカでは純粋な意味の一発屋、本国カナダの実績は残念ながら今回調べがつきませんでしたが、日本では数多くのシングルをリリースし、グランド・ファンク伝説の後楽園公演で前座を務めるなど、暫く馴染み深い存在だったようです。なお彼らのオリジナルアルバムは、現在アメリカのコレクタブルから2in1でCD化されています。興味のある方はこちらをチェックしてみて下さい。
3位は前回に続いて登場、ダニエル・ビダルの「プティ、プティ、プティ、プティ、ピーノキョー」。ポップなヒット曲を連発し、当時日本で大変な人気を誇った彼女ですが、どういう訳か現在は再録もの以外の彼女のCDがまったく発売されていない状態。一体どういうことなんでしょう?「オー!シャンゼリゼ」くらいいつでも聴ける環境があっても、いいんじゃないかと私は思うのですが。
4位はネイティブ・アメリカン系のフォークシンガー、バフィー・セントメリーの「The Circle Game(米109位)」。60年代のフォークシーンにおいて異彩を放つ彼女、この曲はジョニ・ミッチェル初期の代表曲の一つで、カバーも多く残されています。セントメリー版のヒットは映画「いちご白書」に使われたことから。この映画が当時日本の若者に与えたインパクトは相当なものがあったようで、後年ユーミンが「いちご白書をもう一度」という曲を作ったエピソードは、今の若い人でも知っている筈。ただ、この「サークル・ゲーム」については意外なくらい素直な録音で、バフィさんの作風とはちょっとそぐわない印象がありますが。この後の彼女の活躍は非常に多岐に亘っており、長期間「セサミ・ストリート」に出演していたので、彼女の名前は知らなくてもその顔に見覚えのある人は多いでしょうし、80年代には映画「愛と青春の旅立ち」の主題歌「Up Where We Belong(82年1位)」を作曲し、アカデミー主題歌賞を獲得したりもしています。
5位はシカゴの「25 Or 6 To 4(米4位)」。本国でも本格的なブレイクのきっかけとなったこの曲は、今も昔もオールドロックファンの定番中の定番。バンドに管楽器隊が加わった“ブラス・ロック”は、日本では本国以上の人気を博し、様々なグループのヒットが生まれました。シカゴの面々は現在もバリバリの現役、つい先日も来日公演を行い、そこでもハードな演奏を聞かせてくれたはず(現在の彼らは“AORバンド”ではありませんから)。なお蛇足ながら、何かのおまじないのようなこの曲のタイトルは「午前4時25〜26分前」という意味。確かにこんな時間まで寝つけなかったら、夜は長く感じるでしょう。私だったら早々に一杯ひっかけて寝ちゃいますが。
6位のレターメン「Mr. Lonely」は日本のみヒット。本国で当時彼らはリアルタイムのヒット曲をソフトにリメイクしてヒットチャートに登場させていましたが、日本では前年の「涙の口づけ」やこの「ミスター・ロンリー(ボビー・ヴィントン1964年のナンバー1ヒット)」のように、懐メロ路線がウケたようです。彼らの作品群は近年ではソフトロック的な再評価がされるなど、現在なお充分楽しめるクオリティを持っているので、たまにレコード棚の奥にある彼らのアルバムを引っ張り出して聴いてみると、何か新しい発見があるかも知れません。
7位はこれも70年代前半の風物詩、ショッキング・ブルーの「Never Marry A Railroad Man(米102位)」。オランダのロックバンドである彼らは、アメリカのプロデューサー、ジェリー・ロスの目に止まり、アメリカでリリースされた「ヴィーナス」はナンバー1を記録する大ヒットとなりましたが、その後リリースされたシングルは徐々に成績を落とし、4枚目のシングル「〜鉄道員」に至ってはHOT100入りも逃します。しかし、日本ではこれが大ヒットとなりました。何故か?「ヴィーナス」のヒットを受け、日本のレコード会社はヘヴィなビートを持った「〜鉄道員」を「ヴィーナス」と同じテンポまで回転を上げ、ハイピッチでケラケラいってるバージョンをリリースしたのでした。R&Rの歴史を振り返ると、より若向けに聞こえるようにオリジナル録音のピッチを上げてレコード化するケースは結構あったようですが(古くはチャック・ベリーの「Maybellene(55年5位)」や、70年代ではアンディ・キムの「Rock Me Gently(74年1位)」などもそうだったようです)、マスターテープが海を渡った先でこのような仕打ちを受けるケースは非常に稀でしょう。但し、その決断が正しかったのは、アメリカと日本のチャート成績を見れば明らかですが。
8位はこのコーナーに久々登場のシルヴィ・バルタン「Irresistiblement」。以前65年の回で取り上げた彼女は、前年に「アイドルを探せ」で日本に紹介され、その後早々とジョニー・アリディと結婚してしまったところで終わりました、で、その後彼女はどうなったか?これがまた大変だったんです。アリディとの間に一児をもうけたものの、結婚生活は結局破綻、二人は心中騒動まで起こした末に別れます。更に彼女は自動車事故で瀕死の重傷を負い、一時は再起不能とまでいわれました。しかし、逞しくも再起を果たします。「悲しみの兵士」他当時日本でも幾つかのヒットを放った彼女のこの曲は、ポップという意味では最高の出来の一曲。特に冒頭部分で彼女の声が突然ファルセットになるところは、何度聴いてもワクワクさせられます。
ゴールが見えてきました、9位のルー・クリスティは、60年代の前半からアメリカのヒットチャートで活躍している男性ポップシンガー。フォー・シーズンズのフランキー・ヴァリと並び、その特徴的なファルセットを活かして様々なレーベルから多くのヒット曲を発表した人でした。この「She Sold Me Magic」は彼にとっては珍しい日本のみヒット(イギリスでも小ヒット)。ヒステリックなまでに甲高く歌い上げるファルセットが余程耳に残ったのでしょうか、この曲は大ヒットとなりました。彼が60年代に残した作品は、どれも一聴の価値のあるポップなものばかりなので、機会があったら聴いてみていただきたいところ。
やっと最後、10位には前回に続いてボビー・シャーマンがランクイン。「Julie, Do Ya Love Me(米5位)」は彼のヒットの中でも最もポップな作風をもった曲で、大ヒットを記録しましたが、ここら辺で約一年間続いた彼のピンナップ・アイドルとしての全盛期は終焉を迎え、その王座はパートリッジ・ファミリーのデヴィッド・キャシディに受け継がれることになります。アイドル栄枯盛衰の一幕でした。
(2000.12.13)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |