1位 Don't Pull Your Love - Hamilton, Joe Frank & Reynolds('71米4位)
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我が国に於ける「ダンヒル・サウンド」最大のヒットがこの「恋のかけひき」。1966年のインスト・ヒット「No Matter What Shape(『ビートでOK』米3位)」を放ったT.ボーンズのメンバーだった3人はその後ボーカルトリオを結成、前年の70年にカナダでオリジナル・キャストを成功させたランバート&ポッターが手がけた、男臭いコーラスが印象的なこの曲でブレイクした。強力なスタッフに恵まれその後もヒットは続くかと思われたが翌年には早くもレイノルズが脱退し、代わりにアラン・デニスンが“二代目レイノルズ”として加入、活動を継続したもののセールスは低迷。75年の一時期に復活して「Fallin' In Love」の全米ナンバー1ヒットも生まれたが、音楽ファンに一番強い印象を残したのはオリジナル・メンバーが揃っていたこの時期だろう。
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2位 Have You Ever Seen The Rain - Creedence Clearwater Revival('71米8位/英36位)
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グループ活動後期に発表されたため英米のチャート・アクションは彼らにしては低い方だが、C.C.R.のレパートリーの中で1、2を争う人気ナンバーがこの「雨を見たかい」。アコースティックなギターサウンドにのせてフォガティの抑制の効いたシャウト(?)が冴えるこの曲では“晴れた空から雨が降り注ぐのを見たことがあるかい?”と歌われているが、これはベトナムに米軍のナパーム弾が大量にばら撒かれる様子のことなのだという。前年の反戦を激しくアジった「フォーチュネイト・サン」からこの曲への変化は、フォガティの円熟といっていいだろうか。ここまで向かうところ敵なしの活躍を見せたC.C.R.だったが、この年にジョン・フォガティの兄トムがグループを脱退。バンドの歯車は徐々に狂いはじめる。。
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3位 My Sweet Lord - George Harrison('70米1位/英1位)
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“ビートルズ第3の男”ジョージがグループ解散後に発表した初のソロアルバム「オール・シングズ・マスト・パス」は、3枚組という渾身の大作となった。第1弾シングル「マイ・スイート・ロード」は信仰心の厚いジョージのメッセージが込められたゴスペル・テイストの曲で、英米で見事ナンバー1を獲得したが、メロディが60年代にシフォンズがヒットさせた「He's So Fine(『イカシた彼』'63米1位/英16位)」に極似していたため裁判沙汰となり、結果ジョージは敗訴。思わぬところでケチがついてしまった。彼によればこの曲のアイディアはエドウィン・ホーキンス・シンガーズのポップ・ゴスペル「Oh Happy Day('69米4位/英2位)」から得たのだそうで、この判決は非常に不本意であったという。でも確かに似ているけど。
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4位 Joy To The World - Three Dog Night('71米1位/英24位)
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“犬を側に三匹抱いて寝ないと越せないほど極寒の夜”というオーストラリアの古い慣用句から命名されたというスリー・ドッグ・ナイトにとって最大のヒットである「喜びの世界」を作曲したのは、シンガーソングライターのホイト・アクストン。70年代から80年代初頭にかけて10数曲のカントリー・ヒットを持つ彼の母親もやはりソングライターで、エルヴィスの「Heartbreak Hotel('56米1位/英2位)」を書いたメイ・ボウレン・アクストンがその人。元々子供向けに作られたというこの曲はタイトルどおり喜びに溢れた内容(単なる酔っ払いの歌のようにも聞こえるが)で、“スリー・ドッグ”の陽気なコーラスがムードを盛り上げている。この年のビルボード誌年間ナンバー1ヒット。
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5位 Sweet Hitch-Hiker - Creedence Clearwater Revival('71米6位/英36位)
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60年代後半に登場しヒットを連発、ロックの最も熱い時代をトップグループとして駆け抜けたC.C.R.もトム・フォガティの脱退を期にグループ内のバランスを失ったのか、残ったメンバー3人でボーカルを取り合ったアルバム「マルディ・グラ」の不評で一気に失速し、解散へと至る。同作に先駆けて発売されたこの曲はかつてのはつらつとした雰囲気を残したロックナンバーでまずまずのヒットとなったが、グループ崩壊の流れを食い止めることは出来なかった。なお脱退したトムのソロシングル「Goodbye Media Man('71米107位)」はアメリカでは不発だったが、日本ではグループ人気の高さからかまずまずの好評を博し、この年の洋楽年間チャート39位を記録している。
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6位 Another Day - Paul McCartney('71米5位/英2位)
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考えてみると1971年はビートルズが解散して“元”メンバーたちが次々とソロ作を発表した年で、当時の洋楽ファンはさぞかしワクワクした毎日を送っていたことだろう。で、ポールの第一弾シングルがこの「アナザー・デイ」。マッカートニーらしいメロディをもったこの曲、そして続く“小組曲”風の「Uncle Albert/Admiral Halsey(『アンクル・アルバート/ハルセイ提督』米1位)」と彼らしさがよく出たシングル曲でこの年はポイントを稼いだが、一方アルバムでは期待された“ビートルズらしさ”が希薄だったからかファンから厳しい評価を受け、当時の“ポール派”は随分と肩身の狭い思いをした、との話をしばしば聞くことがある。
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7位 Superstar - The Carpenters('71米2位/英18位)
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ビートルズ、サイモンとガーファンクルといった人気グループの解散で幕を開けた1970年代洋楽シーン、彼らと入れ替るように登場しヒットパレードを席巻した“スーパースター”がカレン&リチャードの兄妹デュオ、カーペンターズだった。リチャードとジョン・ベティスによるオリジナル・ナンバーも魅力的だったが、彼らは知られざる名曲を巧みに料理する術にも長けており、その対象はジャンルを問わなかった。この曲はレオン・ラッセルらが巻き起した“スワンプ・ロック”の名盤「Mad Dogs & Englishmen」の中で“デルタ・レディ”リタ・クーリッジによって歌われていたもので、オリジナルの泥臭さを見事に漂白したカーペンターズのバージョンも、また違った魅力に溢れていた。
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8位 What Is Life - George Harrison('71米10位)
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「オール・シングズ・マスト・パス」から2曲目のヒット。「レット・イット・ビー」の仕上がりに激怒したというポール・マッカートニーとは対照的に、ジョン・レノンとジョージ・ハリスンはソロ作もフィル・スペクターにプロデュースを依頼、「美しき人生」はスペクターお得意の分厚い“ウォール・オブ・サウンド”で装飾されたナンバーで、数年前に発売されたアルバムの「30周年記念盤」で聴けるバージョンの音圧の高さ(というか喧しさ?)はちょっとした聞きもの。なお今回紹介出来なかった残るビートル2人の洋楽年間チャート成績を記しておくと、ジョンの「イマジン」が24位に、リンゴの「明日への願い」は28位にランクインという結果になっている。
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9位 Indian Reservation (The Lament of the Cherokee Reservation Indian) - Raiders('71米1位)
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シアトルのガレージ・ロックシーンから登場したポール・リヴィアとレイダーズ(アメリカ独立戦争の英雄に因んで命名された)は積極的なメディア露出もあって60年代後半アイドル的な人気を誇ったヒットメーカーだったが、70年代に入るとボーカルのマーク・リンゼイが半ば独立、グループも名前を簡略化してアダルト路線に転向した。「嘆きのインディアン」はイギリスのビートバンド、ソロウズの元メンバー、ドン・ファードンがヒットさせた('68米20位/'70英3位)もののカバーで、日本におけるクレジットに反してボーカルをとっているのはリンゼイではなく、カントリー・シンガーとしても成功したギタリストのフレディ・ウェラー。実質彼らの“有終の美”を飾ったナンバー1ヒットである。
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10位 Brown Sugar - The Rolling Stones('71米1位/英2位)
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60年代末のサイケデリックな時代を経てより強靭なR&Rを会得したローリング・ストーンズは、自己のレーベル「ローリング・ストーンズ」を立ち上げ巨大化するロック産業の波に立ち向かっていった。アンディ・ウォーホルデザインの有名な“ベロマーク”があしらわれた同社第一弾シングル「ブラウン・シュガー」は当時R&Bのメッカとなっていたアラマバ州マッスルショールズで録音された南部産R&R。メキシコ産の麻薬を題材にした歌だそうだが、ラジオで流されるとリスナーからは黒人女性蔑視であるとの抗議が殺到、どちらの方が問題があるのかはよくわからない。一大エンターテインメントと化す70年代のロックを象徴する存在として、彼らはさらなる発展を遂げていく。
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