TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ラジオ・チャート1971年間(その2)

11 移民の歌/レッド・ツェッペリン
11 君と僕のブー/ロボ
13 悲しき恋心/ショッキング・ブルー
14 ノックは3回/ドーン
15 イエス・イッツ・ミー/エルトン・ジョン
16 燃ゆる瞳/グラス・ルーツ
16 自由になりたい/シカゴ
18 恋はすばやく/グラス・ルーツ
19 マミー・ブルー/ポップ・トップス
20 シーズン/アース&ファイアー

11位 Immigrant Song - Led Zeppelin('70米16位)
 初期2作のアルバムで“ハードロック”という概念を定義づけたレッド・ツェッペリンはアルバム・アーティストのイメージが強いが、当時のラジオ・チャートではコンスタントにヒットを連発する“人気洋楽アーティスト”でもあった。彼ら3枚目のアルバムは大胆にアコースティック・サウンドを導入し、それまでのファンを戸惑わせる内容になっていたためセールス的に苦戦したが、キラー・チューン「移民の歌」には誰もが飛びついた。この年実現した初の来日公演でも1曲目に披露されていたこの曲は、ジミー・ペイジの鋭いギター・リフと、ロバート・プラントの“ターザンの雄たけび”により、現在も日常的に耳にするスタンダード・ナンバーとなっている。
11位 Me And You And A Dog Named Boo - Lobo('71米5位/英4位)
 “カントリー・ロックの伝説”グラム・パーソンズのバンド・メイトだったこともあるというフロリダ出身のローランド・ケント・ラヴォーテはスペイン語で「狼」を意味する“ロボ”に改名、この年にリリースしたちょっとノヴェルティがかったキャッチーなこの「ブー」でヒットチャートに登場した。ともすれば一発屋に終わったような印象のあるロボだが、意外にもヒットはこの後も続き、70年代末まで“心優しきシンガーソングライター”のイメージで20曲近いチャートヒット(アダルト・コンテンポラリーでは「ブー」を含め4曲がナンバー1)を残している。邦題「君と僕のブー」は語感に優れた名タイトルだと思うが、これだと「ブー」が何のことなのかまったくわからないのは残念。
13位 Blossom Lady - The Shocking Blue
 前年「ヴィーナス」「悲しき鉄道員」と大ヒットが続き、人気アーティストに成長したショッキング・ブルー。本国オランダは別として英米ではこの年既に“消えた”存在となってしまったが、日本においては来日公演もあり、依然高い人気を保っていた。当時来日記念盤として発売されたこのシングルは、親しみやすいメロディのロックナンバーだが、オランダ人が歌う英語詞の聴き取り易さ(使われている言葉も中学英語レベル)が当時の洋楽リスナーに親近感を覚えさせたのではないか?と考えるのはヒネた見方のし過ぎか?曲中何度か不自然なブレイクが入るが、これは残念ながら後述のアース&ファイアとは逆に“技量不足”が露呈した結果となってしまっている。
14位 Knock Three Times - Dawn('71米1位/英1位)
 1961年に「Bless You(米15位)」などのヒットを放ったものの、その後なかず飛ばずだったトニー・オーランドは、歌手の道を諦め音楽出版のスタッフとして働き始めたが、その仕事上ある曲のデモテープを吹き込み、その録音がそのままリリースされヒットを記録したのがドーンの「恋するキャンディダ('70米3位/英9位)」であった。続いて大ヒットしたこの曲のリリース時点でもドーンは正式メンバーが決まっておらず、シングルのジャケット(男性4人組だった)にオーランドの姿はなし。レコード会社がようやくドーンの売り出しに本気になり、オーランドに黒人女性2人を伴ってツアーに出るよう説得したのは、彼らが“ナンバー1アーティスト”の称号を既に手に入れてからの話だった。
15位 It's Me That You Need - Elton John
 「Your Song(『君の歌は僕の歌』'71米8位/英7位)」で世界的なブレイクを果たしたエルトン・ジョン。日本でもこの曲はヒット(洋楽年間チャート48位)したが、続いて初期の作品を編集したアルバムからカットされた「イエス・イッツ・ミー」がそれを上回るヒットを記録して彼の名を更に印象づけた。本国ではソロ3枚目のシングルとして69年にリリースされたこの曲を録音していた頃、エルトンとバーニー・トーピンは彼ら独自のサウンドを模索しており「フォークソングをオーケストラとギター・サウンドで表現したらどうなるのか?」がこの録音のテーマなのだとか。ドラマチックな作風は日本人の耳には合ったようで、彼の初期の代表曲となった。
16位 Temptation Eyes - The Grass Roots('71米15位)
 「ダンヒル・サウンド」のキャッチ・フレーズのもとこの時期次々とシングルが発売されたアーティストで、スリー・ドッグ・ナイトに続いて日本でブレイクしたのがグラス・ルーツ。60年代半ばから活躍するグループだが我が国では前年独自にカットされた「Pain(『恋の傷あと』洋楽年間チャート24位)」が大ヒットとなり、以降暫くヒットが続いた。「燃ゆる瞳」は中期グラス・ルーツに数多くのヒットを提供したマイケル・プライスとダン・ウォルシュの作品で、彼らはこの年やはりダンヒルに所属していたアーケイドのメンバーとして「The Morning Of Our Lives(『僕等の朝』米60位)」がヒット、日本でも「愚かな愛(Fool's Way Of Lovin')」がちょっとしたヒット(洋楽年間チャート132位)になっている。
16位 Free - Chicago('71米20位)
 前年「長い夜」で大ブレイクしたシカゴのサード・アルバム「シカゴIII」からカットされたこの曲は、彼らが得意とする組曲風の作品の一部から抜粋された小品。ひたすら「自由になりたい!」と叫び続ける内容は、初期の彼らのイメージを象徴していると言えるかも知れない。この時期本国でも彼らの人気は最初の盛り上がりを見せていて、チャート記録を見ると最新アルバムからのカットと過去のアルバムからのシングルが入り乱れるように登場している様子が面白い。シカゴはここまでのアルバム3枚が“ニューロック・バンド”としての絶頂期、大作のライブ盤を挟んで5作目以降はよりポピュラーな音楽性を展開していくので、この時点でファンの評価が分かれるバンドでもある。
18位 Sooner Or Later - The Grass Roots('71米9位)
 グラス・ルーツ2曲目のランクイン。こちらは60年代に「Yellow Balloon('67米25位)」のヒットを放ったスタジオ・グループ“イエロー・バルーン”の中心メンバーとして、そして近年では80年代にR.E.M.が取り上げた「Superman(オリジナルは69年のクリーク)」の作者としても知られるゲイリー・ゼクリーとミッチ・ボトラーの作品で、タイトルが歌い込まれた曲の冒頭部分(実質サビでもある)が聴き手の耳をとらえる優れたポップ・ロックナンバー。ダンヒルを初期より支え続けたグループであったが、この時期になると後発バンドの台頭が著しく、メンバーや製作陣の激しい入れ替わりもあって彼らは翌年以降徐々にヒットチャートの成績を落としていった。
19位 Mamy Blue - Pop-Tops('71米57位/英35位)
 スペインのロックバンド「ロス・ポップ・トップス」は60年代にもパッヘルベルのカノンをベースにした「Oh Lord, Why Lord(『涙のカノン』'68米78位)をヒットさせていたが、この年の「マミー・ブルー」はそれを上回る勢いで世界中でヒットを記録。ムーディなサウンドとメロウなコーラスは日本でも人気を呼び、単なる“洋楽ヒット”の範疇を超える大ヒットとなった。我が国では「オーマミマミ」のコーラスばかりが印象に残り“イージーリスニング・ロック”というイメージが強いが、アメリカではフィル・トリムのソウルフルなボーカルが評価されたのか「ブラザー・ルイ('73米1位)」のストーリーズがカバー盤を発表し、73年に最高50位を記録している。
20位 Seasons - Earth & Fire
 ショッキング・ブルーの成功で俄かに注目されたオランダのロック・シーン。彼らに続いて日本に紹介されヒットパレードで評判になったのがアース&ファイアーだった。後にアース、ウィンド&ファイアーが我が国でも人気を集めるようになったため混同されがちだが、彼らは“ダッチ・サウンド”の一翼を担ったニューロック色の強いグループで、女性ボーカリスト、イェルネイ・カーグマンを擁していたことが、ショッキング・ブルーの人気が高かった我が国で受け入れられた要因の一つだったと思われる。「シーズン」は時折挿入される変拍子、哀愁味のあるメロディ、イェルネイがソロで歌うアコースティックなアウトロ等、聴きどころの多い佳曲である。


(2004.11.23)

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