TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Record Mirror Singles Chart February 13, 1971
01 My Sweet Lord - George Harrison (Apple)
02 The Pushbike Song - The Mixtures (Polydor)
03 Stoned Love - The Supremes (Tamla Motown)
04 The Resurrection Shuffle - Ashton, Gardner and Dyke (Capitol)
05 Amazing Grace - Judy Collins (Elektra)
06 No Matter What - Badfinger (Apple)
07 Your Song - Elton John (DJM)
08 Apeman - The Kinks (Pye)
09 Grandad - Clive Dunn (Columbia)
10 Candida - Dawn (Bell)
昭和46年2月第2週、UKチャートのナンバー1はジョージ・ハリスンの「マイ・スイート・ロード(米1位)」でした。
この曲についてはジョージが亡くなった約2年前に色々書いたので(バックナンバーご参照)、今回は「盗作騒動」だとか、そこら辺の話題はよしときましょう。先日ビートルズが設立した「アップル・レコード」をめぐるドタバタ、そしてメンバー達が離れた後ビートルズの遺産管理会社として“マネー・メイキング・マシーン”と化した近年の同社の様子までをドキュメントした「ビートルズ帝国アップルの真実(河出書房)」という本が出版されましたので、そこからネタを拾ってお届けしましょう(パクりじゃないですよ、拾うだけですから・・)。
同書の中で「My Sweet Lord」及び彼の代作アルバム「All Things Must Pass」に関して言及されている部分は、意外なくらいに僅かでした。ビートルズの解散が公になって最初にリリースされたポール・マッカートニーのソロ作が、賛否両論あったもののTOP10入りを果たしたことが、ジョン・レノンやハリスンにとってかなりのプレッシャーになった、なんてことは書いてありましたが、基本的にアップルの無計画さから生じたドタバタや商業的失敗に主眼をおいて書かれたこの本的には、アップル最大のヒット作である「All Things Must Pass」に関する殆どの事柄はマニアが既に承知なので、あまり取り上げる旨味がないということなのでしょうか。そんな訳でここでもこの曲については殆ど触れないまま同じくアップルからリリースされたこのチャート6位、バッドフィンガーの「嵐の恋(米8位)」へと話題は移ります。
60年代後半に設立されたアップルと契約したアイヴィーズは紆余曲折を経てバッドフィンガーと改名、ポール・マッカートニー作の「Come And Get It(マジック・クリスチャン)」がヒットと、ここまでが前回のこのコーナーで紹介した内容でしたが、続くヒットを生み出すまでに1年近くかかってしまいました。バンドのメンバー、ピート・ハムが作った自信作「No Matter What(米8位)」は前年5月にはレコーディングされていましたが、現在では“ルーツ・オブ・パワーポップ”との評価も高いサウンドが、可愛らしい(どちらかというとギルバート・オサリヴァンに近いテイスト?の)「Come And Get It」とあまりにも違うため、アップルの首脳陣はこの曲のリリースを渋り、数ヶ月放置したのだとか。結局これは陽の目を見て英米ともにヒットを記録したので目出度し目出度しでしたが、そんな調子でビジネスチャンスを次々と逃していったためにアップルは上手くいかなかったんだ、という点についてはやたらと力説する「ビートルズ帝国アップルの真実」なのでした。
それにしてもいつも思うのですが、この曲のネーミングってすごいと思いませんか?「No Matter What」って、文にもなっていない。歌のタイトルはサビの一番“キメ”の部分を採用することが多くて、それを間違えるとラジオでその曲を聴いてレコードを買おうと思っても、タイトルを頼りにその商品までたどり着けないという“悲劇”が起こり、それが原因(本当はそれだけではないとおもいますが)でヒットを逃した、という逸話が文献を見ているとよく出てくるのですが、これはまさに単刀直入。曲を作ったピート・ハムなのか、リリースしたアップルの誰かなのか、決断した人は知りませんが大したものです。当時イギリスのレコード店ではきっとこういう光景が度々あったことでしょう。
客「あの、♪No Matter What You Are〜(唄ってみせる)って曲のシングルが欲しいんですけど。」
店員「ああ『No Matter What』ですね。」
客「えっ!?」
順位を戻って2位にはミクスチャーズの「恋のサイクリング(米44位)」が。彼らはオーストラリアのバンドで、本国では60年代半ばから活躍していたそうですが、この前年にマンゴ・ジェリーの「In The Summertime(70年英1位/米3位)」をカバーしたところオーストラリアでナンバー1を記録、続くシングルとして「〜 Summertime」そっくりな曲調のこの曲を発表したところ、今度は国境を超えたヒットとなり、マンゴ・ジェリーの本拠地でもこれだけの成績を残しました。なお「Pushbike」という言葉はオーストラリア及びオセアニア方面で自転車を差すんだそうで、そういう意味ではこの邦題は非常に的確ということになります。
続く3位はシュープリームスの「ストーンド・ラヴ(米7位)」。前年にダイアナ・ロスが独立し、グループとダイアナはあまりいい関係になかった・・という話は以前このコーナーで書いたことがありましたが、モータウンの社長ベリー・ゴーディは、シュープリームスの面々にダイアナ独立後も決して彼女たちのレコード制作で手を抜いていないことを証明するのに非常に苦労したそうで、彼女たちへの出来る限りのサポートをスタッフに指示。ダイアナが参加しなくなって3枚目のシングルであるこれは、ソロ活動をスタートし「Ain't No Mountain Enough」がナンバー1を記録したダイアナに負けじとR&Bチャートで1位に輝き、ひとまずグループの面目を保ちました。先日エルヴィス、ビートルズ、マイケル、あとその前にマライアもありましたが、それに続く「ナンバー1ヒッツ」コレクションのシュープリームス版が発売されましたが、この曲はそのCD唯一の“非ダイアナ曲”として収録されています。
その次4位のアシュトン、ガードナー&ダイクは60年代に「Making Time(66年英49位)」「Painter Man(同年英36位)」のヒットを放ったモッズバンド、クリエイションに後期参加していたキム・ガードナーと、リバプールを拠点に地道に活動を続けていたレモ・フォーのトニー・アシュトンとロイ・ダイクが結成した“プチ・スーパーグループ”。シンプルなブルース・ロック「復活」は彼ら唯一のチャートヒットで、この曲はどういう訳かトム・ジョーンズと競作になり(ジョーンズは「Puppet Man(米26位/英49位)」のB面として発表)、アメリカではジョーンズ盤が最高38位、アシュトン〜盤が最高40位と、僅差ながらトム・ジョーンズに軍配が上がりました。
で、今回のチャートにはもう一人元クリエイションのメンバー(ケニー・ピケット)が風変わりな曲の作者として登場しています。それが9位に入っているクライヴ・ダンの「グランダッド」。ダンはベテラン喜劇役者(当時50歳)でこの頃は第2次世界大戦中、若者は皆戦場に赴き、残された“銃後の父”たちが自衛のため軍隊を再編成・・という状況から生まれるドタバタを描いたシットコム「Dad's Army」に出演中で、子供達のコーラスとともに老人の生活を歌うという、TVの中のキャラクターとピッタリなこの「Grandad」は1970年のクリスマスシーズン最大のヒットとなりました。人気TVシリーズ「Dad's Army」は70年代後半まで続いたそうですが、この番組終了後にダン主演でスタートしたのがなんと「Grandad」で、この“クライヴじいさん”のイメージは世代を超えて親しまれたようです。
続いては5位、アメリカのフォークシンガー、ジュディ・コリンズの「アメイジング・グレイス」。60年代前半のフォークブーム期に登場し、その類い稀な美貌と美声で音楽ファンのみならず多くのミュージシャンの敬愛の対象となった彼女。1969年にはスティーブン・スティルスによってクロスビー、スティルス&ナッシュのファーストアルバム冒頭で7分以上に及ぶロック組曲「青い瞳のジュディ」を捧げられた彼女は70年のアルバム「Whales & Nightingales」で“アメリカ第2の国歌”とも言われる「アメイジング・グレイス」を教会のクワイアをバックにアカペラで録音。本国アメリカでもまずまずのヒットとなりましたが(最高15位)イギリスにおける反応はそれを遥かに上回るもので、1970年の暮れから72年の暮れにかけての約2年間、この曲は断続的に合計67週間ヒットチャートに顔を出す異例の超ロングヒットとなりました。
話はちょっと横道にそれますが、70年代のUKチャート特集というと、如何にもブリティッシュ・ロックという感じの作品がズラっと並んで、UKロックファンにはたまらんっ!という感じのものになりそうな気がするんですが、実際のチャートを見ると決してそうではないことがわかりますね。このシリーズ、今後もこういった“微妙な”チャートを紹介していくことになりますのでよろしくお願いします。で、この週7位と8位にはようやく安心して「これぞUKチャート!」といえる2曲が。
まずエルトン・ジョンの「君の歌は僕の歌(米8位)」は彼の長〜いチャートキャリアの実質的なスタート点。これについては説明は要らないでしょう。そして8位はキンクスの「エイプマン(米45位)」。1960年代後半、レイ・デイヴィスの生み出す作品世界が難解なものとなるにつれてチャート成績が低迷し始めた彼ら、しかし前年にリリースした服装倒錯者が主人公の「Lola(70年英2位/米9位)」が大変な話題となり、暫し息を吹き返すことになります。この好評を受けてデイヴィスが張り切って制作したアルバムは「ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組第1回戦」という相変わらず難解なものでしたが、シングルとして発売された「エイプマン」は文明社会を皮肉り、原始の生活への回帰を歌った内容が評価されたのか、それとも単なる「ローラ」の余勢だったのか、再びTOP10ヒットを記録しました。彼らはこのシングルをもって64年のデビュー以来在籍したパイ・レコードと決別、よりマニアックな「RCA時代」に突入していきます。
最後10位はトニー・オーランドの名前がまだ表に出ていなかった時期のドーン「恋するキャンディダ(米3位)」。ここ何年かのチャートの動きを見ていると、結構イギリス人ってバブルガム・ポップ好きですよね。ドーン(夜明け)は当初ハンク・メドレスとデイヴ・アペルという2人のプロデューサーが企画したスタジオ・プロジェクトでしたが、彼らはもう一つダスク(夕暮れ)というグループも結成し、レコードを発表していました。そちらの方は「Angel Baby(71年米57位)」「I Hear Those Church Bells Ringing(同53位)」の2曲がヒットを記録しましたがいつのまにか忘れ去られ、トニー・オーランドが中心となり、黒人女性2人がサポートとすっかり編成が様変わりしたドーンの方のみ70年代の10年間をスターとして過ごすことになります。
(2004.2.10)
copyright (c) 2000-2004 by meantime, all rights reserved.