1位 Yesterday Once More - The Carpenters('73米2位/英2位)
|
 |
1973年、日本の洋楽チャートには歴史的な大ヒット・アルバムが生まれた。カーペンターズの「ナウ&ゼン」がそれで、約1年に亘ってアルバムチャートの上位に居座り続けるというモンスター・ヒットであった。アルバム後半には彼らがツアーで廻る先々で好評を博していた60年代オールディーズのメドレーが収められていたおり「イエスタデイ・ワンス・モア」はこのオールディーズ・メドレー、そして非常にノスタルジックな雰囲気のアルバムを締めくくるために作られたナンバー。“少年少女の頃、夢中になってラジオから流れる音楽に耳を傾けていた・・”と始まる歌詞は世界中のポップス・ファンが共感し得る内容で、R&Rリバイバルの雰囲気が盛り上がっていた英米でも大ヒットを記録している。
|
2位 You're So Vain - Carly Simon('73米1位/英3位)
|
 |
カーリー・サイモンの出世作「うつろな愛」は2つの点で話題となった。1つは歌の中で“自惚れ屋”と凶弾されている男性は誰かという点、もう1つはミック・ジャガーがコーラスで参加している点。前者は彼女の以前の恋人、ウォーレン・ベイティか、前年彼女と結婚したばかりのジェイムス・テイラーか、はたまたミック・ジャガーかと論争になったが、サイモンは真相をあかしておらず、この話題は現在も時たま彼女の“ネタ”になっているようだ。一方ジャガーの参加はこの曲を印象づける決定的な要素になっており、ところによっては彼の声の方が大きく聞こえるほど。彼女もジャガーのクセのある歌い方につられないよう自分の歌をキープするのに苦労したという逸話が残されている。
|
3位 Crocodile Rock - Elton John('72米1位/英5位)
|
 |
日本では「イエス・イッツ・ミー('71)」の大ヒットで名を知られるようになったエルトンは、72年以降英米のヒットチャートを席巻する勢いでヒット曲を連発、約4年間に7枚もの全米ナンバー1アルバムを発表するなど、他のアーティストを寄せつけぬ人気を誇った。2枚目のナンバー1アルバム「ピアニストを撃つな」に収録された「クロコダイル・ロック」はR&Rリバイバルの流れにのったようなオールディーズ風の作品で、彼にとって初の全米ナンバー1ヒット。曲のところどころで往年のヒット曲を思わせるフレーズを聴くことができ、かつて夢中になったR&Rを大人になって懐かしむ・・という内容も、どことなく「イエスタデイ・ワンス・モア」に通じるものがある。
|
3位 Killing Me Softly With His Song - Roberta Flack('73米1位/英6位)
|
 |
正式な音楽教育を受け、大学ではクラシックを専攻・・と、それまでの女性R&Bアーティストのイメージを覆すイメージでシーンに登場したロバータ・フラックは、現在でいえばアシリア・キースやノラ・ジョーンズなどの系譜の元祖的存在。彼女の代表作「やさしく歌って」は女性シンガーソングライター、ロリ・リーバーマンがライブハウスで観たドン・マクリーンのステージに感銘を受け、その印象を元にソングライターのチャーリー・フォックスとノーマン・ギンベルに作曲を依頼したもの。曲の記事を見かけたフラックはリーバーマンに録音を申し出、結果埋もれかけたこの曲にグラミー賞の栄誉をもたらした。日本では「ネスカフェ」のCMソングとしてもお馴染み。
|
5位 Get Down - Gilbert O'Sullivan('73米7位/英1位)
|
 |
“ギルバート・オサリヴァンの芸名やノスタルジックなイメージを創り上げたのは、プロデューサー兼マネージャーのゴードン・ミルズである”という話は、ロック史の中で常識のようになっているが、実はそう単純ではないらしい。オサリヴァンはミルズと出逢う以前に既に“ギルバート”名義でシングルを発表しているし、ノスタルジックないでたちもミルズに売り込みをかけた際には既にしていた、というのが彼の弁。彼の持つ雰囲気や作風がミルズの戦略に見事はまった、という言い方が正しいようだ。「ゲット・ダウン」はアップテンポなナンバーで、現在の画一的なオサリヴァンのイメージからは見落とされがちなタイプ。彼はR&Rも結構イケるのである。
|
6位 My Love - Paul McCartney & Wings('73米1位/英9位)
|
 |
何年かの試行錯誤を経、その間何枚かの(当時ファンの間では余り評判のよくなかった)ソロアルバムを発表したポール・マッカートニーは、この前年妻のリンダや元ムーディー・ブルースのデニー・レーンらとともに新バンド「ウィングス(マッカートニー曰く“天使の羽”という意味だそうだ)」を結成。2作目の「レッド・ローズ・スピードウェイ」に収録され、妻リンダに捧げられたラヴソング「マイ・ラヴ」は見事全米ナンバー1を獲得した。マッカートニーのポスト・ビートルズ期における成功は商業的にも批評家受け的にもこの曲以降本格化したといってよく、それまでリンゴにすら後塵を拝していた印象のあった彼のファンは、ようやく溜飲を下げる時期を迎えることになる。
|
7位 Angie - The Rolling Stones('73米1位/英5位)
|
 |
ストーンズが初来日を果たすのは1990年になってからだが、その遥か前の72年に来日公演が企画されながらも彼らの入国が認められなかった「ローリングストーンズは来なかった」事件が起こっている。ドラッグ絡みのトラブルで各国から締め出しを喰った彼らは、その方面には寛容なジャマイカで新作を録音。当地の名物料理からタイトルが取られた「山羊の頭のスープ」からカットされたバラード「悲しみのアンジー」のモデルとなっているのは、当時デヴィッド・ボウイの妻だったアンジー・ボウイであるという説が有力であるが、彼女は後年ボウイと離婚した際「口止め料」が支払われ、その契約が切れるとTVショーでミック・ジャガーとボウイの関係を暴露するなど、一時メディアを賑わせた。
|
8位 Brother Louie - Stories('73米1位)
|
 |
「Walk Away Renee(『いとしのルネ』'66米5位)」のヒットを放ったレフト・バンクのメンバー、マイケル・ブラウンがボーカリストのイアン・ロイドと結成したロックバンドがストーリーズ。レコード・デビューを果たした72年に早くもブラウンはグループを脱退するが、ロッド・スチュアートタイプのロイドのボーカルを中心にグループは再編され、この年全米チャートのトップに立つ。「ブラザー・ルイ」は70年代イギリス有数のヒットメーカー、ホット・チョコレートのヒット('73英7位)をカバーしたもので、サビの「ルイルイルイ・・(何千というバンドにカバーされたR&Rクラシック「Louie Louie」が元になっている)」のフレーズがリスナーの耳をとらえ、日本でも大ヒットとなった。
|
9位 Sing - The Carpenters('73米3位)
|
 |
カーペンターズの数多いレパートリーの中でも特に人気の高い「シング」は、1970年に子供向けの人気番組「セサミ・ストリート」でマペットたちに歌われるために作られた。カーペンターズの2人は当時この曲の存在を知らず、73年になってとあるTVショーにゲスト出演した際に子供達によって歌われたのを聴き、制作中のアルバム「ナウ&ゼン」に収録することを思い立ったという。彼らのバージョンでも子供達のコーラスがフィーチャーされており、この曲は現在も“チルドレンズ・フェイヴァリット”として愛され続けている。彼らと「セサミ・ストリート」のつながりとしては、カレンの死後まで未発表だった「レインボー・コネクション」の録音も残されている。
|
10位 Tie A Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree - Dawn featuring Tony Orlando('73米1位/英1位)
|
 |
“70年代最もハッピーで他愛ない曲”のリストを作成するとしたら、まず間違いなく上位にランクインするであろう曲がこれ。罪を犯し(脱税だったそうだ)刑務所に長年服役した男がようやく出所する際我が家に「もしまだ自分を受け入れてくれるのなら、家前のオークの木に黄色いリボンを飾ってくれ。なかったらそのまま立ち去るから。」と手紙を書き、長距離バスで帰郷。バスが家の前を通りかかるとそこには・・という新聞記事をヒントに作られたこの人情話は、たちまちスタンダードとなりドーンを皮切りに多くのアーティストに取り上げられた。物語が後年日本でそっくりリメイクされ、高倉健主演の映画「幸福の黄色いハンカチ」になった話はあまりにも有名。
|