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■ 洋楽ポピュラーシングルチャート1973.4.25
1.うつろな愛/カーリー・サイモン(Elektra)
2.カリフォルニアの青い空/アルバート・ハモンド(Epic)
3.アドロ/フランク・プゥルセル・グランド・オーケストラ(Odeon)
4.シング/カーペンターズ(A&M)
5.忘れじのグローリア/ミシェル・ポルナレフ(Epic)
6.迷信/スティービー・ワンダー(Motown)
7.やさしく歌って/ロバータ・フラック(Atlantic)
8.片思いとぼく/ロボ(Philips)
9.ハイ・ハイ・ハイ/ポール・マッカートニーとウィングス(Apple)
10.タブー/ペレス・プラード楽団(RCA)
歌謡曲チャートでは天地真理の「若葉のささやき」が1位を記録していた昭和48年4月、洋楽チャートのナンバー1はカーリー・サイモンの「You're So Vain(米1位/英3位)」でした。
カーリー・サイモンはニューヨーク出身の女性シンガーソングライター。音楽一家に育った彼女は10代でフォーク・シーンに身を投じ、1964年には姉のルーシーと組んだ“サイモン・シスターズ”として「Winkin', Blinkin' And Nod(米73位)」の小ヒットを放ちましたが、ソロデビューを果たすのは1970年代に入ってから。ファーストアルバムが好評を博した彼女はグラミーの新人賞を受賞、72年暮れに発表した3枚目のアルバム「No Secrets」はアルバムチャートで5週連続の1位、シングルカットされたこの「うつろな愛」もナンバー1を記録と、トップ・アーティストの地位を手に入れました。
「あんたは超うぬぼれ屋。“この歌ってオレのこと?”とか思ってるんでしょ。」という相当きつい歌詞のこの歌はたちまち話題となり、 “うぬぼれ屋”とは誰のことを言っているのか?が音楽ファンの議論の的となりました。このレコーディングにコーラスとして参加し、サイモン以上に印象的なボーカルを披露しているミック・ジャガー(あまりにクセの強い歌い方だったため、彼女はつられずに歌うのに苦労したそうです)なのか、それとも当時彼女と結婚したばかりだったジェイムス・テイラーのことなのか・・。30年たった現在も、彼女はこれが誰のことを歌っているのか明言を避けているため(ジェイムス・テイラーでないことだけはハッキリ言いましたが)“うぬぼれ屋”問題はロック史永遠の謎の一つとなっています。
今回この文章を書くにあたって色々調べる中知ったのですが、この曲は元々サイモンとハリー・ニルソンの二人で歌うことになっていたんだそうです。そこにミック・ジャガーが飛び入りで参加し、リハーサルしたところ「これはサイモンとジャガーの二人だけで歌った方が面白い」という判断でニルソンは“黙って”いることにしたのだとか。彼の“見えないファインプレー”がこのナンバー1ヒット、そしてロック史の謎を演出したんですね。ともかく本国アメリカばかりでなく、日本でもこの曲はヒット。この時代の印象的な洋楽ヒットの一つとなりました。話が脱線して恐縮ですが、アルバム「No Secrets」そしてこの曲のシングル盤にも使用されたサイモン嬢麗しの“ノーブラ・ジャケット”は、当時の洋楽少年たちをさぞや刺激したことでしょう。。
続いて2位は本国でのヒット同様、いやそれ以上に日本で強い印象を残したアルバート・ハモンドの「It Never Rains In Soutern California(72年米5位)」。“南カリフォルニアにゃ雨降らない”という原題に「〜青い空」という邦題をつけたセンスには感服するばかりです。この曲は後の“ニューミュージック”と呼ばれる我が国のポップスのそこかしこに多大な影響力を持ちましたし、あと雑誌「ポパイ」的な“なんとなく西海岸”なイメージのはしり、という評価もできるのかも知れません。かなり重要ですね、この曲は。なお この“カリフォルニア”のイメージが非常に強いアルバート・ハモンドは、実はイギリス生まれ。ソングライターとしてもホリーズの「Air That I Breathe(「安らぎの世界へ」74年米6位/英2位)」など多くの名曲を生んでいます。
3位はイージーリスニング・ヒット、フランスのバンドリーダー、フランク・プゥルセルの「Adoro」。プラターズの「Only You」のインスト・カバーで全米チャートにも足跡を残した(59年9位)彼は、この時期彼の“弟子筋”ポール・モーリアらと共に日本でも人気を博していました。1967年にアルマンド・マンサネーロによって南米で大ヒットしたというこの曲は、プゥルセル盤がTVドラマ「光る海(主演:沖雅也)」のテーマ曲に使用され、このヒットとなっています。プゥルセルが日本に残したヒット曲はこの他にも幾つかありますが、中でも我々に印象深いのは20数年に亘って平日24:00になると毎晩「FM東京」から流れていた“ジェットストリームのテーマ”「Mr. Lonely」でしょう。
4位、5位には当時人気絶頂の2アーティストが。4位カーペンターズ「Sing(米3位)」は当初TV番組「セサミ・ストリート」でマペットたちの歌として紹介されたもので、カーペンター兄妹はこれに子供たちのコーラスをフィーチャーしてアルバム「Now And Then」に収録することを決意。アルバムに先駆けてシングルをリリースしたところたちまちヒットチャートをかけ上り、日本でも歴史的なヒットアルバムとなる「Now And Then」の成功をお膳立てしました。5位「Gloria」のミッシェル・ポルナレフはこの頃来日公演と彼にとって最大のヒット「Holidays(愛の休日)」の成功で人気最高潮の状態。ちょっと現実離れした王子様的存在のポップスターとして、当時女の子たちに大変な人気があったようですが、ルックスはハッキリいってそれほどいいとはいえないものの(失礼!)、発声が完璧に“男前”風で、これが魅力になっています。今はもうそういう言い方をしないのかも知れませんが、日本の“ビジュアル系”のアーティストの中に、今もこういう歌い方をする人がいますよね。約5分に及ぶドラマチックなバラード「〜グローリア」はCD化にあたって権利のクリアが難しかったらしく、現在発売されている彼のベスト盤からは漏れていますが、別に出された当時の日本編集盤の復刻「ポルナレフ・ナウ」にめでたく収録されておりますので、そちらでご一聴のほどを。アルバムとしても“ポルナレフの一番いい頃”の作品集になっていてお薦め。
6位、7位は全米ナンバー1ヒット。6位スティービー・ワンダー「Superstition(米1位/英11位)」は、彼が成人し、飛躍的に作品を深化させていった時期を象徴する一曲。元々はジェフ・ベックのアルバムのために作られたというだけあってロック的エッジのきいた作品になっており、スティービーの新しいイメージ、そして驚異的なアルバム「Talking Book」の先行シングルとして同作を強く印象づけました。7位の「Killing Me Softly With His Song(米1位/英6位)」は、フォーク・シンガーのロリ・リーバーマンがドン・マクリーンのステージに感銘を受け、ソングライターのチャールズ・フォックスとノーマン・ギンベルに作曲を依頼し録音した「Killing Me Softly With His "Blues"」が原曲。この曲を偶然飛行機の機内放送で耳にしたロバータ・フラックはニューヨークに帰ると即座に録音を敢行、この古典的名作が生まれました。日本ではこの数年後「ネスカフェ」のTVCMに使用され、また別の形で親しまれることになります。
8位はフロリダ出身のシンガーソングライター、ロボの「I'd Love You To Want Me(米2位)」。前年「Me And You And A Dog Named Boo(「君と僕のブー」72年米5位)」というキャッチーながらちょっとノヴェルティっぽいヒットを放った彼は、ここが正念場とばかりにバラードを発表することを決意。当時ヒットしていたニルソンの「ウィズアウト・ユー」やマック・デイヴィスの「愛は心に深く」を参考に作ったというこの曲(いわれてみればよく似ています)の大ヒットでめでたく“一発屋”の不名誉を免れました。余談になりますが、彼はその繊細そうなルックスからか曲の邦題に“僕”や“君”が登場することが多く、後のヒットには「It Sure Took A Long, Long Time(「帰ってきた君と僕」73年米27位)」なんてものもありました。9位はポール・マッカートニーの「Hi, Hi, Hi(72年米10位/英5位)」。シンプルなR&Rナンバーであるこの曲は、タイトルと歌詞に登場する“ハイ”がドラッグを連想させるということで(サウンドもそれっぽくちょっと歪んだところがあります)放送禁止にしたラジオ局もあったとか。まだそんな時代だったんですね。
最後10位は“マンボの王様”ペレス・プラードの「Tabu」。1957年のアルバム「Latin Satin」に収録されていたこの曲が、この時期になってヒットしているのは他でもない、人気TV番組ドリフの「8時だヨ!全員集合」で加藤茶が演じたストリップ風寸劇に使用されたことから。「ちょっとだけよ〜。」「あんたも好きね〜。」と、今思うとかなりキワドい台詞が週末の食事時にTVから流されていた訳ですが(さすが“PTAワースト番組”!)子供たちは意味もわからないまま夢中で彼のフリを真似していました。このシングルは副題に「ちょっとだけよ...」がつけられ、ジャケットには加藤茶らしきイラスト(似てない!むしろ大沢誉志幸似)が登場しているもの。ペレス・プラード本人が「チョットダケヨ〜」と言っているバージョンの「タブー(70年代に入って再録音)」もあるそうですが、これはオリジナル音源の方だと思われます。
(2003.4.8)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |