1位 Jet - Paul McCartney & Wings('73米7位/英7位)
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アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」の発想は、ジョージ・ハリスンが呟いた一言「すべてを投げ出して、ここから立ち去れたら・・」をヒントに生まれたという(この台詞はそのまま「バンド・オン・ザ・ラン」の歌詞に使用される)。このアルバムの中で最も印象的なイントロとかけ声を持つ曲が「ジェット」で、このヒットがアルバムのセールスを大いに伸ばしたばかりでなく、彼らのライブのハイライト曲ともなった。因みに「ジェット」とはマッカートニー夫妻が当時飼っていた犬のことだそうで、ということは彼がライブでこの曲をやる時、我々は夢中になって犬の名前を叫んでいるのだ、というなんとも馬鹿馬鹿しい話になる。
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2位 I Won't Last A Day Without You - The Carpenters('74米11位/英9位)
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前年「イエスタデイ・ワンス・モア」が洋楽チャート年間1位となり、アルバム「ナウ&ゼン」も大ヒット。この年には待望の来日公演も実現したカーペンターズの我が国における人気絶頂期はここあたりと言っていいだろう。この曲は「愛のプレリュード」などでお馴染みのポール・ウィリアムス作品で「君なしには生きていけない。」という熱烈なラブソング。本国では比較的地味なチャート・アクションに終わったが、日本では大変な支持を集め、結果これだけの成績を残している。カーペンターズとウィリアムスの相性の良さを改めて証明した形になっているが、個人的な感想としてこの曲に限っては、ウィリアムス自身によるバージョンに軍配を上げたいところ。
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3位 When Will I See You Again - The Three Degrees('74米2位/英1位)
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“フィリー・ソウル”が世界的に盛り上がりを見せ、M.F.S.B.(Mother Father Brother Sister)によるフィリー・ソウルのテーマ「T.S.O.P. (The Sound Of Philadelphia)」が全米ナンバー1を記録したこの年、そこでコーラスを担当していたスリー・ディグリーズは来日し「東京音楽祭」で「天使のささやき」を披露、見事金賞を獲得した。洗練されたサウンドに包まれたスイートな女性コーラスものとしてはこの時代屈指の名曲で、英米のチャート・アクションのよさ(アメリカでは彼女たち名義としては唯一のTOP10ヒット)もこの曲なら納得。さらに彼女たちはこの来日時に日本での録音を幾つか残しており、それらのヒットも相俟って本国を凌ぐ人気を獲得することとなる。
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4位 Mind Games - John Lennon('73米18位/英26位)
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物凄い勢いで話題作/問題作を次々と発表していた時期のジョン・レノンのアルバム「ヌートピア宣言」タイトル曲。前作「サムタイム・イン・ニューヨークシティ」が直接的な怒りに満ちた作品であったことの反省からか「マインド・ゲームス」という幾分穏健な表現になっており、この発想は以前の「イマジン」にも通じるもので、「マインド・ゲリラ(今なら“マインド・テロリスト”か?)」としての共闘を呼びかけ、全世界的な無血革命を歌い上げるきわどい言葉遣いには彼ならではのメッセージを感じる。アルバムのジャケットはレノンが立ち尽くす草原の地平線からオノ・ヨーコが顔を出すデザインになっているが、皮肉にもこのアルバムが発表された頃2人は別居状態にあった。
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5位 Annie's Song - John Denver('74米1位/英1位)
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「カントリー・ロード」「素晴らしきカントリー・ボーイ」といったヒットのイメージが強いため、ジョン・デンヴァーはカントリー・シンガーの代表的存在と思われているむきがあるが、実は彼はフォーク畑出身で印象ほどカントリー・チャートに実績は残していない。この曲は彼の妻アニーに捧げられたラブ・ソングで、デンヴァーの“愛妻家”イメージを作り上げたが、実は2人が離婚危機にある時期に書かれたそうで(そのため「もう一度」というフレーズが頻繁に登場する)、これが元で当時よりを戻したのだとか。結局2人は83年に離婚してしまうが、その後の来日公演でも彼はこの曲を臆面もなく披露。歌詞に“アニー”を登場させなかったのがよかったということか・・。
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6位 Sugar Baby Love - The Rubettes('74米37位/英1位)
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グラム・ロックブームに沸いたイギリスのポップシーンではその後何故かR&Rリバイバルが盛り上がり、数多くの50〜60年代スタイルのグループがヒットチャートを賑わせたが、バリー・ブルーというアイドル・シンガーのバック・バンドから独立したルベッツもその中の一つ。ドゥ・ワップ風のコーラスが楽しいこの曲は我が国でも大いに受けた(現在もドラマの挿入歌やCMソング等で頻繁に耳にする人気曲である)が、ここでボーカルをとっていたポール・ダ・ヴィンチが間もなくグループを脱退してしまったこともあり一発屋に終わってしまった。本国やヨーロッパでは以降も彼らは順調に活躍を続け、77年までに都合9曲のUKチャートヒットを残している。
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7位 Band On The Run - Paul McCartney & Wings('74米1位/英3位)
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ウィングス3作目のアルバムを制作するにあたり、ポール・マッカートニーは“ピクニック気分”でナイジェリアはラゴスでのレコーディングを企画したが、この思いつきは裏目に出た。ツアーの疲労からか求心力を失っていたバンドのメンバー何人かは同行を拒否、マッカートニーは妻のリンダとデニー・レーンの3人のみでレコーディングを行う事態に陥る。現地の設備の不備や治安の悪さなどに悩まされながらも、しかし出来上がったアルバムは彼らの驚異的な集中力によって充実した内容となり、記録的なヒットとなった。アルバム冒頭に収録されていたこのタイトル曲はポールお得意のメドレー形式となっており、バラエティ豊かなこのアルバムの“走り出し”に恰好のナンバーに仕上がっている。
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8位 Devil Gate Drive - Suzi Quatro('74英1位)
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この時代随一の人気を誇った女性ロッカー、スージー・クアトロ通算2曲目のUKナンバー1ヒット(これ以降1位にはなっていない)。グラム風のシンプルなロックナンバーで、オールディーズ風味のコーラスと彼女のわめき散らすようなボーカルがいい感じでコントラストを醸し出している。イギリスや日本での人気振りに比べアメリカでなかなか成功を収めることが出来なかったことで有名な彼女だが、一方でかつて一緒にバンド「プレジャー・シーカーズ」を組み、その後アメリカにとどまった姉のパティは女性ばかりのロックグループ「ファニー」のメンバーとしてこの翌年「Butter Boy('75米29位)」で一足早く全米TOP40に登場している。
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9位 Mary Was An Only Child - Garfunkel
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ポール・サイモンは73年に「コンドルは飛んでいく」のオリジナル録音を演奏していたロス・インカス(メンバーが替わり“ウルバンバ”と改名)のアルバム「ウルバンバの魂」をプロデュースしているが、その収録曲にアートがボーカルをかぶせる形で制作されたのがこの曲。オリジナル録音にサイモンがアコースティック・ギターで参加していたため、間接的な形でサイモンとガーファンクル久々の共演が実現しているこの作品は「コンドル〜」の人気が高かった日本でシングルカットされ、エスニック色がウケてかなりのヒットを記録したが、本国ではアート初のソロシングル「All I Know(『友に捧げる讃歌』'73米9位)」のB面に収録されるにとどまった。
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10位 You Are Everything - Diana Ross & Marvin Gaye('74英5位)
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60年代に数々のデュエット・ヒットを放ったマーヴィン・ゲイが、70年代に残した唯一のデュエット・アルバムが「ダイアナ&マーヴィン」。ダイアナ・ロスとの共演が実現した豪華盤だが実は2人はこの企画にあまり乗り気ではなく、録音も顔を合わせることなく別々に行われたのだとか。同作からは3曲のHOT100ヒットが生まれたが、イギリスでは独自にシングルがカットされこの「ユー・アー・エブリシング」が大ヒットを記録。これは当時イギリスで大ブレイク中のスタイリスティックス人気に便乗した気配が濃厚で、続いてかの地でリリースされたシングルも「Stop Look Listen (To Your Heart)(英25位)」と、やはり彼らのカバーであった。
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