TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ラジオ・チャート1975年間(その1)

01 キラー・クイーン/クイーン
02 そよ風の誘惑/オリビア・ニュートン・ジョン
03 オンリー・イェスタデイ/カーペンターズ
04 ジュニアズ・ファーム/ポール・マッカートニー&ウィングス
05 金色の髪の少女/アメリカ
06 あの娘におせっかい/ポール・マッカートニー&ウィングス
07 オンリー・ユー/リンゴ・スター
08 プリーズ・ミスター・ポストマン/カーペンターズ
09 レット・ミー・ビー・ゼア/オリビア・ニュートン・ジョン
10 誘惑のロックン・ロール/クイーン

1位 Killer Queen - Queen('75米12位/英2位)
 70年代も半ばに差しかかり“洋楽アイドル界”もこの先2年くらいで大きく様変わりすることとなる。中でも最大の人気を獲得したのがクイーンで、日本のファンの熱狂ぶりは本国のそれをも上回るほどだったという。当時の彼らは“ビジュアル・バンド”としての機能も十分に果たす美少年揃いだったのだ。グラム・ロックの余波がまだ残るこの時期、彼らはそのビジュアル性を受け継ぎ、加えて音楽性を飛躍的に高度化させたことで高い評価を得、特にハードなロック・サウンドとマニアックなポップ・センスを融合させたこの曲は世界中で大ヒットを記録した。その後この曲は我が国で“ソラミミ・クラシック”としても定番化している。
2位 Have You Never Been Mellow - Olivia Newton-John('75米1位)
 イギリス生まれのオリビア・ニュートン・ジョンは大学教授の父の赴任先、オーストラリアのメルボルンで育ち、かの地でショービジネスの世界に入った。ボーカル・デュオとしてパット・キャロルとコンビを組むようになった彼女は2人でTVショーにレギュラー出演し、そこで出逢ったシャドウズのメンバーたちとのつながりが、その後のキャリアを大きく変えることとなる。日本における彼女の人気を決定付けた「そよ風の誘惑」はシャドウズから彼女の制作パートナーに転じたジョン・ファーラー(パットの夫でもある)の作品。ナッシュビルに乗り込んで録音されたサウンドはまさに“メロウ”で、新しいタイプの洋楽アイドルの登場を印象づけた。
3位 Only Yesterday - The Carpenters('75米4位/英7位)
 60年代末より驚異的なペースでヒット作を生み続けてきたカーペンターズだったが、この年あたりから2人の活動は徐々に変調をきたし始める。アルバム「緑の地平線/ホライゾン」の制作ではアイディアの枯渇に苦しみ(実は前作「ナウ&ゼン」も同様に悩んだ末に生まれた“苦肉の作”であったのだが)、ツアー先ではカレンの拒食症が表面化し、健康状態は悪化。そんな状況下生まれたリチャード・カーペンターとジョン・ベティスが作曲しグループにとって11曲目のイージー・リスニングチャート1位となった「オンリー・イェスタデイ」は大ヒット「イェスタデイ・ワンス・モア」を彷彿させる作風で、そこから彼らの窮状を察することはまだ難しかった。
4位 Junior's Farm - Paul McCartney & Wings('74米3位/英16位)
 ポール・マッカートニーにとって最後のアップル・レコードからのリリースとなったこの曲は「レッツ・ゴー、レッツ・ゴー」というかけ声が印象的なストレートなロック・チューン。新生ウィングスのバンド・サウンドを確立しようと試行錯誤が繰り返されていた時期に録音されたもので、レコーディングはナッシュビルで行われている。「ジュニアズ・ファーム」とはポールが考える理想郷のようなもののようで、その発想はジョン・レノンがビートルズ時代に夢想した「ストロベリー・フィールズ」に通じるところも。サビの「行こう、行こう」から曲の最後に「Take Me Down(連れていって)」へと変わるところは、やはり「ストロベリー〜」を意識してのことだろうか?
5位 Sister Golden Hair - America('75米1位)
 「名前のない馬」の大成功の後、アルバムを重ねるにつれ徐々にチャート成績を下げていったアメリカが、テコ入れとして起用したのがビートルズを手がけたジョージ・マーティン。彼のプロデュース手腕が功を奏したのか74年に発表したアルバム「Holiday」からは「Tin Man(米4位)」「Lonely People(米5位)」と大ヒットが続き、翌年の「Hearts」からはこのナンバー1ヒットが生まれた。爽やかなコーラスが印象的な佳曲だったが、翌年にはメンバーのダン・ピークがクリスチャン・ミュージックの道へ進むため脱退。グループは以降デュオとして活動し、次の全米TOP10ヒットが生まれるまでには7年もの歳月を要することになる。
6位 Listen To What The Man Said - Wings('75米1位/英6位)
 アルバム「バンド・オン・ザ・ラン」の大好評を受け、メンバーを補強したウィングス(結成後暫くクレジットが安定しなかったが、英米ではこの時点から70年代いっぱいマッカートニーの名前が消える)は意欲作「ヴィーナス・アンド・マース」を発表、続いて大規模な全米ツアーにも乗り出し、この成功が彼を“元ビートルズ”の呪縛から解き放った。「あの娘におせっかい」は組曲風の流れになっていたアルバムの中でも突出してポップな曲で、彼の真骨頂といっていい作品の一つだろう。この年ウィングスは来日公演も予定していたそうだが、ご存じのとおりマッカートニーが日本のステージに立つのは、これから更に10年以上も後のことになる。
7位 Only You - Ringo Starr('74米6位/英28位)
 崩壊期にあったアップル・レコードからリンゴが発表した最後のオリジナル・アルバムが「グッドナイト・ウィーン」。多くのトップ・アーティストたちが作品提供/ゲスト参加した豪華な一枚だが、最初のシングルに選ばれたのはプラターズ1955年の大ヒットのカバー「Only You」だった。この録音はアルバム制作に積極的に関わっていたジョン・レノンのアイディアだそうで、それを踏まえて聴いてみるとレノンが75年に発表したオールディーズ・アルバム「Rock 'N' Roll」に収録された「Stand By Me(米20位/英30位)」に通じる雰囲気があると言えなくもない。1975年は名バイ・プレーヤーのリンゴが、ヒットチャートで堂々メインをはれた最後の年であった。
8位 Please Mr. Postman - The Carpenters('75米1位/英2位)
 1973年のアルバム「ナウ&ゼン」で大成功を収めたカーペンターズは、カレンが歌うオールディーズ・ソングがリスナーに大変好まれることに気づき、以降アルバムを発表する毎に60年代作品のリメイクが収録されるようになる。「プリーズ・ミスター・ポストマン」はモータウンのガールグループ、マーヴェレッツが61年に発表したシングルで、同レーベルに初めて全米1位をもたらした名曲だが、カーペンターズのバージョンにはR&B的な粘っこさはなく、軽めのビートとお得意のコーラスに彩られた爽やかな仕上がり。むしろそのビート感は、ビートルズが1964年にアメリカにおけるセカンド・アルバムで発表したバージョンを参考にした印象が強い。
9位 Let Me Be There - Olivia Newton-John('73米6位)
 後追い世代の音楽ファンにはピンとこないところもあるが、オリビアが最初にアメリカで受け入れられたのは“カントリー・シンガー”としてであった。アメリカにおけるブレイク作となったこの曲はカントリー・チャートでも7位まで上昇、これにより彼女は翌年のグラミー賞でカントリー部門の最優秀女性シンガーに選ばれている。日本でこの曲が発売されるのはそれから2年遅れたこの年で、「そよ風の誘惑」のヒットをきっかけに編纂された初期のベスト盤からのカットという形。素朴なカントリー・サウンドは日本でも人気を集め、その後暫く日本では「カントリー・ロード」「ジョリーン」といった同路線の“日本のみヒット”が立て続けに生まれることとなる。
10位 Now I'm Here - Queen('75英11位)
 “クイーンを世界で最初に認めたのは、日本の洋楽ファンである。”という話はもはや定説のようになっているが、当時の洋楽チャートを見る限りこの信憑性は疑わしく、一部のマニアを除き彼らが本格的に注目を集めるようになったのは、英米でもその人気を確立しつつあったこの年あたりであると考えたほうがいいだろう。彼らのサード・アルバム「Sheer Heart Attack」から2曲目のヒットとなったこの曲は、彼らの魅力として盛んに語られる“ハードロック+クラシカル・ミュージック”という側面とはまた別の魅力であるストレートなR&Rナンバー。フレディの死後も演奏し続けられる、彼らのライブには欠かせない人気ナンバーである。


(2005.3.8)

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