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「エマニエル夫人・・。」この言葉を口にするだけで、この当時既に物心つく年齢にあった方(なんて控えめな表現!)の脳裏には様々なイメージがよぎることでしょう。「官能」「背徳」など、日常生活では決して使うことのない難しい日本語をたくさん教えてくれた彼女、その勇姿のバックには必ず籐で編まれた椅子と、ピエール・バシュレの囁くように唄うテーマソングがありました。しかし、主演のアンヌ・アンダルセンが唄う「日本語版(6位)」ってのはいただけません。しかもこんなに売れてるし。残念ながらこの文章を書くにあたってアンデルセン盤の音源を入手することが出来なかったのですが、当時このシングル盤を入手された方、もしこのコラムをお読みでしたら一体どんな日本語詞だったのか教えていただけないでしょうか?情報お待ちしています。
続いてはブルース・リーの登場。このメルマガをお読みの方も、実家の押入れを探してみるとまだ“ドラゴン・グッズ”が残っているのではないでしょうか?プラスチック製のヌンチャク、少林寺拳法通信講座の会員証・・。70年代に入ってスタートした「ドラゴン」シリーズでブレイクした彼、しかしその人気が英語圏を含む全世界に広がったのは73年にアメリカで制作された「燃えよドラゴン(Enter The Dragon)」の大ヒットによってでした。74年に入ると遅ればせながら日本でも彼が香港時代に制作した作品が数カ月おきに公開され、その三作目として前年暮れにかけられたのが「ドラゴンへの道(The Way Of The Dragon)」でした。
と、その話に入る前に時代をちょっと前に戻します。73年の「燃えよドラゴン」の大ヒットは単なる映画を超えた一大現象となり、その影響力は音楽界でいえば最近のビースティ・ボーイズやウータン・クランにまで至りますし、更に範囲を広げれば日本人でさえも西洋では「黒帯カンフー・マスター」のイメージが持たれるという恩恵(?)を受けました。当然この「ドラゴン」の人気にあやかる者も登場し、そんな中からイギリスで大ヒットが生まれます。それがこの月5位の「Kung Fu Fighting(英1位/米1位)」。「ホ〜ホホ〜ホ〜」と山びこのような叫び声で始まるこの曲のイメージは、ブルース・リーというよりはグリーン・ジャイアントに近いものを感じますが、曲が発表されたタイミングが絶妙だったのと、そのC調さがウケたのでしょう、大西洋をまたがってナンバー1を記録、その後も初期のディスコ・クラシックとして愛され続けました。
で、ようやく話は「ドラゴンへの道」へ。ヒット映画を連発し、時代のヒーローとなったブルース・リー。しかしこの爆発的かつ全世界的な人気を、彼は目の当たりにすることなくこの世を去りました。彼は「燃えよドラゴン」が公開される直前の73年7月に脳腫瘍を患って他界。それが神秘性を増大させたのかも知れません、彼はカリスマ的な存在として崇拝の対象となります。そんな盛り上がりの中、リリースされたテーマ曲(10位)は近年では「男たちの挽歌」をはじめとするジョン・ウー作品も手がけている香港映画音楽界の巨匠、ジョセフ・クーによるもの。リリース元は映画を配給している東宝ということで“一粒で二度美味しい”ヒット。
と、これくらいで話を切り上げられれば何処にでもありがちな「サントラ・ヒット」で済むのですが、この先がちょっとややこしい。当時の東宝レコードのカタログを調べると、このシングル盤(YT-1067)はその頃同社で大量のイージーリスニングアルバムを残しているスタンリー・マックスフィールド・オーケストラの演奏となっています。クーさん何処にいっちゃったの?しかも曲のところどころで聞かれる“怪鳥音(ホゥワチャーッ!ってやつ)”も実はリー氏のものではないという話もあるし、オリジナルの音源を持っているにも関わらずこんな“パチもん”を出した東宝の意図がまったくわかりません。しかもこんなに売れてるし。70年代の洋楽シーンには後の世代には計り知れない深い闇のようなものがあるみたいです。。
ついでにもう一曲映画絡みのヒットを紹介しておきましょう。エマニエル夫人やドラゴンに劣らず日本人に愛されたキャラクター、ジェームズ・ボンドもヒットチャートに登場。9位の如何にも“ボンド調”な「The Man With The Golden Gun」を唄うのはイギリスのダイナマイト娘、ルル。ビージーズのモーリス・ギブとの結婚生活もあって、暫しの活動休止時期(離婚により終了)を経た後、前年にデヴィッド・ボウイの「地球を売った男(「The Man Who Sold The World」英2位)」で復活した彼女、その後は80年代に至るまでヒット曲を連発し、数年前もダンスチャートに登場する等現在なおバリバリの現役。今も若々しいルックスを保って活躍中です。
残りの曲は手短かに紹介しておきます。チャートの3位と4位はモータウンから。スティーヴィー・ワンダーの「You Haven't Done Nothin(米1位)」は彼の創造性がピークにあった時期の折り返し点を記録するナンバー1ヒット。ゲストにジャクソン5が登場するこの曲自体は「Shoo-Be-Doo-Be-Doo-Da-Day(68年9位)」や「Superstition(72年1位)」路線の彼の“手癖”が作らせたような曲で、彼が生み出した名曲群の中ではやや見劣りする出来ですが、この曲が収録されたアルバム「Fulfillingness' First Finale」では相変わらず天才性を発揮、洋楽ファンはその類い稀な才能が生み出す作品群を享受する、幸福な時期を過ごしていました。
もう一曲モータウンから4位に登場はコモドアーズの「The Bump」。グループからは後にライオネル・リッチーという大スターが生まれますが、この頃はまだ「Machine Gun(74年米22位)」をはじめとするキレのいいファンクを得意としていた彼ら。この曲は日本独自のシングルカットで本国ではヒットを記録していません。しかし当時アメリカではお尻をぶつけ合って踊る“バンプ”というダンスが流行しており、このダンスが冠されたダンスナンバーは数多くヒットチャートを登場していました。中にはジョー・テックスの「Ain't Gonna Bump No More (With No Big Fat Woman)(太った大女とはバンプしたくねぇ)」なんてタイトルを見ただけでオチがわかりそうなヒット曲(77年米12位)もあったり。日本でも似たような光景はあったんでしょうか?
この頃モータウンは本社を発祥の地デトロイトからロサンゼルスに移転し、そのサウンドは急激に独自性を失いつつある時期にありました。で、モータウン亡き後“ノーザン・ソウル”の精神を受け継いで70年代R&Bのメインストリームを支えていったのがフィラデルフィアのフィラデルフィア・インターナショナル。“フィリー・ソウル”と呼ばれたストリングスを多用し、柔軟性のあるリズムを擁したサウンドはその初期から日本でも熱心なファンを生んでいましたが、この前年の74年にはこれを決定的に人気づけるグループが登場します。それが8位のスリー・ディグリーズ。
彼女たちはコーラス隊として同社の数多くのセッションをこなしていましたが、スタジオバンドMFSBの「TSOP (The Sound Of Philadelphia)」がナンバー1ヒットとなったことからボーカルを務めていた彼女たちにもスポットが当たり、更に彼女たち名義の「天使のささやき(When Will I See You Again)」が大ヒット(米2位/英1位)して人気は爆発。特にイギリスと日本における人気は本国を上回るものがあり、各々の国で独自のヒット曲が生まれました。
この月のチャートにランクインしている「Midnight Train」は、前年「東京国際音楽祭」参加のために来日した(「天使のささやき」でグランプリを獲りました)彼女たちに、日本側が用意した新曲。これが英作詞/プロデュースが松本隆、作曲は細野晴臣、演奏は先日松任谷正隆抜きで再編されたティン・パン・アレイ(現ティン・パン)という精鋭揃いによるもの。ややストリングスに本家のような迫力がなかったり、慎重に作られたためか、リズムがちょっとモッタリした印象になっていたりと、少々気になるところはありますが“和製フィリー・サウンド”として十分及第点をあげられる内容。このときのレコーディングの様子は松本隆のエッセイ集「風街詩人」に詳しく報告されています。なおスリー・ディグリーズは来日時にもう一曲、筒美京平作の日本語曲「にがい涙」もレコーディング、こちらは「ミッドナイト〜」を超えるヒットとなりました。
取り上げる曲の順位が前後して、何だか読みにくい文章になっているかも知れません。最後の曲に参りましょう。この人もイギリスと日本では大変人気を集めたものの、アメリカでは今一つ・・というアーティスト。7位のスージー・クアトロはブレイクした「Can The Can(73年英1位)」のような喚き散らす唄い方がうけ、日本では「サディスティック・ロックの女王」なんて訳のわからないキャッチコピーまでつけられていたとか。この「Wild One(英7位)」でも相変わらず喚いてはいるものの、メロディがポップなので非常に耳に馴染みのいい佳曲(榊原郁恵の「夏のお嬢さん」を連想するのは私だけでしょうか?)。シンプルなR&Rを喧しげに演るのが彼女の得意とするところでしょうが、個人的には後年のよりポップな自作曲に心惹かれたりします。なお彼女の一連の作品をプロデュースしていたマイク・チャップマンはその後ブロンディやパット・ベネターでも成功。手掛ける女の子のタイプが非常にはっきりしている人ですね。
(2001.1.17)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |