TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ラジオ・チャート1976年間(その1)

01 ボヘミアン・ラプソディ/クイーン
02 見つめあう恋/カーペンターズ
03 ラブ・イズ・ブラインド/ジャニス・イアン
04 サタデイ・ナイト/ベイ・シティ・ローラーズ
05 二人だけのデイト/ベイ・シティ・ローラーズ
06 マネー・ハニー/ベイ・シティ・ローラーズ
07 心のラヴ・ソング/ポール・マッカートニー&ウィングス
08 レット・イット・シャイン/オリビア・ニュートン・ジョン
09 ビューティフル・サンデー/ダニエル・ブーン
10 マイ・ベスト・フレンド/クイーン
10 アクション/スイート

1位 Bohemian Rhapsody - Queen('76米9位/英1位)
 クイーン4枚目にして彼らの代表作とされるアルバム「オペラ座の夜」からのカット。当初はロック・ナンバーに短いオペラ風のパートが挿入される程度の曲だったというが、録音を繰り返すうちにフレディ・マーキュリーの構想はどんどん膨らみ、ようやく完成にこぎ着けたバージョンは優に5分を超える壮大な組曲となっていた。この当時英米で大ヒットを記録したのは当然として、近年その評価は益々高まっており、各国のメディアで「20世紀最高の楽曲」が選出される際には必ずその上位にランクインするまでになっている。ビートルズの「Sgt. Pepper's」、ブライアン・ウィルソンの「Smile」といった名作コンセプト・アルバムに匹敵する内容を、たった一曲で表現してしまった名作中の名作、と言っていいだろう。
2位 There's A Kind Of Hush (All Over the World) - The Carpenters('76米12位/英22位)
 オールディーズのスタンダードをアップ・トゥ・デイトに甦らせ、ヒットチャートに送り込むことを得意技の一つにしていたカーペンターズが、この年取り上げたのが「見つめあう恋」。イギリスはマンチェスター出身のポップグループ、ハーマンズ・ハーミッツによるオリジナル('67米4位/英7位)は当時のイギリスのトップ・ソングライター、レス・リードとジェフ・スティーブンスのペンによるドリーミーな名作だったが、カーペンターズ版はかなり淡白な仕上がり。時代の移り変わりは彼らにも確実に押し寄せ、この曲は2人にとってアメリカで70年代最後のTOP20ヒットとなっている。一方日本では熱心なファンがこの後も暫く彼らの新曲を上位に推し上げ続けることとなる。
3位 Love Is Blind - Janis Ian
 60年代にデビューし、異人種間の恋愛を歌った「Societie's Child('67米14位)」で物議を醸したジャニス・イアン(当時17歳)は、70年代半ばに「At Seventeen(『17才の頃』'75米3位)」で再浮上。しかし日本ではまた別のストーリーが彼女に用意されていた。この年放映されたTVドラマ、余命幾許もないシングル・マザーが子供の真の父親を探し求める、というストーリーの「グッドバイ・ママ」の主題歌に使用されたこの曲が大ヒットを記録したのだ。翌年には多摩川の堤防決壊を機に崩壊寸前に陥る家族の絆を見つめ直すという「岸辺のアルバム」のテーマ「ウィル・ユー・ダンス」がヒット('77年間チャート94位)と、彼女は日本人以外には説明の難しい“全盛期”を迎える。
4位 Saturday Night - Bay City Rollers('75米1位)
 イギリスで熱狂的なブームを巻き起しながら、アメリカではなかなかブレイクのきっかけを掴むことが出来なかったBCRを売り出すべく、かの地で独自にカットされたのが「サタデイ・ナイト」。元々彼らが1973年に発表していた作品だが、リスナーの耳を捕える“フック”の塊のような曲調と、後に大変な人気TV番組となる「サタデイ・ナイト・ライブ」のプレミア・ショーでこの曲を初披露するなど、印象的なプロモーションも功を奏して大ヒットを記録、アメリカでも“ローラー・マニア”を巻き起した。日本における彼らの人気もこの曲で決定づけられており、当時この曲のフレーズで「Saturday」の綴りを憶えた小中学生は、統計資料はないがかなりの人数に上るものと思われる。
5位 I Only Want To Be With You - Bay City Rollers('76米12位/英4位)
 世界中を覆った“タータン旋風”BCRブームはこの年を頂点に非常に短期間で終わったが、その“一番よかった時期”の最後を飾ったのが60年代UKポップスの古典のカバーであるこの曲。オリジナルのダスティ・スプリングフィールド版('63英4位/米12位、彼女初のソロヒット)はブラス・サウンドがフィーチャーされたピュア・ポップだったが、BCR版はそれをロック色濃く料理。その後も後にユーリズミックスに発展するグループ、ツーリストがニューウェーブ風味で('79英4位/米83位)、グラビアアイドル出身のサマンサ・フォックスがユーロビート風に('89英19位/米31位)と、イギリスでは繰り返しリメイクされヒットチャートに登場するスタンダードとなっている。
6位 Money Honey - Bay City Rollers('76米9位/英3位)
 「サタデイ・ナイト」に続いてリリースされ英米ともに好成績を収めたこの曲は、グループのメンバーであるエリック・フォークナーとスチュアート“ウッディ”ウッドが共作したR&Rナンバー。彼らがロックバンドとしてもなかなかの魅力を持ち合わせていることを証明した一曲である。グループのメンバーの中で一番人気はなんといってもボーカルのレスリー・マッコーエンだったが、この人気に匹敵するメンバーを作るべくマネージメントはイアン・ミッチェルやパット・マッグリンといった“イケメン”を次々加入させたが活動は長続きせず、彼らは各々ロゼッタ・ストーン、スコッティーズといった“分家”を率いて去っていった。ここら辺までをフォローして初めて“BCRマニア”と言える??
7位 Silly Love Song - Wings('76米1位/英2位)
 「くだらないラブ・ソングばっかり歌いやがって。」ソロ活動を開始して以降ポール・マッカートニーが常に受けた批判だという。かつての盟友ジョン・レノンも彼をイギリスのバラード・シンガー、エンゲルベルト・フンパーディンクに例えて腐した発言があったが、それに対し「ラブ・ソングの何処が悪い!」と堂々と開き直ったのがこの曲。ここで彼は世界中のどんなプロテスト・ソングより強力なメッセージ「I Love You」をリスナーに届けるためだけの曲を生み出した。結果はアメリカ、イギリス、そして日本でのチャート成績を見ればお解りのとおり。歌詞にあるように「世界中がラブ・ソングで埋めつくされたらいいのに。」と考える音楽ファンは予想以上に多かったようだ。
8位 Let It Shine - Olivia Newton-John('76米30位)
 オリビアがナッシュビルに乗り込んで次々とヒット曲を放っていた時期の代表作の一つ。この曲は70年代に“ブルージーン・カントリー・クイーン”の愛称で親しまれた女性シンガー・ソングライター、リンダ・ハーグローブが作ったアップテンポなカントリー・ナンバーで、アメリカでは「He Ain't Heavy... He's My Brother(兄弟の誓い)」とのカップリングで両面ヒットを記録している。余談になるが、後述のダニエル・ブーン「ビューティフル・サンデー」の大ヒットに続いて朝のTVショーのテーマ曲に使用され、彼女にとって日本に於ける最大のシングル・セールスを記録した「カントリー・ロード('73英15位)」は、この年の年間チャート23位にランクインしている。
9位 Beautiful Sunday - Daniel Boone('72米15位/英21位)
 “ダニエル・ブーン”ことピーター・スターリングは、60年代後半をスタジオ・ミュージシャンとして過ごし、70年代に入って制作したデモテープがレコード会社の目にとまり、ソロデビューを果たした。第一弾「Daddy Don't Walk So Fast(行かないで!パパ)」はウェイン・ニュートンのカバー版がアメリカで大ヒットを記録し('72米4位)、続く「ビューティフル・サンデー」は彼自身にヒット・アーティストの栄光をもたらす。が、それはこの時点から4年前の話。日本でこの曲は朝のTVショーのテーマ曲として人気が大爆発。200万枚を超えるというセールスは洋楽シングルとしては我が国レコード産業最大のヒットで、現在もその記録は破られていない。
10位 You're My Best Friend - Queen('76米16位/英7位)
 「ボヘミアン・ラプソディ」に続いてアルバム「オペラ座の夜」からカットされたこの曲は“クイーン第4の男”ジョン・ディーコンのペンによるポップな佳曲。70年代初頭にジョルジオ・モロダーやチッコリー・チップがヒットさせた「Son Of My Father(恋の玉手箱)」を思い起こさせるエレピのフレーズが非常に耳に残るこの曲は、壮大な「ボヘミアン〜」とは対照的な作風で、グループにまた別の魅力を加えている。ディーコンの持つこのポップさ、言い換えればいい意味での“ミーハーさ”は80年代初頭、アメリカのヒットチャートでナンバー1ヒットを連発することになるクイーンの原動力として大変な機能を果たすこととなる。
10位 Action - Sweet('76米20位/英15位)
 バブルガム・ミュージック〜グラム・ロックと作風を変化させ、70年代前半のUKロックシーンを生き抜いたスイートがアメリカでも本格的なブレイクを果たしたのがこの時期。人気プロデューサーコンビ、ニッキー・チンとマイク・チャップマンの制作で長く成功を続けてきた彼らが自作路線に転向し、結果生まれたこの曲は狂躁的なポップさを持ったハードロックの名曲に仕上がっている。日本における彼らの人気は長続きしなかったが、70年代初頭の古典的なハードロックと、この後間もなく登場するキッスに代表されるエンターテインメント性の高いハードロックを橋渡しする存在であるという意味では、もっと評価すべき重要アーティストであると言えるだろう。


(2005.3.29)

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