TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Record Mirror Singles Chart March 27, 1976
01 Save Your Kisses For Me - Brotherhood of Man (Pye)
02 Love Really Hurts Without You - Billy Ocean (GTO)
03 I Love To Love - Tina Charles (CBS)
04 You See The Trouble With Me - Barry White (20th Century)
05 People Like You And People Like Me - The Glitter Band (Bell)
06 You Don't Have To Say You Love Me - Guys and Dolls (Magnet)
07 I Wanna Stay With You - Gallagher and Lyle (A&M)
08 Convoy - C.W. McCall (MGM)
09 Falling Apart At the Seams - The Marmalade (Target)
10 Yesterday - The Beatles (Apple)
昭和51年3月第4週、UKチャートのナンバー1はブラザーフッド・オブ・マンの「想い出のラスト・キッス(米27位)」でした。
ブラザーフッド・オブ・マンという名のグループが結成されたのは1969年のこと。このグループはセッション・シンガーたちが様々に編成を変えながら録音した無数にあるプロジェクトの中の一つで、当初の録音にはデヴィッド&ジョナサンのロジャー・グリーナウェイ、ホワイト・プレーンズやエジソン・ライトハウスなどで知られる“ミスター・ブリティッシュ・バブルガム”トニー・バロウズ、後に「Doctor's Order(74年英7位)」のソロヒットを放つサニー・レズリーなどスタジオのエースたちが参加した“スーパー・セッション”グループでした。1970年に発表した「United We Stand(『二人だけの世界』米13位/英10位)」は壮大なテーマが受け入れられたのか各国で大ヒットとなり注目を集めましたが、グループ成立ちの経緯からして顔ぶれが固定するはずもなく、主要メンバーは次第にプロジェクトを離れ、形骸化したグループは数カ月でヒットチャートからフェイドアウト。以降数年は営業の都合上その名を残すためのツアー・グループとして活動を続けたようです。
このプロジェクトをそもそも立ち上げた一人、ソングライターのトニー・ヒラーは73年、グループの再興を目指して再編成。当時急激に人気を高めつつあったアバに倣って男女2人ずつの顔ぶれとし、何枚かのシングルをリリースした後この年にソングコンテスト「ユーロヴィジョン」に「Save Your Kisses For Me」を出品。これがグランプリを獲得し、ブラザーフッド〜は再びヒットチャートに登場することとなりました。
この曲を聴いたことのある方はご存じのことと思いますが、これは明らかにドーンの「幸せの黄色いリボン」を下敷きに作られたもの。グループ編成はアバで、曲調はドーン・・。こんな曲にグランプリをあげてしまうユーロヴィジョンもユーロヴィジョンですが、そうはいっても作品自体は非常にハッピーでいい感じ。この大ヒットで人気を盛り返した彼らは以降「Angelo(77年英1位)」「Figaro(78年英1位)」と次々とヒットを放ち、70年代後半を代表する人気ポップグループとなりました。
で、新生ブラザーフッド・オブ・マンが華々しい復活を遂げた頃、当初参加していたセッション・シンガーたちは何をやっていたか?というと、相変わらず架空のプロジェクト名で無数のポップソングを吹き込んでいました。そんな中生まれたものの一つが前回も紹介したガイズン・ドールズで、こちらは「Don't You Know(『そよ風の二人』英70年英17位)」のヒットを持つバタースコッチの3人が制作し、トニー・バロウズとサニーもコーラスに参加した純正スタジオ製のレコード「There's A Whole Lot Of Loving(前号でご紹介)」でデビュー。その録音ではバタースコッチのデヴィッド・マーチンがリードボーカルをとっていましたが、曲のプロモーションのため“ガイズン・ドールズ”を名乗る若い男女6人を雇用し、レコードとステージではまったく違う歌声でこの曲を披露したのだとか。そんな怪しい経緯がありながらも成功を収めた彼らは、以降自分たち自身の歌声でヒットを生むようになり、この週6位に入っている「この胸のときめきを」もヒット。66年にダスティ・スプリングフィールド(66年米4位/英1位)、70年にエルヴィス(70年米11位/英9位)」がヒットさせたこの曲が三たびUKチャートのTOP10に登場することとなりました。
さて、1976年ともなるとヒットチャートには新しい波“ディスコ”が顕在化してくることになります。初期のディスコシーンを賑わしたヒットが2〜4位に登場していますので、こちらを紹介しましょう。まず2位はトリニダード・トバゴ共和国生まれのR&Bシンガー、ビリー・オーシャン。幼少期にイギリスに移住し、その後R&Bクラブシーンで活躍していた彼は74年にレコード・デビュー。75年にリリースしたファーストアルバムに収録されていたこの「ディスコ・ラヴ(米22位)」が英米でヒットを記録し、各国のリスナーにその名を知られるようになりました。軽快なノーザン・ビートのこの曲を凌ぐヒットを生み出すのに、彼はしばらく苦労しましたが、80年代に入って「Caribbean Queen(84年米1位/英6位)」で再ブレイクして以降、彼には多くの音楽ファンに「ちょっと分不相応では?」と思わせるくらいの規模の成功が待ち構えていました。
3位のティナ・チャールズはこの前年に「I'm On Fire(『恋は火の鳥』米26位/英4位)」「Dr Kiss-Kiss(『ドクター・キスキス』英8位)」のヒットを放ったダンスユニット「5000ヴォルト」のシンガーを務めていた人で、今回登場している「愛の輝き」はソロ第一弾、見事UKチャートのトップに輝きました。その後彼女は日本でも人気を博し「Dance Little Lady Dance(『恋のレディ・ダンス』英6位)」日本制作の「Oh!クッキーフェイス」など“洋楽ヒット”が続くことになります。私個人的にはフィラデルフィア風味の「I'll Go Where Your Music Takes Me(78年英27位)」が非常に好き。
続く4位にはこの当時R&B界のトップスターだったバリー・ホワイトが。シンガーとして、またガールグループ“ラヴ・アンリミテッド”やスタジオ・ミュージシャン集団“ラヴ・アンリミテッド・オーケストラ”の黒幕として、初期のディスコ・サウンドを支えた彼は70年代のソウルミュ−ジックを代表する偉人の一人ですが、イギリスでは本国でディスコの新勢力に押されぎみとなる70年代半ば〜後半に人気がピークに達し、当時ホワイトのバンドのギタリストを務めていたレイ・パーカーJrのペンによるこの「You Don't Have To Say You Love Me(米R&B14位)」も、イギリスにおける彼の代表的なヒットとなりました。
バブルガム〜ディスコときて5位以下にようやくロックものが登場。5位のグリッター・バンドはその名のとおりゲイリー・グリッターのバックバンド。“グラム・ロックブーム”をこのシリーズで紹介し始めたのは1972年の回なので、今回で5年目。現在このムーブメントが取り上げられる際は大概デヴィッド・ボウイとT.レックスを中心に語られることが多く、ボウイは74年頃には“グラム”と決別、T.レックスも約2年で失速したため、70年代前半一時期の現象であったかのような印象がありますが、チャートを見ると意外に長く続いたんですね。但し近年の我が国音楽シーンに例えれば“ビジュアル系”の流行から登場したGLAYやラルク・アン・シエルが現在なおヒットチャートで頑張っていたとしても、現在が“ビジュアル・ブーム”ではないのと同様、76年のイギリスも“グラム・ロックブーム”ではなかったことは明白ですが。で、グリッター・バンドはブームがやや峠を越した74年から独自のシングルもリリースするようになり、この曲が最後になりましたが約3年にわたってTOP10の常連となりました。
7位はベニー・ギャラガーとグラハム・ライルの「ステイ・ウィズ・ユー(米49位)」。ビートルズの「アップル」の専属ライターを経て、70年代初頭に「When I'm Dead And Gone(70年米47位/英2位)」「Malt And Barley Blues(71年英5位)」といったヒットを放ったマッギネス・フリントのメンバーとしての活動を行った後、デュオとして独立した彼らはソフトなサウンドでブレイクを果たします。この曲が収録されているアルバム「Breakaway」のタイトル曲は彼ら自身のヒット(英35位)としてばかりでなく、アート・ガーファンクルのカバー(米39位)もヒットチャートを賑わせました。“イギリス嫌い”を自認する私にも耳馴染みのいい彼らです(いい機会なので今回CDを買いました)。8位には当時アメリカのトラック運転手の間で猛烈に流行っていたCB無線をネタにしたノヴェルティ系ヒット「コンボイ(米1位)」が登場。この当時イギリスでは“CB無線”なるものがまったくピンとこない時期だったそうなのですが、曲のユニークさでこれだけのヒットを記録、その後「コンボイ」はクリス・クリストファーソン主演で映画化され、大型トラックを指す「コンボイ」という呼称は日本でも一般的になりましたし(日本に“コンボイ”って存在したんでしょうか?)、また我が国の人気映画シリーズ「トラック野郎」にも少なからぬ影響を与えたことは間違いないでしょう。
最後9位と10位には久々の名前が。9位マーマレードは60年代後半〜70年代初頭に活躍したポップグループ。以降しばらくヒットが途絶えていましたが、この曲が突然の大ヒット(アメリカでは最高49位)。ボーカルの感じが非常にフォー・シーズンズっぽいのですが、この頃は前年のフランキー・ヴァリ「瞳の面影」の大ヒットをきっかけとしてフォー・シーズンズが大復活を果たした時期で、そのリバイバルが思わぬ方面にも波及した?という印象も。なおこの曲を手がけ、レーベル「Target」のオーナーでもあったトニー・マコウレイは今回冒頭で触れた“ブリティッシュ・スタジオ・シーン”最重要人物の一人。70年代のUKポップって、かなり限られた人々によって作られ続けていたような気がしますね。最後10位はビートルズの「イエスタデイ(65年米1位)」。意外なことに60年代当時イギリスではこの曲のシングルカットはなく、代わりにマット・モンローのバージョンがヒットチャートに登場していました(最高8位)。76年は「アップル」が活動を停止した年で、このシングルはアップル最期のシングルの一枚ではないかと思われます。
(2004.3.23)
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