TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ラジオ・チャート1978年間(その2)

11 ホット・ブラッディッド/フォリナー
12 愛はきらめきの中に/ビー・ジーズ
13 宇宙のファンタジー/アース・ウインド&ファイアー
14 霧のベイカー・ストリート/ジェリー・ラファティ
15 ミス・ユー/ローリング・ストーンズ
16 サマー・ナイト・シティー/アバ
17 シャドー・ダンシング/アンディ・ギブ
18 イッツ・レイト/クイーン
19 永遠の人に捧げる歌/コモドアーズ
19 エボニー・アイズ/ボブ・ウェルチ

11位 Hot Blooded - Foreigner('78米3位/英42位)
 スティクス、ジャーニー、REOスピードワゴンといった、いわゆる“産業ロック(アリーナ・ロック)”バンドの中でもっとも継続的かつ大規模な成功を収めたのがフォリナー。イギリス人ギタリスト、ミック・ジョーンズとアメリカ人のボーカリスト、ルー・グラムの2人を中心に各バンドで経験を積んだメンバーが集められたこのグループは、77年のデビューアルバム「Foreigner」がいきなり数百万枚を売り上げ、続くセカンド「Double Vision」も前作を上回る大ヒット、トップ・バンドに伸し上がった。「ホット・ブラッディッド」は前作がやや大仰だったことを反省してか、かなりシンプルなサウンドに仕上げられたR&Rで、続いてシングル・カットされたアルバム・タイトル曲同様、全米ナンバー1寸前まで上昇する好評を得た。
12位 How Deep Is Your Love - The Bee Gees('77米1位/英3位)
 かつてはアメリカをも凌ぐ人気を誇っていたにもかかわらず、ビー・ジーズの人気が我が国で本格的に再燃するのはこの年、映画「サタデイ・ナイト・フィーヴァー」の公開まで待たねばならなかった。因みに我が国における彼らの人気が最初のピークを迎えたのはこれのちょうど10年前の1968年、この年と同様3曲のヒットを年間TOP20に送り込んでいる。「愛はきらめきの中に」はサントラのために最初に録音された曲の一つで、彼らはその時点でどのような映画に使われるかも知らなかったそうだが、この美しいメロディとやさしいハーモニーの前でそんなことは些細な問題でしかなく、たちまち全米チャートを制覇した。彼らはその後79年迄にリリースするシングル6枚を連続で1位に送り込むという当時の新記録を打ち立てた。
13位 Fantasy - Earth, Wind & Fire('78米32位/英14位)
 シカゴのソウル・ジャズシーンから登場したファンク・バンド、アース、ウィンド&ファイアは、作品に社会問題やアフリカへの回帰、そして神秘主義など様々な要素を盛り込んで70年代に壮大なスケールの音楽世界を創り出した。この年に発表されたアルバム「All 'N All」はその創造性がピークにあった時期に制作されたもので「Brazilian Rhyme」と題された小曲で各曲がつなぎ合わされたコンセプト・アルバム風の内容になっていた。「宇宙のファンタジー」は同アルバムのハイライトの一つで、全世界の人々が希望溢れる「新世界」を夢見る、というスケールの大きなテーマの曲。彼らはその後大胆なディスコ路線を打ち出し我が国でも人気を呼ぶが、洋楽年間チャートではこの曲が最も高い成績を残している。
14位 Baker Street - Gerry Rafferty('78米2位/英3位)
 73年に「Stack In The Middle With You(米6位/英8位)」のヒットを放ったイギリスのロックバンド、スティーラーズ・ホイールのリーダーだったジェリー・ラファティは、実はデビュー時には既にバンドのメンバーではなかったという。アルバム制作の必要から呼び戻された彼は「Stack 〜」の思わぬ成功から引き続きバンドを任されることとなり、そのまま4年間活動を継続。77年になってようやくソロ活動に乗り出し、デビュー作「City to City」がアルバム・チャートでナンバー1を記録する大当たりとなった。「霧のベイカー街(ストリート)」はラファティのメロディ・メーカーとしての才能が如何なく発揮された佳曲だが、この「ベイカー街」とは実在する地名ではなく、探偵シャーロック・ホームズが小説の中で住んでいる街の名なのだとか。
15位 Miss You - The Rolling Stones('78米1位/英3位)
 60年代後半〜70年代前半の人気振りを考えれば、その後はやや中だるみの印象があったローリング・ストーンズが73年の「悲しみのアンジー(洋楽年間チャート7位)」以来久々に日本で放った大ヒット。アルバム「Some Girls(女たち)」収録曲だが、同作制作中キース・リチャーズは麻薬所持によりカナダで逮捕されており、送致されたニューヨークの施設で更正中だったため米国外に出ることが出来ず、フランスで録音されたセッション・テープに彼がギターを被せる形でアルバムが仕上げられた(余談だがこの時の治療が元で「キースは時折全身の血を入替えて生き延びている」という伝説が生まれた)。彼らが本格的にディスコ・サウンドを導入した曲としても話題になり、ダンス・チャートで最高6位を記録している。
16位 Summer Night City - ABBA('78英5位)
 こんなことを書くと「今さら」と思われるかも知れないが、「アバ」というグループ名はメンバー4人の頭文字(アグネッタ、ビョルン、ベニー、アンニ・フリード→後に“フリーダ”と名乗る)を並べたもの。前年の「ダンシング・クイーン」の大ヒットによりその人気は世界的なものとなり、ある年などは彼らの各国のレコード売上が母国スウェーデンの誇る自動車メーカー、ボルボの総売上を超えるなんてこともあったそうで、国にとっては大事な外貨稼ぎの“一大産業”だったようだ。「サマー・ナイト・シティー」はロック・サウンドを取り入れたダンス・ナンバーで、前半部分はユーロ・ディスコからの影響が色濃く現れているが、サビに向かうにつれ彼らならではの複雑な曲構成が登場して一気に盛り上がりを見せている。
17位 Shadow Dancing - Andy Gibb('78米1位/英42位)
 ビー・ジーズ・ファミリーの稼ぎ頭、アンディが放った最大のヒット。アメリカではこの曲でデビュー以来3曲連続(「恋のときめき」「(Love Is) Thicker Than Water(愛の面影)」とこの曲)でシングルをナンバー1に送り込んだことになり、これはそれまでソロアーティストでは誰も果たすことのなかった大記録であった。「シャドー・ダンシング」はドラマチックな曲調で、折しも「サタデイ・ナイト・フィーヴァー」の大ブームのまっただ中ということもあり、何の苦もなく1位を獲得した後その座を7週間も守り続けた。兄達の強力なバックアップで彼の人気は当面安泰かに思われたが、80年代に入るとヒットはパタリと止まり、その後何度かカムバックを試みたがドラッグやトラブルが彼を蝕んで1988年、アンディは30歳という若さでこの世を去っている。
18位 It's Late - Queen('78米74位)
 クイーン通算6枚目のアルバム「News Of The World(世界に捧ぐ)」からのシングル。日本では従来の“クイーン調”であるこの曲が人気を博したが、英米ではよりストレートなロック・ナンバー「We Are The Champions(『伝説のチャンピオン』'77米4位/英2位、洋楽年間チャートでは今ひとつ振るわず44位)」が大ヒット、スタジアムの観客を揺るがす彼らの代表曲に育ったばかりでなく、アメリカでは同じアルバムに収録されていた「We Will Rock You」とともに、スポーツ・アンセムとして現在も日常的に聴かれるスタンダードとなった。これが転じて21世紀に入った9.11テロ〜米軍のイラク侵攻の時期に、この2曲がまるで“第2のアメリカ国歌”のように戦意高揚に利用されたのは、流石の彼らも複雑な思いだったろうと思われるが。
19位 Three Time A Lady - Commodores('79米4位/英1位)
 アラバマ州出身のR&Bグループ、コモドアーズは所属するモータウンの中では珍しく荒々しいファンク・サウンドを得意としていたバンドで、「Machine Gun('74米22位)」をはじめとするダンス・ナンバーで人気を呼んだが、76年の「Just To Be Close To You(米7位)」の大成功以降サックス奏者兼ボーカリストであるライオネル・リッチーの歌うバラードに人気が集まるようになり、メロウな作品の比重が増えていった。アルバム「Natural High」からカットされた「永遠の人に捧げる歌」はその路線の最高峰に数えられる一曲で、彼らにとって初の全米ナンバー1ヒットを記録。その後もバラード偏重路線を推し進めた彼らは次々と大ヒットを飛ばしていったが、肝心のリッチーが82年に独立したところで、その黄金期は終わりを迎えた。
19位 Ebony Eyes - Bob Welch('78米14位)
 カリフォルニア出身のボブ・ウェルチは1971年にイギリスのブルース・ロックバンド「フリートウッド・マック」に加入。後に大成功を収めるポップ路線の礎を築いたが74年にはその座を新進のリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスに明け渡して独立。不成功に終わったハード・ロックトリオ「パリス」を経て77年にソロデビューを果たした。フリートウッド・マックのメンバーが挙ってレコーディングに参加したファーストアルバム「フレンチ・キッス」からはまずマック時代の自作曲「Sentimental Lady(オリジナルは72年に録音)」のリメイクが大ヒット(米8位)、続いてカットされた「エボニー・アイズ」もそれに続いた。70年代末〜80年代初頭にかけて人気を博した「AOR」を代表する作品の一つである。


(2005.4.26)

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