TOP10 HITS OF LAST CENTURY
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■ 洋楽ポピュラーシングルチャート 1978.2.25

01 サンフランシスコ/ビレッジ・ピープル(Casablanca)
02 誘惑のブギ/バカラ(RCA)
03 悲しき願い/サンタ・エスメラルダ(Philips)
04 サニー/ボニーM(Atlantic)
05 テーク・ア・チャンス/アバ(Disco Mate)
06 燃える想い(日本語)/ラッグス(EMI)
07 マ・ベーカー/ボニーM(Atlantic)
08 ホテル・カリフォルニア/イーグルス(Asylum)
09 ベイビー・シッター/ソウル・イベリカ・バンド(Philips)
10 「ロッキー」のテーマ/ビル・コンティ(United Artists)

 邦楽チャートではピンク・レディー最大のヒット「UFO」が1位を記録していた昭和53年2月、洋楽チャートのナンバー1はビレッジ・ピープルの「San Francisco (You've Got Me)(米102位/英45位)」でした。

 前年公開された映画「サタデイ・ナイト・フィーバー」の大ヒットでディスコブームが最高潮に達していたこの時期、洋楽チャートはやはりダンスナンバーに上位を独占されていたようです。それでは順番に上から紹介していきましょう。

 まず1位は男性6人組、ビレッジ・ピープルの「サンフランシスコ」。エンターテインメント性の高いR&Bを今どき風なアレンジにのせて提供する、というプロデューサーのジャック・モラーリの狙いは非常に的確で、この後彼らは次々とポップなダンスヒットを連発していくのですが、その彼らを何よりリスナーに印象付けたのは、彼らが身にまとう“ゲイ・ファッション”。古今東西芸の世界では多くの“ゲイ”が活躍し、その芸術面において多大なる貢献を果たしましたが、エンターテインメントに包まれた“糖衣状”とはいえ、これだけのゲイ讃歌をヒットチャートに登場させたアーティストはそれまでいなかったはずです。

 警官、カウボーイ、肉体労働者、インディアン、バイカー、GIと、ステレオタイプ化された“ゲイ好み”のコスチュームに身を包んだ彼らによって歌われた“コスプレR&B”は、普通に聴けば単なるラブソングが、そのコスチューム、そして当時ゲイ文化が盛り上がっていたサンフランシスコという土地のイメージを得、屈強な男たちが「サンフランシスコで捕まえてっ(はぁと)」と歌う世にも不思議なシロモノとなります。彼らの活躍は翌年も続きますので、更なるヒット群はそちらでまた。

 今回は怪しい曲が続きますよ、2位はスペイン出身の女性2人組バカラの「Yes Sir I Can Boogie(英1位)」。ショーガールをやっていた彼女たちは営業でドイツに赴き、そこで当地のプロデューサーにスカウトされレコーディング契約を結びます。結果生まれたこの曲は、当時ヒットしていたドナ・サマーの「Love To Love You Baby(76年米2位)」とテルマ・ヒューストンの「Don't Leave Me This Way(77年米1位)」を足して2で割ったような仕上がりでしたが、2人のたどたどしい英語が妙に色っぽくそそり、大ヒットとなりました。ダンスアーティストの宿命として彼女たちのヒットチャート上における活躍は短命に終わりましたが、この原稿を書くにあたって調べてみたらユニットはまだ存続しているようで(メンバーが当時のままかどうかは確認できませんでした)「Yes Sir I Can Boogie '99」を含むニューアルバムも発表されているようです。

 さて、前回のコラムでも触れましたが、ディスコブームの時期には様々な過去の作品のディスコ版リメイクが制作されました。ポピュラー音楽の歴史を辿ってみるとジャズやR&Rなど、過去にも新しい音楽が登場するとその手法で既に存在するポップ作品を生まれ変わらせる、という試みが繰り返されていたことに気づきますが、ディスコミュージックの場合はその対象となる作品、行われた地域(殆ど全世界に及びます)の広範囲さにおいて空前絶後の出来事であったと言えます。日本でも「お富さん」や「夕焼けトンビ」のディスコ化が為されたくらいですからね。。

 で、今回もその手の作品がヒットチャートに登場しています。まず3位のサンタ・エスメラルダ「Don't Let Me Be Misunderstood(米15位)」、これは1965年にアニマルズがヒットさせたバージョンがオリジナル。このリメイクではオリジナルが持つウェットな感じを活かしつつ、スパニッシュギターをフィーチャーしたエスニックなサウンドに仕上げており、その出来はオリジナルにこそかなわないものの、これはこれでなかなかいい感じ。なおこの曲、以前紹介したとおり1965年に日本では尾藤イサオのローカルカバーがヒットを記録していましたが、エスメラルダ盤のヒットを受けて彼は再びこの曲を録音。「だーれのせいでもありゃしない〜」の名調子は、十数年ぶりに蘇ることになりました。

 4位も60年代のヒットのリメイク。「Sunny」は黒人シンガー、ボビー・ヘブが1966年にヒットさせた自作自演曲ですが、先日発行したメルマガ特別号にも書いた通り1976年にヤンブーなるアーティストがラテンディスコにリメイクしてR&Bチャートに登場、これを受けてヘブ自身も再録音を行いヒットチャートの下位に顔を出しました。で、この曲をヨーロッパでヒットさせたのがドイツのスタジオプロジェクト、ボニーM。

 プロデューサー、フランク・ファリアンが生み出したこのユニットには、西インド諸島出身の4人がメンバーとして集められて一種異様な雰囲気を醸し出していましたが、曲そのものは大変ポップで欧州各地で大ヒットを記録します。彼らはこの「サニー(英3位)」のヒット後、この月7位にランクインしている初期のテクノポップ的趣の「Ma Baker(英2位/米96位)」を大ヒットさせ、国際的なポップスターとしてその音楽性を次第に洗練させていきます。

 なお、このグループを手がけたファリアンは、その10年後にモデル出身の男の子2人をフロントに立てたポップユニット「ミリ・バニリ」を市場に送り込み、ヒットチャートを席巻する一大旋風を巻き起こしました。この騒ぎには2人が実際には歌っていなかったことがバレて一度受賞したグラミーの新人賞をはく奪されたり、メンバーの一人が哀れな末路を辿ったり・・と様々なオマケがつくこととなりますが、仕掛人であるプロデューサーにとってはこれほどオイシイ展開はなかった訳で、彼はこの一件を今も自慢のタネにしていることでしょう。

 ボニーMのように、当初は正体不明のダンスグループとしてシーンに登場し、その後セールスが安定してくると徐々に良質なポップスを志向していく、という戦略は、イギリスやヨーロッパでは今も昔も頻繁に見られるものですが、その“ポップ化”の一つのモデルケースとなっているのが、この月5位に入っているアバ。74年の「Waterloo(英1位/米6位)」以降全世界でヒット曲を連発していた彼ら、「Dancing Queen」の全米ナンバー1ヒットの印象が強いためディスコ時代のアーティストのイメージがありますが、その作風の基調はよりオーソドックスなもので「Take A Chance On Me(英1位/米3位)」も言葉のリズムへの乗せ方がユニークなポップナンバー。

 そういえば彼ら、現在“タッキー”こと滝沢秀明主演のドラマ主題歌に「S.O.S.(75年英6位/米15位)」が使用されていることからベスト盤が大売れしているようですが、レコード店勤務の友人に聞いたところその購買層の中心は小中学生なんだとか。ってことは今から十数年後、平成生まれの新人社員と飲みに行くと「アバ、懐かしいですねー」なんてことを言われる日が来るかも知れません。ウンチク話で彼らに言い負かされないよう、我々も頑張らなければいけませんね(??)。

 ついでにダンスヒットをもう一曲紹介しておきましょう。9位「Baby Sitter」のソウル・イベリカ・バンドはベルギーのスタジオグループ。曲の冒頭に赤ん坊の声が登場するのは、バズ・クリフォードのオールディーズ・クラシック「Baby Sittin' Boogie(61年米6位)」という曲を連想させますが、こちらはマイアミ・サウンドを意識した感じのポップなディスコ・ナンバー。ところで「ベビーシッター」って、何かセクシャルな意味を持つ隠語なんですかね?

 残り3曲は簡単に。6位のラッグス「Can't Hide My Love」は日本のみヒット。前年後半の「世界歌謡祭」でグランプリを獲得したこの曲は、まあ、なんといったらいいか他愛のないポップナンバー。当時英語盤と日本語盤両方発売されたそうですが、日本語盤のほうが評判がよかった様子。8位は70年代アメリカンロックのマスターピース「Hotel California(米1位)」。当時のロックシーンの精神的な行き詰まりを吐露したその歌詞は、ちょうどこの頃イギリスで盛り上がりを見せ始めたパンクロックの「ロック死亡宣言」と相俟って、今ではロック史上の時代の一区切りを印した曲という見方さえされていますが、当時日本の洋楽ファンにはそのニュアンスはどの程度伝わっていたのでしょうか?なおこの曲、ギターソロの部分が異常に長いため、カラオケで選曲すると同席している人から激しいブーイング(または「演奏中止」攻撃)を浴びる曲でもあります。ご注意下さい。

 最後10位は大ヒット映画「ロッキー」のテーマ「Gonna Fly Now(米1位)」。現在も何かと使われることの多い曲なので、今更説明はいらないでしょう。この曲をバックに主演のシルベスター・スタローンが「エイドリア〜ン!」と絶叫するラストシーンと、トレーニング前の生卵飲み(!)が印象的なこの映画で、スタローンは一躍ハリウッドの寵児となりました。そう、彼もまだ若かった。彼に現在のような「愚鈍なアクション・ヒーロー」のイメージが漂い出すのは、彼が「ロッキー」のシリーズ第4弾だか第5弾だかを制作するようになってからでした。


(2001.2.14)

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