TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ポピュラーシングルチャート 1979.2.25
01 Y.M.C.A./ビレッジ・ピープル(Casablanca)
02 アイム・セクシー/ロッド・スチュアート(Warner Bros.)
03 サマー・ナイト・シティー/アバ(Disco Mate)
04 セプテンバー/アース、ウインド&ファイアー(CBS Sony)
05 マイ・ライフ/ビリー・ジョエル(CBS Sony)
06 おしゃれフリーク/シック(Atlantic)
07 フライ・ハイ/アラベスク(Victor)
08 失われた愛の世界/ビー・ジーズ(RSO)
09 カフェ/D.D.サウンド(Philips)
10 ジャングル/コンガス(20世紀)
邦楽チャートでは先日10数年ぶりに再結成したアリスの「チャンピオン」が1位だった昭和54年2月、洋楽チャートのナンバー1はビレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.(米2位)」でした。
いよいよ70年代も押し詰まり、新たな時代を迎えようとしていたこの年。しかしディスコの猛威は未だ衰えを見せず、様々なダンスナンバーがこのチャートにもランクインしています。前年「サンフランシスコ」でブレイクしたビレッジ・ピープルはこの年も絶好調、日本では西城秀樹のメガヒット「ヤングマン」としても知られるこの曲は、曲調こそ勇ましく「ヤングマン、さあ立ち上がれよ・・」的なのですが、前回紹介したとおり彼らキャラクター設定は“ゲイ”なので、結局言っていることは「YMCAに行けば、男がいっぱいいるのよっ!」の一言に要約されてしまうという。。
彼らはそのキャラクターを活かしてその後「海兵隊に入れば、男がいるわよっ。」という「In The Navy(米3位)」、「西海岸(サンフランシスコ)にはゲイのパラダイスがあるわっ。」という「Go West(米45位)」と、徹底して同一テーマにこだわった作品を発表。暮れには「80年代もオッケーよっ。」という「Ready For The 80's(米79位)」で新時代への意気込みも表明しましたが、その頃になると時代の方が彼らに対して“オッケー”ではなくなっていたらしく、“村の衆”はヒットチャートから姿を消しました。しかし興行的に彼らのようなキャラクターは何処へ行っても歓迎される訳で、ビレッジ・ピープルの面々は現在も全米各地で大忙しの毎日を送っているようです。
ディスコ時代も後半に差しかかると、そのサウンドを作品に取り入れるアーティストの数は飛躍的に増え、その中の幾つかはアーティストのキャリアを代表する大ヒットになりました。このチャートで2位に入っているロッド・スチュアートの「Da Ya Think I'm Sexy?(米1位)」はその代表的存在。それまでは比較的渋めの選曲でヒットチャートを賑わせてきた彼でしたが、この曲と、この月のアルバムチャートで1位となっている「スーパースターはブロンドがお好き(Blondes Have More Fun)」の大ヒットによって、日本でもグラマラスで、女好きで、サッカー好きという彼のパブリックイメージが確立されました。80年代に入っても彼は意欲的に時代のサウンドを取り入れ続け、一時はニューウェーブ風サウンドに囚われて低迷しますが、80年代後半に基本に立ち返って大復活を果たし、再び黄金時代を築いたのは記憶に新しいところ。なお彼は先日ニューアルバム「Human」を発表、そこにはまるでバックストリート・ボーイズのようなサウンドをバックに、気合いの入った歌を聞かせる彼の姿があり「まさか、また悪い虫が騒ぎだしてるんじゃ・・」と、ちょっと心配になったりもしています。
3位は“現在の”洋楽チャートでも大活躍中のアバ「Summer Night City(英5位)」。彼らの作品はどれも非常に質が高く、今聴いてもその完成度の高さには感心させられることしきりなのですが、そうなると音楽ファンは勝手なもので、今度はそれに対して“スリルのない音楽”と評価を下してしまうんですよね。この手のグループに寿命があるのは仕方がないことで、彼らは80年代初頭に分裂。如何に新鮮味を保って活動を続けていくかは、音楽の作り手にとって永遠の課題といえるでしょう。ただ、約10年に亘って英米で都合30曲のチャートヒットを放ったという実績は、一介のポップグループとしては“歴史的偉業”というべきものだとは思いますが。余談ですがこのレコードを日本で発売していた「ディスコ・メイト」は海外作品をワンショットで原盤契約し、国内発売していたインディ。その最大のヒットはあの「ビューティフル・サンデー」で、短期間ながら華々しい戦績を残したレーベルでありました。
4位もある意味ディスコ便乗派といえるのではないでしょうか?アース、ウィンド&ファイアの「September(米8位)」。シカゴのソウル・ジャズシーンから登場した大型バンドの彼らは、ファンクサウンドを発展させたプログレッシブなR&Bを得意とし数々の名作を生んでいましたが、新たに設立したレーベルARCから発表した彼ら初のベスト盤にフィーチャーされていたこの曲では大胆なポップサウンドを導入。日本でもこの曲と、続いて発表された「Boogie Wonderland(米6位)」は“ダンス・アンセム”として熱狂的に受け入れました。またまた余談ですが、この当時日本のディスコは、新宿はユーロディスコ系、六本木はR&B系・・と、街によってかかる音楽の傾向が違っていたそうです。この曲はさしずめ“六本木系”ですかね。。
今回はあまり“日本のみヒット”が登場してきませんね、5位はビリー・ジョエルの「My Life(米3位)」。本国でトップアーティストとしての地位を確立した77年のアルバム「ストレンジャー」が日本でも大ヒットを記録し、それに続く「ニューヨーク52番街」もこれまた大ヒットと、飛ぶ取りを落とす勢いだった彼、同アルバムに収録されていたこの曲と「Honesty(米24位)」は日本では特に人気の高いナンバーで、その後80年代を通じて彼は日本で最も人気のある洋楽アーティストの一人として君臨しました。
6位は“ディスコミュージック最大の収穫”と呼ばれることもあるシックの「Le Freak(米1位)」。80年代において最も成功したプロデューサーの一人、ナイル・ロジャースを擁したこのバンドは、洗練されたダンスサウンドと、特徴的なギターのカッティングでもってシーンを変えてしまうほどの影響力を持ちました。それにしてもこの邦題、単なる言葉のモジりではあるのですが、タイトルの頭にわざわざフランス語風の“Le”を付けたオリジナルの感じがよく伝わってきていいですね。
7位にはようやく“日本のみヒット”が登場、しかも重要アーティスト。西ドイツの3人組、アラベスクは前年の「ハロー、ミスター・モンキー」が大ヒット、ユーロディスコの新星として登場しましたが、その人気はディスコブーム終焉後も続き、翌80年にはイギリスのノーランズとともに日本でのみ通用する新ジャンル“キャンディ・ポップ”の中心的存在としてヒット曲を連発していきます。彼女たちの活躍は80年代シリーズでもうちょっと詳しく紹介することにしましょう。
8位は「サタデイ・ナイト・フィーバー」の興奮覚めやらぬビージーズの「Too Much Heaven(米1位)」。ちょうどこの頃リリースされたニューアルバム「Spirits Having Flown」からはこの曲に加え「Tragedy」「Love You Inside Out」と都合3曲のナンバー1ヒットが生まれ、商業的成功の頂点にあった彼ら。しかし彼らの時代もそろそろ終わりを迎えます。中心メンバーのバリー・ギブはプロデューサーとしての活動に重点を移すようになり、そこからはバーブラ・ストライサンドの「Guilty」をはじめとする数々の名作が生まれますが、それはまた別の機会に特集します。
残る9位と10位は懐かしのディスコヒット。「カフェーカフェー」の連呼が印象的な「Cafe」のD.D.サウンドはイタリアのグループで、前年には「1-2-3-4ギミー・サム・モア」のヒットもありました。10位のコンガスはより興味深い存在。彼らはフランスのダンスバンドで、70年代初頭には日本のディスコのハコバンドの経験もあるとか。この曲は72〜73年頃の録音だそうで、音楽的にはディスコというよりもアフロファンク調で、なかなかかっこいいナンバー。コンガスというグループ自体はこの時代もまだ存続していたようで、78年には「Love In 'C' Minor(77年米36位)」のヒットを持つマーク・セローンのプロデュースで録音したスペンサー・デイビス・グループのカバー「Africanism/Gimme Some Lovin'(米84位)」をヒットさせていますが、その頃には女性ボーカルを中心としたスタジオプロジェクトに姿を変えていたようです。
(2001.2.21)
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