TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽ポピュラーシングルチャート 1982.5.25

01 エボニー&アイボリー/ポール・マッカートニー(Odeon)
02 ビギン・ザ・ビギン/フリオ・イグレシアス(Epic)
03 愛のファンタジー/リチャード・サンダーソン(East World)
04 カサブランカ/バーティ・ヒギンズ(CBS Sony)
05 ザット・ガール/スティービー・ワンダー(Motown)
06 ニューヨーク・シティー・セレナーデ/クリストファー・クロス(Warner Bros.)
07 ロザーナ/TOTO(CBS Sony)
08 ビリーブ・イン・ラブ/ヒューイ・ルイス&ニューズ(Chrysalis)
09 ウィ・ガット・ザ・ビート/GO-GO's(CBS Sony)
10 オープン・アームズ/ジャーニー(CBS Sony)

 邦楽チャートでは松田聖子の「渚のバルコニー」がナンバー1を記録していた昭和57年5月、洋楽チャートの1位はポール・マッカートニーとスティーヴィー・ワンダーの「Ebony And Ivory(米1位)」でした。

 話は70年代末に遡ります。ビートルズ脱退後ソロとして、またバンド、ウィングスを率いて数多くのヒット曲を生んだ彼、1980年にはウィングスとして初の来日公演が実現の運びとなります、が、結局実現はしませんでした。ご存じのとおり彼は大麻所持で成田空港で逮捕、収監され、その歌を聴くことができたのは、そのときたまたま刑務所に居合わせた受刑囚だけだった・・という訳のわからない逸話(本当ですかね?)を残して国外退去となりました。

 元々グループ内に不穏な空気も漂っていたのでしょう、この来日騒動から程なくしてウィングスは解体、マッカートニーはソロ名義でアルバム「II」を発表します。まったく一人で録音されたこのアルバムは、当時の彼の心情をかなりストレートに反映したもののようで、来日騒動のショックが大いに影響したと思われる「Frozen Jap(“Jap”って、日本語ではどんな言葉が最も適切でしょう?これは募集しようかしら)」なんて曲まで収録されています。彼にとってこの逮捕の一件は本当に不本意な体験だったようで(多分“ポール・マッカートニー”として扱って貰えなかったんだと思います)数年前リンダ・マッカートニーが亡くなった際も「結婚中彼女と一緒に夜を過ごさなかったのは、日本で収監された数日間だけだ。」と結構根にもった発言があったりもしました。

 で、その先行シングルとして発表されたのが以前紹介した「Coming Up」。ダンサブルなR&Rナンバーであるこの曲はアメリカでナンバー1を記録、日本でも来日中止のショックをものともせず(あとアルバムに「〜 Jap」なんて曲が収録されることも知らず)ヒットを記録しています。

 で、時代は暫し現代へ。先日発売されたマッカートニーのベスト盤「Wingspan」、このアルバムはマッカートニーにとって「私の履歴書」的なものという位置付けがあるようで、アメリカではあまり知られていない「Mull Of Kintyre」や「Pipes Of Peace」(どちらもイギリスではナンバー1ヒット)なんて曲もしっかり「ヒット曲集」の顔触れに並べられる「世界標準規格」なものになっています。恐らく彼は、ビートルズ脱退後もっともクリエイティブな時期を過ごしたウィングスの作品、そしてそれに増して重要だったリンダとの思い出を主眼に置いて選曲したんでしょう。でも、この「Coming Up」これだけは英米違うものが収められました。この曲のシングルはA面がスタジオ録音、B面が同曲のライブバージョンとなっており、アメリカではライブの方がウケてチャートの1位を記録。当然アメリカ盤はライブを収録、イギリスと日本は「正式な」スタジオバージョンを収録、という帰結になっています。

 ・・どうでもいいことかも知れません。ついでに日本盤では、当時日本のみでシングルカットされたという曲をあと一曲余分に収録。我が国洋楽ファンの反応は「まさにどうでもいい。」の一言のようですが。。

 と、そんな感じで過ごしたポール・マッカートニーの1980年、しかしこの年はこれだけでは終わりませんでした。12月に、彼はそれまで20年以上に亘って他の人間には計り知れない愛憎入り交じる人間関係を続けてきたジョン・レノンを失います。70年代を通じて、マイペースな他の元ビートルたちを尻目にワーカホリック的にアルバムリリースとライブツアーを繰り返した彼もこのショックは堪え、暫し活動休止状態に陥ります。そして、82年になって発表されたのがアルバム「Tug Of War」。

 凄く長かったんですが、ここからようやく今回のチャートの話題に入ります。プロデビュー以来、マッカートニーは常に“バンドの一員”というポジションに非常な心地のよさを感じていたフシがあり、そういった立場からトータル・プロデュースを施したり、またはその反動でまったく一人でソロアルバムを制作したりと、ふれ幅の大きな活動を展開していました。その「表現者」と「制作者」の両面がいい具合にバランスをとったソロアルバムがこの「Tug 〜」。それまでのマッカートニーだったら、ソロアルバムにスティーヴィー・ワンダーを招くなんて発想は絶対にしなかったでしょう。しかしこの時彼はそれを実行し、人種融合を呼び掛けるこの曲は全世界的な反響を呼びました。・・あ、言い忘れるところでしたが、この「Ebony 〜」、件のベスト盤には収録されていません。あくまでもパーソナルなベスト、という意図がそうさせたのでしょう。

 ついでに、この頃のスティーヴィーの話題も。70年代に神憑かり的な作品を連発し、その後のR&B、そしてポップミュージックの流れを大きく変えた彼はこの年に2枚組ベスト「Stevie Wonder's Original Musiquarium I」を発表し、この輝かしき10年に一区切りをつけました。この月5位に入っている「That Girl(米4位)」は、今回聴き直してみると非常に“AORな”感じのサウンド。これは彼がポップな方向に靡いた結果なのか、それともポップ側が彼のサウンドをすっかり取り込んでしまった結果なのか?多分両方なんでしょう。ともあれ彼のR&B革新者としての時代はここで終焉を迎え、そのバトンはプリンスなど若い世代に引き継がれます。

 続いてチャートの上位陣の紹介へ。2位のフリオ・イグレシアス「Begin The Beguine (Volver A Empezar)(英1位)」は、この当時物心ついていた日本人なら、誰でも印象に残っている洋楽ヒットでしょう。「ラテンの恋人」フリオはスペイン語圏ではスーパースターながら、この曲まではそれ以外では殆ど知られていませんでした。しかしこのコール・ポーターが1930年代に作曲したスタンダードを英語で吹き込んだことでヨーロッパで人気が爆発、その評判が日本にも輸入され、あとTVCM(確かマヨネーズだったはず)に使用され、日本でもお馴染みのスタンダードナンバーで、しかも日本人はラテン男大好き、ということで大ヒットになりました。彼の息子が現在活躍中のエンリケ・イグレシアスであることはいうまでもない話。

 幼少期から父の圧倒的な大物ぶりを目のあたりにし続け、エンリケは大変なコンプレックスを抱え続けていたんだと思います。でも、フリオには一つ果たせない夢がありました。それは“全米制覇”。彼はウィリー・ネルソンやダイアナ・ロスといった大物とデュエットを組み「To All The Girls I've Loved Before(84年米5位)」「All Of You(84年米19位)」といったヒットを生みましたが、結局HOT100のトップには立てずじまい。 エンリケがHOT100の1位に輝いた時、彼は父がなし得なかった偉業を一つでも果たせたことで、キャリアに対する自信がついたのではないでしょうか(オッサンみたいなこといってる・・)。

 3位はリチャード・サンダーソンの「Reality」。この曲はソフィー・マルソーが日本に紹介された映画「ラ・ブーム」主題歌。TVCMで物凄い回数かけられたのと、ソフィー・マルソー人気もあって、かなりのヒットになりました。このメルマガをお読みの方の中にも、実家の押入れを捜すとこの曲の「ハート型シングル」が残っている方が結構いるかも知れません。それにしてもあれから20年、未だ日本で彼女の主演映画が封切られ続けるなんて、誰が予想したでしょう?

 4位はこれまた日本のみヒット、バーティ・ヒギンズの「Casabranca」。彼は60年代から活動を続けていたミュージシャンで、アメリカではハンフリー・ボカート主演映画をモデルにした「Key Largo(米8位)」が大ヒット。でも日本ではもう一つの“ボギーもの”「〜カサブランカ」が大ヒットしました。こちらの非常に“ベタな”メロディは早速日本の歌謡曲に取り入れられ、郷ひろみのカバーヒットが生まれます。にしても「抱き締めるといつも君は、洗った髪の香りがした・・」というまるで「神田川」な世界に「カサブランカ」はないんじゃない?という感じではありますけど。もっとも、男気でもってかつての恋人を捨てる結末の映画を題材に「どうか戻ってきておくれ・・」なんて曲を作ってしまったヒギンスさんにも責任の一端はありますが。

 6位以降はアメリカでもヒットを記録しているので、手短かににいきましょうか。クリストファー・クロスの「Arthur's Theme (Best That You Can Do)(米1位)」は映画「アーサー」の主題歌。この曲を作ったバート・バカラックにとって久々のナンバー1ヒットでもありました。7位「Rosanna(米2位)」のトトは“AORの時代”最重要ミュージシャンたちの集合体である一方、非常にポップなヒット曲を連発した人気バンドでもありました。中でも代表的存在のこの曲は、メンバー、スティーブ・ポーカロの、当時ガールフレンドだった女性に捧げられた曲なんだとか。確かに自分の名前が冠された曲が、国中のラジオから流れることを思えばこれ以上のプレゼントはないような気もしますが、でもひとたびその娘と別れちゃうと凄くやり辛くなっちゃうんですよね。こういうおっちょこちょいなヒット曲ってチャートを探すと結構あるんですが、そこら辺集めて一気に聴いてみたい気もします。

 8、9位は西海岸からユニークなグループが2組。ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースがこの「Do You Believe In Love(米7位)」をヒットさせた頃は、彼らがその後アメリカ随一の人気R&Rバンドになることを予測した人はいなかったはず。この曲も紹介された時はウェスト・コーストのお洒落な感じだったような。。彼らがポスト・ヒッピー的な親しみ易さをもった国民的バンドになるには、あと数年の期間とアルバム「Sports」のリリースを待つことになります。

 9位は女の子バンド、ゴーゴーズの「We Got The Beat(米2位)」。彼女たちは後にREMもブレイクを果たすI.R.S.という渋いインディ・レーベルから登場し、ニューウェーブ世代で最も早く成功したバンドの一つといえる気がしますが、当時の彼女たちの売り出され方は本当に「ザ・芸能界」。水上スキーとか、泡風呂とか、彼女たちを思い浮かべる時、どうしてもその姿が目に浮かぶ人も多いはず。なおこのシングルのカップリングは「Our Lips Are Sealed(米20位)」で、プロモーションビデオの泡風呂シーンもあってつけられた邦題「泡いっぱいの恋」はなかなかのセンスを感じさせます(深く考えなければ、の話ですが)。彼女たちは最近何度目かの再結成を果たしたようで、ニューアルバムも近々出る模様。一度生で観てみたいものです。

 最後10位はジャーニーの「Open Arms(米2位)」。これは説明はいらない気がしますね。やや大味ながらも感動的な歌い上げ系のバラードは、近年もマライア・キャリーがカバーしているとおり、どの時代も需要は無くならないようです。

(2001.5.16)

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