TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 1985 Radio & Records All-Time Charts: CHR/Pop

01 Crazy for You - Madonna (Geffen)
02 Can't Fight This Feeling - REO Speedwagon (Epic)
03 Power of Love - Huey Lewis and the News (Chrysalis)
04 Take On Me - A-Ha (Reprise/Warner Bros.)
05 St. Elmo's Fire (Man In Motion) - John Parr (Atlantic)
06 Money for Nothing - Dire Straits (Warner Bros.)
07 Careless Whisper - Wham! feat. George Michael (Columbia)
08 Everytime You Go Away - Paul Young (Columbia)
09 I Want to Know What Love Is - Foreigner (Atlantic)
10 Everybody Wants to Rule the World - Tears for Fears (Mercury/PG)

1.クレイジー・フォー・ユー/マドンナ
 前年発表したアルバム「ライク・ア・ヴァージン」で世界的なセンセーションを巻き起こしたマドンナにとって2曲目の全米ナンバー1ヒット。今となっては懐かしい青春スター、マシュー・モディーン主演の映画「ヴィジョン・クエスト」主題歌で、カーペンターズなどの作品で知られるジョン・ベティスが作詞を手がけたこの曲は彼女にとって初めてのバラードヒット。マドンナが単なるダンス・アクトではないことを音楽ファンに知らしめることとなった。プロデューサーのジョン“ジェリービーン”ベニッツは彼女にメジャー・デビューのチャンスをもたらした一人で、アーティストとしてもダンス・チャートを中心に大活躍。第二、第三のマドンナを生み出すべく次々と女性アーティストを送り出したことも印象深い。
2.涙のフィーリング/REOスピードワゴン
 70年代後半から80年代前半に成功を収めたロックバンドの大半は、代表曲にバラードヒットを持つ(普通どんなロックバンドもそうか?)。REOスピード・ワゴン最大のヒットであるこれもそう。1968年結成という長いキャリアの持ち主である彼らはその10年後にようやくブレイクを果たし、80年代前半にヒットを連発。4枚目のアルバム「Wheels Are Turnin'」からのセカンド・シングルとしてカットされたこの曲はメンバーのケヴィン・クローニンのペンによる。彼らの活動のピークはこの曲がヒットした時期といってもよく、以降は地味なヒットを積み重ねながら90年代にフェイドアウト。以降はノスタルジー・サーキットの主力バンドの一つとしてカンサスなど同時期に活躍したバンドたちとパッケージツアーを回っているようだ。
3.パワー・オブ・ラブ/ヒューイ・ルイス&ニュース
 アルバム「スポーツ」で大ブレイクを果たした彼らが次なるステップ・アップを目論んで挑戦したのが映画のサウンド・トラック。歴史的な大ヒットとなった映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」主題歌用にヒューイ・ルイスは幾つかの作品を用意したようだが(その中の一つ「Back In Time」はサウンドトラックに収録された)、最終的に選ばれたのが初の全米ナンバー1ヒットとなったストレートなサウンドとメッセージを持つこの曲だった。この曲はまず劇中でマイケルJ.フォックス演じる主人公マーティのバンドのオーディションで演奏されるが、それにストップをかける審査員役を演じているのが他でもないヒューイ・ルイス。オーディション落選の理由である「オマエらは音が大き過ぎる」というのは、ルイスが実際に過去に言われたことなのだとか。なお、このオーディションでマーティのバンドが歌に入る直前に演奏を止められてしまうのは、このシーン撮影時点で「パワー・オブ・ラブ」がここまでしか出来ていなかったからなのだそう。
4.テイク・オン・ミー/a−ha
 80年代の洋楽界をよく“MTV時代”と表現することがあるが、その象徴的なヒット曲として語り継がれているのがノルウェー出身のシンセ・ポップグループ、アハの「テイク・オン・ミー」。彼らの全米デビューにあたって制作された実写と鉛筆書き風のアニメーションを巧妙につなぎ合わせたプロモーション・ビデオは大変な評判となり、そのヘヴィ・ローテーション効果もあってこの曲はナンバー1に上り詰め「プロモーション・ビデオ次第で世界のどんな僻地のバンドでも全米ナンバー1にすることが出来る」という論調が盛り上がった。約20年たった現在、この曲が映像抜きでも頻繁に流され、ビデオを観たことのない若い世代にも愛されていることを考えれば、この曲が“オマケ”の部分だけで売れたのではない優れたポップスであることは明らかなのだが。レコード会社との契約トラブルか何かが理由で、アメリカにおける活躍が短期間に終わってしまったのが惜しまれる好グループであった。
5.セント・エルモズ・ファイア/ジョン・パー
 前年84年にリリースされヒットを記録した「Naughty Naughty(米23位)」に注目し、ジョン・パーを映画のサウンドトラック制作に誘ったのはプロデューサーのデヴィッド・フォスターだったという。イギリス出身のパーは80年代初頭にザ・フーのマネージャーだったジョン・ウルフと知り合い、ロジャー・ダルトリーのソロ作などに作品を提供の後レコード契約を獲得、前述のヒットを放った。この曲はエミリオ・エステベスとロブ・ロウが主演した同名映画の主題歌で、わかりやすいメロディがリスナーの耳をとらえた。現在となってはほとんどこの曲の一発屋扱い、「Naughty Naughty」を知っているとなればかなりの洋楽通、という状態なのはいささか残念ではある。
6.マネー・フォー・ナッシング/ダイア・ストレイツ
 ハイレベルな技巧派ギタリストにしてボーカリストとしてはボブ・ディランの芸風継承者でもあるマーク・ノップラー率いるロンドン出身のロックバンド、ダイア・ストレイツの「悲しきサルタン(79年米4位)」以来のメジャーヒット。この曲は家で一日中TVに向かってブツブツ言っている男の“小言”を歌にしたもので、少々下品な言い回しも登場するごく生活に身近な内容がリスナーに受けたのか大ヒットを記録。曲の冒頭には彼らがこの曲を西インド諸島で録音した際、偶然当地をバケーションで訪れていた当時ポリス在籍中のスティングによって「Don't Stand So Close To Me(『高校教師』81年米10位)」のメロディの一節にのせた♪I Want My MTV・・が登場、この曲が“MTV時代”を象徴する大ヒットになったのは、このフレーズに因るところが大きかったと思われる。但しこの一節だけのためにスティングがこの曲のソングライターとしてノップラーと同等の印税が得てしまうのは、納得いかない向きも多かったようだが。
7.ケアレス・ウィスパー/ワム!
 きらびやかなUKポップ・シーンから登場したジョージ・マイケルとアンドリュー・リッジリーの2人組ワム!は、セカンドアルバム「Make It Big」の“バブルガム・ソウル”路線でアメリカで大ブレイクを果たした。バラードナンバー「ケアレス・ウィスパー」はイギリスではジョージ・マイケルのソロとして発売された“野望第一弾”だったが、まだ知名度のないアメリカではグループ名義で発売。彼ら(というかジョージ・マイケル)がアダルト市場でも十分勝負できるアーティストであることを強烈にアピールした。イントロのサックスのフレーズが日本のポップスで盛んに引用されたことも印象深く、この当時のJ-POP界(まだ そのような言葉はなかったが)では西城秀樹による「抱きしめてジルバ」というタイトルのカバーが生まれた。
8.エブリタイム・ユー・ゴー・アウェイ/ポール・ヤング
 80年代前半イギリスの音楽シーンから登場した男性シンガーのうち、最も才能とカリスマ性を持ち合わせていると思わせたのがポール・ヤング。ホール&オーツ81年のアルバム「モダン・ヴォイス」に収録されていたこの曲は、ポール・ヤングの名をアメリカ中に轟かせたばかりでなく、ホール&オーツにも代表曲の一つを授けることとなった(現在も彼らはこの曲をステージで必ず歌っている)。次代の音楽界を背負って立つボーカリストに育つかに思われたヤングだったが、意外にもこれに匹敵するヒットは90年の「Oh Girl(米8位)」まで生まれず、結果的には地味な存在に終わってしまった。当時発表したアルバムも決して質の低いものではなかったし、彼が思ったより大成しなかった理由は、未だにはっきりとわからない。
9.アイ・ウォナ・ノウ/フォリナー
 ボーカリスト、ルー・グラムを中心としたニューヨーク出身のロックバンド最大のヒット曲。当初はハードロック色の強い曲を得意としていた彼らはこの曲でゴスペル・クワイア(その中にはジェニファー・ホリデイやトンプソン・ツインズのトム・ベイリーの参加もあったという)をバックにした壮大なバラードに挑戦、初の全米ナンバー1を獲得するばかりでなく、80年代を代表するアダルト・ヒットとなった。メンバーの出入りの激しいバンドであり、ルー・グラムも80年代後半ソロ作が成功したことを受けて一時独立したが90年代に入るとバンドに復帰、以降は往年のヒット曲を安定してオーディエンスに提供するバンドとして現在に至るまで安定した興行を続けているようだ。
10.ルール・ザ・ワールド/ティアーズ・フォー・フィアーズ
 1983年「Change(米73位)」のヒットにより通好みのUKポップバンドとして認知されたローランド・オーザバルとカート・スミスの2人は、この年発表したアルバム「Songs From The Big Chair」で大成功を収めることに。中でもはっきりアメリカを照準に作られ、狙いどおり大ヒットを記録したのがこの曲だった。彼ら自身“ドライヴ・ミュージック”と呼んでいるこの曲のサウンドの心地よさは、この時代に生まれた最良のポップ・ロックといっていいほどの出来映え。その後「Shout(米1位)」「Head Over Heels(米3位)」と大ヒットを連発した彼らの好調ぶりは89年の「Sowing The Seeds Of Love(米2位)」まで続いたが、90年代に入ると2人はコンビを解消。“ティアーズ〜”の看板はオーザバル一人で維持することに。魔法のような音楽を生み出した2人がグループ活動を再開するのは、それから10年以上たった今年2004年まで待たねばならなかった。


(2004.9.14)

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