TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽シングルチャート 1986.8.20

01 パパ・ドント・プリーチ/マドンナ(Sire)
02 エッジ・オブ・ヘブン/ワム(Epic)
03 インビジブル・タッチ/ジェネシス(Virgin)
04 チャチャチャ/フィンツィ・コンティーニ(King)
05 エッジ・オブ・ヘブン(12インチ盤)/ワム(Epic)
06 バーニング・ハート/サバイバー(Scotti Bros.)
07 モダン・ウーマン/ビリー・ジョエル(Epic)
08 アンダーグラウンド/デビッド・ボウイ(EMI America)
09 プレス/ポール・マッカートニー(Odeon)
10 ヴィーナス/バナナラマ(London)

 邦楽チャートでは新田恵利の「不思議な手品のように(覚えてます?)」が1位を記録していた昭和61年8月、洋楽チャートのトップはマドンナの「Papa Don't Preach(米1位)」でした。

 84年の「Like A Virgin」の大ヒットから2年、音楽ファン待望のサードアルバム「True Blue」は、彼女の音楽的才能が人々の予想を遥かに超えるものであることを知らしめた名盤でした。その中でも注目を集めたのは、恋人との間に子供を身籠ったことを告白する「Papa Don't Preach」。

 これは後になってからわかってくることなのですが、彼女の作品は常に“愛情に対する渇望感”が溢れており、特に父性愛への欲求は尋常ならざるものがあって、この路線は次作「Like A Prayer」収録の哀しくも美しい名曲「Oh Father(89年米20位)」に続きます。が、そういうことはおいといて、この時期に彼女が残したアルバム「True Blue」や「Like A Prayer」は80年代を代表する名作なので、機会があったら若い世代の方も是非聴いてみて下さい。

 2位と4位にはこの時代を代表する人気アーティスト、ワム!が登場。この時期飛び抜けてポップな曲を生み出す才能を持っていたジョージ・マイケルと、彼の学生時代からの友人、アンドリュー・リッジリーの2人は80年代半ばのイギリス、続いて日本、そしてアメリカのヒットチャートを席巻しました。

 この「The Edge Of Heaven(米10位/英1位)」はグループの5年近くに亘る活動に終止符が打たれようとする時期に発表された作品で、初期のはつらつとした感じはなし。ジョージ・マイケルは続いてソロ作を発表し、ポップ界のカリスマとなっていくのですが、90年代に入って彼がゲイであることを告白して以降は、なんか彼の初期の活動に色々と余計な考えが及ぶようになっちゃって、どうもいけない。。

 例えば何故あの絵に描いたような“中味のない優男(やさおとこ)”アンドリューを、あれだけ相方として立てたのか?しかも彼はその後「カーレーサーになるんだいっ!」という、こっちが嬉しくなってしまうほど訳のわからないフェイドアウトを見せてくれたし・・とか、あと、やはり彼の旧友の触れ込みでデビューした優男(デヴィッド・オースティンだったっけ?)って何だったの?とか、こちらはやや成功したディオン・エスタスの「Heaven Help Me(89年米5位)」とか、曲の前にどうしても“彼”との関係が気になってしまうという。。

 どうでもいい話題に余計なスペースを使ってしまいました。ジョージ・マイケル(そういえば彼って略称がないですよね)の活躍はこの後本番となるので、彼が生み出した名曲の数々の話題はそこでしましょう。

 さて、話題一転。この年になると、これまでとはまた違った洋楽ヒットの流れが見えてくるようになります。それは「ユーロビート」、このチャートでは4位と10位がそれに当たります。

 「で、ユーロビートってなに?」と平成生まれの読者に問われてドキドキする前にちょっと説明を。70年代半ばから80年代前半に亘って日本の洋楽チャートの上位はダンスナンバーで占められましたが、それがひとたび「ディスコはダサい」となると、聴衆はこれまでのダンスヒットを敬遠し始めます。しかし、日本人の「ベタな」血は「ベタな」ダンスを常に求め続ける習性があります。

 この時期「ユーロビート」と呼ばれたものには2種類ありまして、1つめはイタリア産の「イタロ・ディスコ」。その名のとおりラテンビートを取り入れた「チャチャチャ」もこれにあたるんですが、一般にはもっと単調な、味気のないダンスナンバーが大半を占めていました。なお「チャチャチャ」は日本語カバーが大ヒット。今野雄二による「ヴァージン気分チャチャ。」という当時既にかなり恥ずかしかった歌詞が非常に印象に残っています。

 もう1つはイギリス産のダンスサウンド。プロデューサーチーム、ストック・エイトケン・ウォーターマンの3人組は自ら“ヒット・ファクトリー”と称し、数えきれないほどのヒット曲を英米のチャートに送り込みました。10位の「Venus(米1位)」は彼らにとって最大のヒットの一つ。この曲を歌っているバナナラマは女性3人組のアイドルグループで、当初はなんだか斜に構えた“オタク向けアイドル”風だったのがこの曲で(“壊れる”という意味も含めて)大ブレイク。この時期を代表するヒット曲になりました。ユーロビートは今後も取り上げる機会があると思うので、今回はこの辺で。

 残る4曲は洋楽の王道にあたるので、まとめて。6位のサバイバーは82年の映画「ロッキー3」主題歌「Eyes Of The Tiger」でブレイクし、その後はメロウなロックを得意技にヒットチャートで活躍しましたが、「ロッキー」の第4作が出来たとなったら、彼らは参加しない訳にはいきません。もはやどうでもいいバラエティ映画となっていた「ロッキーIV」に彼らは律儀に熱血ロック「Burning Heart(米2位)」を提供、見事大ヒットとなりましたが、インパクト的には同じくサントラに採用されたジェイムス・ブラウンの「Living In America(米4位)」に喰われてしまった印象がありました。8位はビリー・ジョエルの「Modern Woman(米10位)」。前年約20年に及ぶキャリアを総括した二枚組ベスト盤を発表した彼の活動はここから第三期に入り、90年代初頭まで更なる活躍を続けていきます。

 9位はポール・マッカートニーの「Press(米21位)」。80年代半ば〜後半の彼は、それまでのキャリアを振り返る時期にあって、映画の出来ばかりでなく、サントラに数多く収録されたビートルズナンバーも賛否両論だった「ヤァ!ブロード・ストリート」の発表や、ビートルズナンバーをふんだんに盛り込んだワールドツアーの実現など、過去に対する“ふんぎりがついた”時期にありました。それはそれでファンにとっては嬉しいことだったんですが、この曲が収録されたアルバム「Press To Play」は彼にとって初めて売上50万枚を達成しないオリジナルアルバムとなり、その後もアルバムの売れ行きは芳しくない状態が続きました。彼のキャリアの節目だったのかも知れません。

 節目といえば、8位のデヴィッド・ボウイもアルバム「Let's Dance」のモンスターヒット以降、どう身を処していいのか彼にもわからない時期にあったようで、この頃はなんだか映画づいていました。この年前半にはMTV界の鬼才として各方面から大変な期待を集めていたジュリアン・テンプルの失敗作「Absolute Biginners」に出演、この月のチャートに登場している「Underground(英21位)」も彼が“魔王”を演じた映画「ラビリンス - 魔王の迷宮 -」の主題歌と、ミーハーファンは戸惑うばかりの何だかよくわかんない状態にありました。

 以上今回のチャートはおしまい。当時レコード屋に行くと店のおじさんがタダでくれた「レコード・マンスリー」は、時代の移り変わりもあって、この年の暮れに数十年の歴史を閉じて廃刊となります。次回のチャートはまた別のソースからの紹介となりますのでお楽しみに。

(2001.8.7)

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