TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 1986 Radio & Records All-Time Charts: CHR/Pop

01. Stuck With You - Huey Lewis & The News (Chrysalis)
02. Higher Love - Steve Winwood (Island)
03. Live To Tell - Madonna (Sire)
04. Glory Of Love - Peter Cetera (Warner Bros.)
05. How Will I Know - Whitney Houston (Arista)
06. These Dreams - Heart (Capitol)
07. West End Girls - Pet Shop Boys (EMI America)
08. Papa Don't Preach - Madonna (Sire)
09. Sledgehammer - Peter Gabriel (Geffen)
10. There'll Be Sad Songs (To Make You Cry) - Billy Ocean (Jive)

1.スタック・ウィズ・ユー/ヒューイ・ルイス&ニュース
 “80年代アメリカでもっとも成功を収めたB級バンド”という形容がピッタリな気のする彼らは、意外な形でレコード・デビューのチャンスを掴んでいる。ヒューイ・ルイスが事故のバンドを結成する以前に在籍していた「クローヴァー」は、70年代半ばにツアーのため渡米していたドクター・フィールグッドやニック・ロウたちに認められてイギリスのスティッフ・レコードのアルバム制作に参加、エルヴィス・コステロのデビュー・アルバムやニック・ロウ、デイヴ・エドモンズらのアルバムでも彼らの演奏を聴くことができるという“パブ・ロック派”であった。大出世作となった「スポ−ツ」に続くアルバム「フォア!」からのファーストカットが、この力の抜けたナンバーというところが非常に彼ららしいが、この大ヒットによりヒューイ・ルイス&ニュースがアルバム「一枚屋」に終わらない実力の持ち主である点は充分に証明できた。
2.ハイアー・ラヴ/スティーヴ・ウィンウッド
 イギリスのベテランシンガー、スティーヴ・ウィンウッドがスペンサー・デイヴィス・グループのボーカリストとしてのレコード・デビューから20年以上、ソロ・デビューから10年目にして初の全米ナンバー1ヒット。この曲は80年代に入ってウィンウッドと多くの作品を共作した作詞家ウィル・ジェニングスが詞を提供、コーラスで参加したチャカ・カーンのボーカルが非常に印象的な仕上がりになっている。なおこの曲が収録されたアルバムには、80年代初頭の「アーク・オブ・ア・ダイヴァー」の成功以降やや低迷期にあった彼の心情を反映したのか「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ(きらびやかな生活への復帰)」とのタイトルがつけられていた。
3.リブ・トゥ・テル/マドンナ
 マドンナの「ライク・ア・ヴァージン・ツアー」で音楽監督を務めていたパトリック・レナードがとりかかっていた映画音楽のためにマドンナが詞を提供した曲。結局レナードの音楽は映画に採用されず、この曲はお蔵入りとなりかけたが、ちょうどマドンナの当時の夫ショーン・ペンの主演映画「ロンリー・ブラッド」に主題歌が必要だったことから、急遽転用が決定。彼女にとっては前年リリースした映画「ヴィジョン・クエスト」の主題歌「クレイジー・フォー・ユー」に続くサントラナンバー1ヒットとなった。以降彼女はこの路線でコンスタントに大ヒットを放つようになり、90年代の一時期はこのタイプの曲でないとチャートの上位に上がれない、という状態に陥るが、それはまた別の機会にご紹介。
4.グローリー・オブ・ラブ/ピーター・セテラ
 デビュー以来シカゴで重要なパートを務め、70年代後半以降はバラード路線でグループの中心的存在となっていたピーター・セテラ。80年代に入ってデヴィッド・フォスター制作でグループが大復活を遂げて以降“シカゴ=セテラのバラード”というイメージはより強固なものとなり、このことは逆にセテラのグループ在籍理由が希薄なものなる結果を生んで彼は独立。ソロ第一弾としてリリースされたこのバラードは、日本でも人気を呼んだカラテ映画「ベスト・キッド2」の主題歌。この路線を邁進した彼はしばらくヒットを生み続けたが、すっかり“歌謡界”の人になってしまった印象は否めなかった。
5.恋は手さぐり/ホイットニー・ヒューストン
 ホイットニーのデビュー・アルバム「そよ風の贈りもの」から2曲目のナンバー1ヒットで、作曲は“ボーイ・ミーツ・ガール(ジョージ・メリル&シャノン・ルビカム)”の2人。当初この曲はジャネット・ジャクソンを想定して書かれたのだそうで、ジャネット製作陣からこの曲が却下され、当時まだ無名のホイットニーが録音することが決まった時、2人は相当落胆したのだとか。彼女の母親である元スウィート・インスピレイションのシシー・ヒューストンもコーラスで参加した子のダンスナンバーは、それまでバラードの印象が強かった彼女の新たな魅力を音楽ファンに知らしめる結果となった。
6.ジーズ・ドリームズ/ハート
 アン&ナンシー・ウィルソンを中心としたシアトル出身のハードロックバンド、ハートは1970年代半ば以降数々のヒットを放ってきたが、80年代に入るとその勢いは衰え、暫し低迷期に。レコード会社を移籍し、プロデューサーも変えた彼女たちは心機一転よりアダルトなパワー・バラードを前面に押し出し、第二の黄金時代を迎えた。この曲はエルトン・ジョンのパートナーとして有名なバーニー・トーピンと、マーティン・ペイジの共作曲。この2人は同時期にスターシップが取り上げる「シスコはロック・シティ」も書き上げており、タイミング的にはどちらのアーティストがどっちの作品を録音しても不思議はない状況だったようだ。もし曲が入れ違っていたら、どちらもこれだけのヒットになっただろうか・・?
7.ウエストエンド・ガールズ/ペット・ショップ・ボーイズ
 イギリスの音楽誌「スマッシュ・ヒッツ」の編集を務めていたという経歴を持つニール・テナントが結成したダンス・ユニットが放った初の全米チャートシングルにしてナンバー1ヒット。当初84年にリリースされヨーロッパの一部でヒットを記録していたが、85年に再録音されたバージョンが英米のヒットチャートを駆け上がり。彼らの知名度を一気に引き上げた。当時の音楽ファンは誰しも彼らを「一発屋」と見なしたが、とんでもない、結成20周年を迎えようという2人は現在もヒットを放ち続け、本国イギリスでは歴代アーティスト・ランキングにランクイン、アメリカでも今年発行されたダンス・チャートの本によれば歴代なんと4位(彼らの上にいるのはマドンナ、ジャネット・ジャクソン、ドナ・サマー)という歴史的な名グループとなっている。
8.パパ・ドント・プリーチ/マドンナ
 マドンナのアルバム「トゥルー・ブルー」からの実質的に1枚目のシングル。「パパ、叱らないで」と歌われている内容は10代で妊娠した少女が堕胎を拒否し、子供を生み育てていこうという決意表明で、アメリカでは勿論日本でもその詞はメディアで話題となった。この曲をはじめマドンナの作品には幼少期より2人きりで暮らし、時に暴力的でもあったという実父の存在を窺わせるものが幾つかあり、その最たるものが89年の「Oh Father(最高20位、この物悲しげな曲は彼女のデビュー以来の連続TOP10ヒット記録を断ち切る結果を生んだが、そこまでしてもシングル発売したかったのだろう)」であった。90年代のある時期に作風が吹っ切れるまで、このテーマは彼女の作品に陰影を与え続けていくこととなる。
9.スレッジハンマー/ピーター・ガブリエル
 80年代有数の成功を収めたグループの一つ、ジェネシス。グループのみならずバンドメンバーのソロ活動も大変な成果をあげ、フィル・コリンズとマイク・ラザフォード(マイク&メカニックス)がそれぞれ大ヒットを飛ばした。一足早くグループから独立し、通好みなアーティストとしての地位を確立していたピーター・ガブリエルもこの年に商業的に大ブレイク、旧友たちとヒットチャート上で争うこととなった。R&Bビートに乗ったこの曲で最も注目を集めたのがクレイ(粘土)アートを多用したプロモーション・ビデオで、この撮影のためガブリエルはカメラの前に16時間も貼付けられた状態になったという。
10.サッド・ソングズ/ビリー・オーシャン
 ビリー・オーシャンには不思議なジンクスがあるそうで、全米ナンバー1に輝いた曲はどれもタイトルが8語であるという。84年の「Caribbean Queen (No More Love On The Run)」しかり、88年の「Get Outta My Dreams, Get Into My Car」しかり(因みにタイトルが9語に及んだ「When The Going Gets Tough, The Tough Get Going」は最高2位にとどまっている)。「There'll Be Sad Songs (To Make You Cry)」はオーシャンが友人から聞かされた自分の「Suddenly(85年4位)」を聴く度昔の恋人を思い出して泣いている女性がいるという話からヒントを得、作られたものだとか。


(2004.8.31)

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