TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 洋楽シングルチャート 1987.8.31
01 フーズ・ザット・ガール/マドンナ(Warner Pioneer)
02 Can't Stop Loving You/マイケル・ジャクソン(Epic Sony)
03 リビング・デイライツ/A-HA(Warner Pioneer)
04 アローン/ハート(Toshiba EMI)
05 シェイクダウン/ボブ・シーガー(Warner Pioneer)
06 ラ・イスラ・ボニータ/マドンナ(Warner Pioneer)
07 スタンド・バイ・ミー/ベン・E・キング(Warner Pioneer)
08 ストップ・ミー・ナウ/サマンサ・フォックス(Alfa)
09 ラブ・パワー/ディオンヌ・ワーウィック(Phonogram)
10 アイ・ハード・ア・ルーマー/バナナラマ(Polydor)
邦楽チャートでは光GENJIの「STAR LIGHT」が1位を記録していた昭和62年8月、洋楽チャートのナンバー1はマドンナの「Who's That Girl(米1位)」でした。
この年もマドンナの快進撃は続きます。順番からいくとまずこの週6位の「La Isla Bonita(米4位)」は前年に発表されたアルバム「True Blue」からの5枚目のシングルで、同アルバムからのシングルはすべてTOP5入りする好成績を残しました。また「La Isla 〜」はスパニッシュ調のサウンドがうけ、ラテン好きな日本では彼女の最も人気のあるナンバーの一つとなりました。
で、「Who's That Girl」へ。上昇指向の強い者が集うアメリカ音楽界の中でも飛び抜けて強烈な個性を発揮した“成り上がり娘”マドンナの野望は、ヒットチャートの征服だけでは満たされませんでした。
次に彼女が目指したのは「銀幕のスター」。アメリカ芸能界の中には暗黙の“格付け”があるのかどうか分かりませんが、音楽で成功を収めたら次は映画、というパターンは、ロック時代に入っても多く見られました。この傾向は特に女性アーティストに多く見られて、多分彼女たちの多くは、逆ルートで大成功を収めたバーブラ・ストライサンドを目標に置いたのでしょう。ダイアナ・ロス、ホイットニー・ヒューストン、ブランディだってそうだし、マライア・キャリーも最近その道に色気を見せ始めています。先日亡くなった(書いてて辛い・・)アリーヤも、このまま10年、20年とキャリアを積み重ねていったら、過去前例のない黒人スターになるのでは?という可能性を感じさせたものでした。
秀作愚作入り混じる映画に主演し続け、時折出すアルバムは常に100万枚以上の売上・・という“バーブラ的キャリア”は当然マドンナも夢見ることになり、意欲的に映画関係の仕事を始めます。無名時代に出演したポルノまがいの作品を別とすれば、彼女が女優のキャリアを踏み出したのは1985年の「ビジョン・クエスト」。これは主題歌でナンバー1ヒットの「Crazy For You」と引き換え、といった感じの出演でしたが、続く「マドンナのスーザンを捜して(タイトルに「〜の」と付くのは破格のスター扱い(但し作品はB級)を意味し、この時点で彼女が我が国でもかなりの知名度を獲得していることが判ります)」では作品のキーとなる印象的な“スーザン”を演じ、まずまずのスタートを切りました。
・・が、その後がいけませんでした。当時結婚していたショーン・ペンと共に出演したジョージ・ハリスン制作の映画「上海サプライズ」は、制作発表会見時に彼女が発したジョーク「ジョージとは、彼のバンドが『レディ・マドンナ』を作った頃からの知り合いよ。」くらいしか印象に残らない出来でしたし、続く「フーズ・ザット・ガール(ようやく話題がチャートに戻った)」も類型的な破天荒娘を演じメディアから酷評を受けました。また当時のファンの多くも毎日のように彼女のプロモーション・ビデオ(PV)はTVで観ていたものの、映画自体は観てない・・というのが実情だったと思います。彼女の女優としてのキャリアは、90年代に入ってようやく格好がつくようになりますので、その時にでもまた取り上げることにしましょう。
続いて2位はマイケル・ジャクソンの「I Just Can't Stop Loving You(米1位)」前作「Thriller」が空前の大ヒットとなり、大変な期待をもって迎えられたニューアルバム「Bad」からの先行シングルとしてリリースされたこのバラードは、派手なPVが制作されることもなくラジオのエアプレイ主導でチャートのナンバー1に輝きました。結局アルバム「Bad」は5曲連続でナンバー1ヒットを生み出すという大変な成功を収め、マイケルは後年“King Of Pop”と称される実績を積み上げつつありました。なおこの曲で彼のデュエット相手を務めていたのはアルバムのプロデューサー、クインシー・ジョーンズが売り出しを目論んでいた女性シンガー、サイーダ・ギャレット。彼女のソロデビューにも期待が集まりましたが、結局成功を収めることは出来ず、90年代後半にはイギリスに渡ってブラン・ニュー・ヘヴィーズのヴォーカルを務めたりもしました。
3位に入っているのは「一発屋」のイメージが強いノルウェーのロックグループ、アハの「The Living Daylights(英5位)」。彼らについて当時の洋楽ファンの誰もが覚えているのが85年のナンバー1ヒット「Take On Me」の斬新なPV。実写をベースに鉛筆書きのようなアニメーションを動かしてみせる作風は強いインパクトを残し、また曲のポップなシンセ・サウンドも評価されてヒットチャートのトップに駈け登りました。
しかし、PVのインパクトは余りにも強烈だったことと、彼らが北欧出身だったことから「目を見張るようなPVさえ作れれば、世界のどんなへき地のバンドだって全米ナンバー1にできる!」というMTV時代の“悪しき好例”として槍玉に上げられるようになり、また直後に契約面のもつれでもあったのか、アメリカで彼らは殆どプロモーションされなくなり、ヒットチャートから姿を消して“一発屋”の印象を強めました。短命に終わったティモシー・ダルトンがボンドを演じる007「リビング・デイライツ」主題歌という“オイしい仕事”のこの曲も、アメリカではチャートインすることなく無視されたのでした。
でも、アハが決して中味のないグループではなかったことは、彼らの作品を聴いてみれば容易に判りますし、イギリスにおける連続ヒットの記録を見ても、それは証明されていると思います。あの時代ならではのサウンドの薄っぺらささえ気にしなければ、いつ聴いても楽しめるポップスを生み出したグループでした。
4位はアンとナンシーのウィルソン姉妹が中心のロックバンド、ハートの「Alone(米1位)」。当時メロディアスなヒット曲を連発していた彼女たち、今考えればこの曲なんてこの時代を代表するメガヒットですよね。そういえば当時洋楽ファンだった人と話をすると、好きだった女性アーティストとして必ずといっていいほど彼女たち(特に妹のナンシー)とスティービー・ニックス、あと別路線の人からはケイト・ブッシュの名前が頻繁に挙がります。彼らに言わせると、当時の彼女たちは非常に“ヌケた(品のない言葉使ってごめんなさいっ!)”そうです。。
5位と7位はサントラヒット。まず5位のボブ・シーガー「Shake Down(米1位)」はエディ・マーフィー主演のヒット映画「ビバリーヒルズ・コップ2」主題歌。ブルース・スプリングスティーン、トム・ペティとともに“アメリカン・ロック御三家(本当か!?)”としてアメリカでは絶大な人気を誇っていた彼ですが、むさ苦しいロックがうけない日本では一般的に知名度はありませんでした。が、この曲はヒットしました。“ビバヒル効果(とはいってもNHKの深夜ドラマでも高田文夫のラジオでもない。当たり前か)”絶大でしたね。7位の「Stand By Me(61年4位/86年6位)」は同名映画の主題歌に使用されたことから20数年ぶりにリバイバルヒットしたもの。以降この曲は若い世代にもスタンダードとして親しまれていくことになります。
8位と10位は当時“ユーロビート”の流れで紹介されたもの。どちらもイギリスのプロデューサーチーム、ストック、エイトケン、ウォーターマンの3人の制作(彼らが興したレーベル名から“PWLサウンド”と呼ばれました)によるもの。「Nothing's Gonna Stop Me Now(英8位/米80位)」のサマンサ・フォックスはトップレス・モデルからヒットチャートの常連に成り上がったシンガー。思わせぶりなタイトルのヒット曲を連発し、この曲の後はどういう訳かアメリカのR&B系プロデューサーチーム、フルフォースと組んでアルバム制作を行いました。バナナラマ「I Heard A Rumour(米4位)」の方は前年「Venus」が大ヒットし、続くヒットを・・という時期にキャッチーなシンセサウンドのこの曲がヒットしたもの。確かサビの部分の踊りが決まっていて、当時ディスコ(まだ“クラブ”の時代ではありませんでした)に行くと皆同じ振りで踊っていたような記憶があります。
最後9位はディオンヌ・ワーウィックとジェフリー・オズボーンのデュエット「Love Power(米12位)」。85年の「That's What Friends Are For(「愛のハーモニー」米1位)」でシーンの前線に復帰した彼女は続くアルバムからカットしたこの曲も好評。日本におけるこのヒットは、この曲がTVCM(石油会社だったかな?)に使用されたことも大きかったと思います。
「愛のハーモニー」のヒットでファンが嬉しかったのは、それまで長いこと絶縁状態だったディオンヌとバート・バカラックがコラボレーションを再開したことで、丁度この時期2人はジョイントで来日公演を行い、会場に出かけていった私は夢のようなひとときを過ごしたものでした。長いこと一緒にやらなかったことについて二人は、バカラック「電話しても彼女は出ないし・・」ディオンヌ「番号変えたのよ。」なんてこと言いながら観客を笑わせていました。
(2001.9.5)
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