TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ 1987 Radio & Records All-Time Charts: CHR/Pop

01. I Wanna Dance With Somebody (Who Loves Me) - Whitney Houston (Arista)
02. Livin' on a Prayer - Bon Jovi (Mercury/PolyGram)
03. Alone - Heart (Capitol)
04. With or Without You - U2 (Island)
05. Nothing's Gonna Stop Us Now - Starship (Grunt/RCA)
06. Shakedown - Bob Seger (MCA)
07. Here I Go Again - Whitesnake (Geffen)
08. Jacob's Ladder - Huey Lewis and the News (Chrysalis)
09. (I Just) Died in Your Arms - Cutting Crew (Virgin)
10. Open Your Heart - Madonna (Sire/Warner Bros.)

1.すてきなSomebody/ホイットーニー・ヒューストン
 ファーストアルバム「そよ風の贈りもの」から3曲のナンバー1ヒットを放ち、たちまち音楽シーンのトップに躍り出たホイットニーのセカンドアルバム「ホイットニーII」からのファーストシングル。「人生というダンスを私を愛する誰かと踊りたい」というラブソングを作ったのは前作でホイットニーに「恋は手さぐり」のナンバー1ヒットを提供していた夫婦ソングライター、ジョージ・メリルとシャノン・ルビカムの2人で、彼らは“ボーイ・ミーツ・ガール”名義で何枚かアルバムを発表しており、この翌年にリリースした「ウェイティング・フォー・ア・スター・トゥ・フォール」がビルボード誌で最高5位を記録している。なお「ホイットニーII」はこの曲を含め4曲のナンバー1を生む大ヒットアルバムとなり、彼女はこの時代随一の人気アーティストとなる。
2.リビング・オン・ア・プレイヤー/ボン・ジョヴィ
 80年代半ば以降(当時としては)ファッショナブルな出で立ちでポップなサウンドのハードロックをヒットチャートに送り込むバンドが続出。そのあまりにもビジュアル重視な戦略が“ヘア・メタル”と揶揄された向きもあったが、多くの若い洋楽ファンの心をとらえたことも確か。その中でやや遅れて登場しながらも最大の、そして最も継続的な成功を収めたバンドがボン・ジョヴィで、これは前年に発表したアルバム「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」でアメリカでも大ブレイクを果たした彼らが、出世作「禁じられた愛」に続いて放ったナンバー1ヒット。プロデューサー、ブルース・フェアバーンによる勢いのあるサウンドに加え、いかにも労働者階級的な詞の世界がラジオ・リスナーの支持を集めた。リーダーのジョン・ボン・ジョヴィはその後俳優としても成功、90年代以降はどちらかというとそちらの人気がアルバム・セールスを支えており、2000年代もコンスタントに活動を続けている。
3.アローン/ハート
 前年の「ディーズ・ドリームズ」の成功でアダルト・ロック路線を邁進していったハート2曲目のナンバー1ヒット。マドンナの「ライク・ア・ヴァージン」、シンディ・ローパーの「トゥルー・カラーズ」といった大ヒットを生んでいたソングライターコンビ、ビリー・スタインバーグとトム・ケリーによるこのバラードは2人が1983年に“i-Ten”の名で発表していたもので、ハートが録音するにあたって一部を改作。これが功を奏したか大ヒットを記録した。彼女たちの成功は80年代いっぱい続いたが、その後ロック市場の変化とボーカルのアン・ウィルソンの太り過ぎ(?)により活動は低迷。しかしウィルソン姉妹は現在も活動を続けており、ほぼ絶えまなくツアーに出ている状態。因みにギタリスト、ナンシーの現在の夫は映画監督のキャメロン・クロウである。
4.ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー/U2
 アイルランドから登場したニューウェーブ世代のバンド、U2は若さ故の無鉄砲さや怒りを武器に80年代前半数々の名作をものにしたが、この年に発表したアルバム「ヨシュア・トゥリー」ではそれまでの“積極的な歴史の不評価”の姿勢を一変、より精神性が高く深みのある作品を生み出し、彼らを二線級バンドと見なしていたアメリカで熱狂的に受け入れられた。同作は2曲のナンバー1ヒットに後押しされる形でメガセールスを記録、精力的なライブツアーも評価されて彼らはこの年“世界最強のR&Rバンド”のタイトルをメディアから授かることに。これはその後のU2の長い長い紆余曲折の始まりでもあったのだが。
5.愛はとまらない/スターシップ
 80年代は多くのベテラン・アーティストがコマーシャルな音作りによって商業的なピークを迎えた時期だったが、中でも印象的だったのが60年代の“サイケデリック・ムーブメント”をリードしたジェファーソン・エアプレインが、度重なるメンバーチェンジの末“スターシップ”と改名しど真ん中のポップロックで大復活を果たしたこと。この時期既に“エアプレイン”時代のメンバーは紅一点のグレース・スリックしか残っていなかったが、彼らが新世代のアーティストとヒットチャート上で争っている姿に感慨を覚えた往年のロックファンも多かったのではないだろうか。この曲は復活アルバム「フープラ」に続いてリリースされた映画「マネキン」の主題歌で、90年代にHOT100連続登場記録を打ち立てるソングライター、ダイアン・ウォーレンにとって初のナンバー1ヒット。「マネキン」は当時ほとんどヒットしなかったが、この曲のプロモーションビデオのお陰で曲がかかる度「あ、『マネキン』の主題歌ね。」と人々の記憶に残ることとなった。
6.シェイクダウン/ボブ・シーガー
 こちらはサイケデリックの時代には“ボブ・シーガー・システム”として活動していたアーティストの、キャリア唯一のナンバー1ヒット。70年代後半以降シルバー・バレット・バンドを率いてアメリカン・ロックの中心人物となっていた彼は、この映画「ビバリー・ヒルズ・コップ2」サントラ曲では久々にソロ名義で録音。当初前作で「ヒート・イズ・オン」のヒットを放っていたグレン・フライのために用意されたというこの曲は、同サントラから「アクセル・フォーリーのテーマ」をヒットさせたハロルド・フォルターマイヤーの作品で、シーガーは全面的に詞を改作。見事これだけの大ヒットとなったがシーガーはこれが彼の代表作と見なされるのが気に入らないらしく、90年代に入って発表された彼にとって初の「Greatest Hits」には、この曲は収録されていなかった(単に契約上の問題か?)
7.ヒア・アイ・ゴー・アゲイン/ホワイトスネイク
 元ディープ・パープルのボーカリスト、デヴィッド・カヴァーデイルのプロジェクト、ホワイトスネイクは、彼のディープ・パープル脱退後初のソロアルバム(タイトルは「ホワイト・スネイク」)以降継続する彼のライフワークといえる。当初は元パープルのバンドメイトたちも参加していたというこのグループは、メンバーチェンジを繰り返すうち“ヘビメタ・オールスターズ”的布陣となり、アルバム「白蛇の紋章」でアメリカでブレイクを果たした。「ヒア・アイ・ゴー・アゲイン」は82年にイギリスでヒットを記録していた曲のリメイクで、見事なアダルトロック。モデルが車の上で踊るプロモーションビデオも印象的で、マイケル・ボルトン一歩手前といった趣き。
8.ジェイコブズ・ラダー/ヒューイ・ルイス&ニュース
 その軽快なR&Rサウンドと親しみ易いイメージで80年代有数の人気バンドとなったヒューイ・ルイス&ザ・ニュース。彼ら最大のヒット作「スポーツ」に続くアルバム「フォア!」から2曲目のナンバー1ヒットは、この前年にアーティストとしてもブレイクを果たしたブルース・ホーンズビーと弟のジョンの共作曲。人気絶頂期にあった彼らだけあってこれだけのヒットとなったが、他の作品と比べるとやや出来は落ちるか・・。なお「ジェイコブズ・ラダー」とは縄梯子のことをいうそうだが、もう一つ「天国への掛け橋」という意味もあるそうで、この曲では天国への道を一歩一歩進むうちに見えてくる世の中の様々な光景について歌われている。
9.愛に抱かれた夜/カッティング・クルー
 ほぼこの一曲のみで記憶されているイギリス出身のポップ・ロックバンドの大ヒット。哀愁溢れるメロディが非常に耳に残り、日本でも人気を博した曲だった。この曲を書いたリーダーのニック・ヴァン・イードは現在ソロとして活動中、幾多の80年代バンドに混じってオールディーズ・サーキットで活躍している模様(バンド自体は90年代初頭に解散、主要メンバーは現在も音楽活動を続けているようだ)。なお彼らはヴァージン・レコードのアメリカ支社を通じてレコードがリリースされた最初のバンドのうちの一つで、同社のアメリカにおける初めての目立った成功は、カッティング・クルーのこの感傷的なロックバラードの大ヒットであった。
10.オープン・ユア・ハート/マドンナ
 マドンナの長いキャリアの中でも有数の佳作「トゥルー・ブルー」から(先にサントラ曲として発表されナンバー1を記録した「リヴ・トゥ・テル」を含めると)3曲目のナンバー1ヒット。この曲は当初シンディ・ローパーに提供するため書かれた曲だそうだが、皮肉にも当時彼女の最大のライバル的存在であったマドンナが取り上げ、これだけのヒットを記録した。ソングライターのガードナー・コールはこの年に「Live It Up」の小ヒットを放ち、その後ジョディ・ワトリーに「Everything」を提供、「Strange But True」をヒットさせたタイムズ・トゥのアルバムではプロデューサーを務めるなど、一時期ヒット曲の仕掛人としてチャートのあちこちで名前が見られた。


(2004.8.24)

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