TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ Billboard HOT100 May 9, 1992

01 Jump - Kris Kross (Ruffhouse)
02 Bohemian Rhapsody - Queen (Hollywood)
03 Save The Best For Last - Vanessa Williams (Wing)
04 Tears In Heaven - Eric Clapton (Duck/Reprise)
05 My Lovin' (You're Never Gonna Get It) - En Vogue (EastWest)
06 Live And Learn - Joe Public (Columbia)
07 Ain't 2 Proud 2 Beg - TLC (LaFace)
08 Under The Bridge - Red Hot Chilli Peppers (Warner)
09 Everything About You. - Ugly Kid Joe (Mercury)
10 Make It Happen - Mariah Carey (Columbia)

 平成4年5月第2週のHOT100ナンバー1は、クリス・クロスの「Jump」でした。

 なんとなく90年代らしいヒットチャートになってきましたね。クリス・クロスは当時13歳のお子様ラップ・デュオ。アトランタのショッピングモールでラップしているところをプロデューサーのジャーメイン・デュプリ(当時19才)に認められてレコーディング契約を結び、この「Jump」をリリース。この時期はヒップホップの急速なポピュラー化が進められた時期で(MCハマーという“偉大な”先達もおりました)、ポップな曲調と彼らのやんちゃなキャラクター、あと服を後ろ前に着るファッションもウケたのかこの曲はHOT100のナンバー1に駆け上がった後8週間その座を守り、彼らは瞬く間にスターとなります。

 彼らの成功は翌年も続き、あと何曲かのヒットを放ちましたが、お子様アーティストの宿命でその賞味期限は非常に早く訪れました。青年期を迎えた彼らは96年に発表したサードアルバムではより"リアル"なサウンドを目指しましたが、その路線で勝負するにはやはり限界があったようで、セールス的に失敗。成功のカギを握っていたデュプリとの契約のこじれもあり、以降二人の作品がメジャーから発売されることはありませんでした。現在となってはクリス・クロスの、というよりアトランタをベースに90年代を通じて優れたR&Bを送り出し続けた“ミスターSo So Def”デュプリのスタート点、という評価が妥当なところでしょう。

 偶然なのか何なのかよくわかりませんが、この時期のヒットチャートは何故か「Jump」流行りで、ハウス・オブ・ペインの「Jump Around(最高3位)」とか、ムーブメントの「Jump!(最高52位)」とか、曲調は全然違いますが同じようなタイトルの曲がほぼ同時にヒットチャートを賑わせていました。

 続いてこの週2位に入っているのはクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」。前年暮れにフレディ・マーキュリーが亡くなったのもまだ記憶に新しかったこの時期、彼の追悼シングルとしてイギリスで発売された「ボヘミアン〜」は全英ナンバー1を記録、また4月にはロンドンのウェンブリー・スタジアムで大規模な追悼コンサートが開催されて全世界に中継されるなど、アメリカではそれまでの数年間薄れ気味だったクイーンへの関心が再び高まった時期でしたが、このリバイバルヒットの決定的な要因となったのは、映画「ウェインズ・ワールド」サントラへの収録。

 「サタデイ・ナイト・ライブ」の1コーナーを映画化したこの作品は、メタルオタク2人が地下室から勝手に配信するCATV番組を舞台としたバカバカしいコメディで、日本人にはそう楽しめる内容ではありませんでしたが、このワンシーンで印象的に使われていたのがこの「ボヘミアン〜」。当時私はこの曲が流れるシーンでヘッドバンギンクするため映画を観に行ったものの、館内の他の人誰もやる気配がないので諦めた(他に楽しめる部分があるのか!?)という苦い思い出がありますがそれはさておき、「ウェイン〜」効果でこの曲はオリジナル(76年9位)を超える大ヒットを記録したのでした。

 3位、4位は90年代という枠を超えて“スタンダード”と呼べる2曲。日本では“ミス・セデス”として知られる(古っ!)ヴァネッサ・ウィリアムスは、黒人初のミスU.S.A.に選ばれながら、それ以前に「ペントハウス」誌でヌードを披露していたことがバレて賞を剥奪されたというスキャンダラスな経歴を売りにレコードデビューした女性。その美貌と、大変な上昇志向でもって音楽界で成功を収めた彼女は、このナンバー1ヒット(ポップ、R&B、アダルト・コンテンポラリーいずれもナンバー1)でアーティストとして更にランクを上げました。以降は主に“美人女優”としてさまざまな映画で活躍、現在活動はやや控え目なようですが、看板を持ってしまっている人は強いので(恐らくどんなショーに登場しても、この曲を歌えば会場はスタンディング・オベーションでしょう)今後も安定した活躍を続けていくことと思われます。

 4位は特に日本で人気の高いエリック・クラプトンの「Tears In Heaven」。全編クラプトン制作曲なので、オリジナルアルバムといってもいいかもしれない映画「Rush」サントラからカットされたこの曲は、彼自身に起こった悲劇を題材としたもの。

 60、70年代からロックのスーパースターとして脚光を浴び続けた彼は、一方でその薬物常習癖で常にメディアの“次に死ぬのは絶対コイツ”リスト上位にランクされる存在でもありました。80年代に入っても薬物禍こそ克服したものの、今度はそれを紛らわすために摂ったアルコールの中毒になったりと不安定な生活を送り続けていましたが、それが快方に向かったきっかけは、彼の新しい結婚生活と、初めて授かった子宝。

 家庭人として充実した生活を送るようになった彼は、音楽シーンのめまぐるしい変化に苦戦する他のベテランアーティスト達を尻目に安定してヒット作を生み続けましたが、その彼を襲った悲劇が、最愛の息子の転落死。悲嘆に暮れた彼が書き綴った曲の中の一つが「今度天国で息子に逢ったとき、彼はまだ僕の名前を覚えているだろうか・・」というこの「Tears In Heaven」で、これは彼の長いキャリアで最大のヒットの一つとなりました。この年に発表し、700万枚というとんでもないセールスを記録した「MTV Unplugged」でもこの曲は印象的に演奏され、当時はむしろそちらのライブバージョンを頻繁に目にした覚えがあります。その後我が国では繰り返しCM等に使用され、何かにつけ欠かせない一曲となっているのはご存じの通り。

 さて。この週の5位と7位には90年代最も重要な女性R&Bグループ二組が登場しています。まずは5位アン・ヴォーグの「My Lovin'」。「Lean On Me(87年米1位)」のヒットを持つR&Bグループ、クラブ・ヌーボーのメンバーだったフォスター&マッケルロイの二人がオーディションで集めた女性4人は、ルックスもボーカル・スキルも優れたメンバーばかりで、これをクラシックなガール・グループスタイルと、ヒップホップも含めた今どきのR&Bサウンドを融合させるという完璧なプロダクションで送り出してデビュー曲「Hold On(90年米2位)」を成功させました。

 続いてこの年にリリースされたセカンドアルバムには「Funky Divas」という彼女たちの魅力を言い表わすにパーフェクトなタイトルがつけられ、そこからはヒットシングルが続々と生まれます。ファーストシングルのこの「My Lovin'」はまさに“Funky Divas”なナンバーで、R&B界に新時代のスターが登場したことを痛感させられました。実際92年〜93年のアン・ヴォーグは向かうところ敵なしで、他のグループを大きく引き離した感がありこのまま順調にアルバムのリリースが続けば、彼女たちは90年代R&B界最大の存在になったかも知れませんでした。

 で、余談になりますが。メンバーのシンディ・ヘロンは当時大リーグのレッドソックスに在籍していたグレン・ブラッグス選手と結婚していましたが、彼が翌年横浜ベイスターズに移籍するということで彼とともに日本で生活することを決意。それが主な原因かわかりませんがグループの活動は暫く休止状態となりました。シンディはその頃もし「横浜でもっとも歌の上手い主婦番付」を作成したら、恐らく数年間横綱の座を守り続けたことと思われますが、96年にブラッグスが故障で解雇されるとアメリカに帰国、翌97年にはグループ3枚目のアルバムが脱退したドーン・ロビンソン抜きの3人で制作されることに。これは日本のプロ野球に関心を持っている洋楽ファンしか知らない裏事情。

 7位はTLC。アトランタ出身のティーン3人、T-Boz、Left Eye、Chilliの3人は「Mercedes Boy(88年米2位)」などのヒットを持つ女性シンガー、ペブルスに認められてプロ契約。当時彼女の夫だったL.A.リードの経営するLaFaceからデビューを果たしました。当時は前述の通りヒップホップが人種を超えて急速にポピュラリティを獲得し始めた時期で、R&Bとヒップホップと、当時のストリートファッションと、3人のハチャメチャなキャラクター(特にレフトアイ)がうまくブレンドして人気アーティストとなりました。しかしこの時点ではまだ彼女たちはクリス・クロスほどのセンセーションを巻き起こす存在ではなく、一過性のグループとみなされていましたが。その後まさか彼女たちが、アン・ヴォーグをも凌ぐこの時代最大の女性R&Bグループに成長することなどは予想だにせず。。

 飛ばしてしまった6位はR&Bバンド、ジョー・パブリックの「Live AndLearn」。80年代後半以降R&B及びポップ界で物凄い影響力をもった“ニュー・ジャック・スイング”の影響下にあるこの曲はキャッチーなメロディがリスナーの耳をとらえて大ヒットを記録しましたが、そろそろR&B界も次の音楽トレンドへ移行する時期にあったため、彼らのチャートキャリアはそれほど長くは続きませんでした。

 残り3曲は手短に。8位、9位はカリフォルニア出身のロックバンド。通称“レッチリ”レッド・ホット・チリ・ペッパーズは、現在では90年代もっとも存在感を誇ったロックバンドの一つという評価が確立されていますが、80年代からこのヒットが出る頃まではまだ“ヒップホップ世代の新しいロック”みたいな、なんとも捕らえどころがない評価で誤魔化されていた印象がありました。この曲が収録されているアルバム「Blood Sugar Sex Magik」の大ヒットでいよいよ彼らはメジャーバンドの仲間入りを果たしますが、にもかかわらず彼らのHOT100への登場は以降も稀なままでした。この時期になるとそろそろロック・マーケットはシングルのリリースが商売に結びつかないことに気づき始めたんですね。そこら辺の話は、追って詳しく取り上げましょう。

 9位はレッチリに比べれば相当小粒なアグリー・キッド・ジョー。「(I Hate) Everything About You」は新世代のハードロックとして当時大変な期待をもって迎えられましたが、今聴くとまだまだ80年代を引きずっている印象が強いですね。彼らはその後もアルバムを発表し続けましたが、ヒットに結びつく作品はありませんでした。

 最後10位はまたまた登場マライア・キャリーの「Make It Happen」。ファーストアルバムの驚異的な成功に続いて発表されたセカンド「Emotions」からは、当時の彼女最大の売りである“7オクターブの声域”を活かした佳曲のタイトル曲(91年米1位)をはじめ順調にヒット曲が生まれましたが、アルバムセールスは前作を大きく下回る結果に。ここから先が90年代最大の策士、マライア(及びスタッフ)の本領発揮となります。


(2003.5.13)

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