Presented by meantime
■ Billboard HOT100 May 15, 1993
01 That's The Way Love Goes - Janet Jackson (Virgin)
02 Freak Me - Silk (Keia/Elektra)
03 Love Is - Vanessa Williams and Brian McKnight (Giant)
04 Informer - Snow (EastWest)
05 I Have Nothing - Whitney Houston (Arista)
06 Nuthin' But A "G" Thang - Dr. Dre (feat. Snoop Doggy Dogg) (Death Row)
07 Knockin' Da Boots - H-Town (Luke)
08 I'm So Into You - SWV (RCA)
09 Looking Through Patient Eyes - PM Dawn (Gee Street)
10 Don't Walk Away - Jade (Giant)
平成5年5月第3週のBillboard誌HOT100のナンバー1は、ジャネット・ジャクソンの「それが愛というものだから」でした。
86年の「Control」、そして89年の「Janet Jackson's Rhythm Nation 1814」の世界的なヒットで実兄に次ぐ80年代のスターとなった彼女が、90年代に入って初めてリリースしたアルバムがシンプルなタイトルの「janet.」。前2作では派手なダンスビートが豪華なプロモーションビデオとともに作品を彩っていましたが、ここでは一転してメロウなサウンドがアルバム全体を支配。“90年型のジャネット”を印象づけました。このようなスタイル変更の際、通常はプロデューサーの入替が行われるものなのですが、ジャネットの場合は80年代の諸作に引き続きジミー・ジャム&テリー・ルイスがプロデュースを担当。彼らはその後もジャネットの作品を基盤に方々で革新的なサウンドを作り続けており、キャリア20年を超える現在もなおトッププロデューサーとしてR&B界に君臨しているのは驚異的ですらあります。
この「janet.」がリリースされる際、もう一点話題となったのが彼女が古巣A&Mから巨額の契約金でヴァージンに移籍したこと。ご承知のとおりヴァージンはイギリス資本の会社で、当時R&Bマーケットでは非常にマイナーな存在だったためこの大胆なアーティスト引き抜きに危惧を唱える意見もありましたし、また同社には80年代後半以降孤軍奮闘の末ヴァージンのR&Bマーケットに於ける居場所を開拓した“女王”、そしてジャネットの「Control」から生まれた数々の印象的なプロモーションビデオのダンスを考案した“元振付師”のポーラ・アブドゥルが在籍しており、彼女との折り合いを心配する声もありました。しかし結果はジャネットとヴァージンの大勝利であったことは歴史が知るとおり。アブドゥルは95年のアルバム「Head Over Heels」の失敗により急速に音楽シーンから姿を消していきましたし、ヴァージンを舞台とした“女王対決”はその数年後「ジャネットvsマライア」という形で再現され、マライアが大変な目に遭ったことは過去の「ミーンタイム・メルマガ」で詳報済です。
続いて2位に登場しているのはアトランタのR&Bグループ、シルク。キース・スウェットにバックアップされる形でデビューを果たした彼らはこのバラードでブレイク。時代のメロウな雰囲気にマッチしてナンバー1を記録しました。ボーカルグループとしてはもう一組、7位にH-タウンも登場していますが、こちらはヒューストン出身なのにマイアミ・ベースの怪人、2ライブ・クルーのルーク・スカイウォーカー改めルークが手掛けたことが話題となったグループ。シルク、H-タウン共に地味ながらも90年代後半までヒット曲を発表し続けました。
3位は“大スター”ヴァネッサ・ウィリアムスの「Love Is」。この曲はドラマ「ビバリーヒルズ高校白書」サントラからカットされたドラマチックなバラードですが、この曲の最大の功績は、90年代後半になって本格的にブレイクする“才人”ブライアン・マクナイトを世に紹介した点にあるでしょう。
4位は真っ黒な今回のTOP10“白一点”のスノー「インフォーマー」。カナダ出身の白人ラガマフィン・ラッパーという当時非常に珍しい存在で、しかも過去に殺人罪で服役したこともあるという経歴も話題となり、この曲はものすごい勢いでヒットチャートを上昇、ナンバー1を獲得しました。曲中で繰り返される「a licky boom boom down」というフレーズが非常に耳に残るため日本のFMラジオでもこの曲はよく流され、アメリカでは続くシングル「Girl I've Been Hurt(米19位)」を最後に瞬く間に姿を消したスノーでしたが、日本ではもう暫く人気が続き、アルバムのリリースや来日公演なども行われました。ある意味エミネムに先駆けた存在といえなくもないですが、現在そのような評価をする人はいませんね。
5位は90年代有数のヒット映画となった「ボディーガード」サントラから。80年代半ばから物凄い数のナンバー1ヒットを飛ばしてきた彼女が、90年代に入って芸能界に於けるランクアップを目指して進出したのが映画界。ケビン・コスナーを相手役に迎えた「ボディーガード」は、非常にわかり易い“スター主演もの”映画でしたが、そこそこの内容で大ヒットを記録。主題歌の「I Will Always Love You(14週連続1位)」もこの10年を代表する特大ヒットとなり、彼女はアメリカを代表するスターに。ある意味彼女のキャリアの絶頂期はこの年だったのかもしれませんね。その後もヒットは続いたのですが・・貰った亭主が悪すぎたので・・・。
「ボディーガード」サントラに関する有名なこぼれ話を一つ。全世界で数百万枚のセールスを記録した同アルバムにはカーティス・スタイガースによる「(What's So Funny 'Bout) Peace, Love and Understanding」のカバーが収録されていますが、この曲を作ったのはニック・ロウ。この印税だけで彼は数百万ドルを受け取り、現在悠々自適な生活を送っているのだとか。。
6位はこれまた90年代の重要曲の一つ、ドクター・ドレの「Nuthin' But A "G" Thang」。70年代風のファンク・サウンドと、90年代のギャングスタ流のラップを融合させた“G-Funk”がヒットチャートに登場したのが92〜93年にかけてで、この曲が収録されているアルバム「The Chronick」は大ヒットを記録、現在は90年代ヒップホップの最重要アルバムの一つに数えられていますし、この曲にフィーチャーされているスヌープ・ドギー・ドッグが続いて発表したソロアルバム「Doggie Style」はアルバムチャートで初登場1位を記録するなど、ドレ一派は瞬く間に音楽シーンを席巻していきました。以降10年、緩急はあれどこの流れから派生した音楽がヒットチャートに登場し続け、現在のエミネムや50セントにつながっている訳ですから「The Chronick」の存在はそれだけ大きいということなのでしょう。
さて。前回のFlashbackでは"90年代最も重要なガールグループ"としてアン・ヴォーグとTLCを紹介しましたが、今回のチャートにはそれに続く二番手、あともう少々格下のグループが登場しています。二番手の方は“Sisters With Voices”ことSWV。Coko、Taj、Leleeの3人組はプロデューサーのテディ・ライリーに見出されてデビュー、ファーストアルバム「It's About Time」とそのリミックス盤から次々とヒットを生み出し、ガールグループ・シーンで頭一つ抜き出た存在となりました。彼女たちはその後10数曲のヒットをチャートに送り込むビッググループになりましたが、メンバーのうちCokoの存在が突出してしまい、90年代末に自然消滅してしまいました。一方“格下”10位のジェイドはTonya、Joi、Diの3人組。こちらの人気は約一年で終わってしまいましたが、とにかくこの時期この手のグループが多すぎて、覚えるのに苦労した印象が残っています。
最後9位はヒップホップ(?)デュオ、PMドーン。彼らが91年に発表した「Set Adrift On Memory Bliss(米1位)」はイギリスのスパンダー・バレーの「True(83年米4位/英1位)」という、どう考えてもヒップホップと結びつかない曲をサンプルしてリスナーを驚かせましたが、そのイージーリスニング調のサウンドが受けて大ヒット。しかし一方でヒップホップ界では「軟弱だ」ということで、ツアーで回る先々で共演するアーティストたちに殴られたりしていたそうなのですが、そんなことにめげずこの曲ではジョージ・マイケルの「Father Figure(88年米1位/英11位)」を使用、またもや大ヒットを記録しました。この時期ジョージ・マイケルは契約関係のもつれなどでややこしい状態にあったので、このヒットは彼にとって珍しくいいニュースだったかも知れません。好き嫌いは別として。
(2003.5.20)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |