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■ Billboard HOT100 June 4, 1994
01 I Swear - All-4-One (Blitzz/Atlantic)
02 I'll Remember - Madonna (Maverick/Sire)
03 The Sign - Ace Of Base (Arista)
04 Return To Innocence - Enigma (Charisma)
05 The Most Beautiful Girl In The World - The Artist f.k.a. Prince (NPG/Bellmark)
06 Baby, I Love Your Way - Big Mountain (RCA)
07 Don't Turn Around - Ace Of Base (Arista)
08 Regulate - Warren G. & Nate Dogg (Death Row)
09 You Mean The World To Me - Toni Braxton (LaFace)
10 Back & Forth - Aaliyah (Be!/Jive)
平成6年5月第4週、Billboard誌HOT100のナンバー1はオール・フォー・ワンの「I Swear」でした。
90年代のヒットチャートで最も成功を収めたR&Bボーカルグループといえば、まずボーイズ・II・メンの名前が挙がると思いますが、それと比較にはならないものの、カリフォルニア出身の4人組、オール・フォー・ワンも短期間ながら大きな成功を収めたグループでした。この時期は次々と新しいボーカルグループがヒットチャートに登場した時期で、どのアーティストも他との差別化に色々苦心していた印象がありますが、その中で当時ちょっと流行したのが、手っ取り早く実力がアピールできるアカペラ風の曲によるグループの売り出し。
92年にシャイが「If I Ever Fall In Love(米2位)」で成功したのが一番印象強いのですが、これに倣ったのかオール・フォー・ワンはタイムス1963年のナンバー1ヒット「So Much In Love(渚の誓い)」をカバーして最高5位の大ヒット、ヒットチャートに食い込むことに成功し、この戦略は更に翌年4.P.M.の「Sukiyaki(8位)」へと受け継がれていくのでした。
続いて彼らが発表したのが、なんとカントリーソングのカバーであるこれ。“グランジ時代”が到来し、拙くてもアーティストのオリジナル作品が重用される風潮がロックやポップス界を支配し始めていた90年代、それまで活躍していたソングライター、そしてこれからのキャリアを目指す卵たちの多くは活動の場を求めてナッシュビルに向かい、大変な層を形成していましたが、そのシーンの充実振りに着目したのか、それとも単に「流行っていたから」取り上げたのかわかりませんが、カントリーのカバーというアイディアは大いにうけ、ポップチャートで11週連続1位を続けるメガヒットとなりました。
この曲は元々ジョン・マイケル・モンゴメリーがカントリーチャートでナンバー1ヒット(ポップチャートでは最高42位)を記録していたもの。当時はまだ現在のようにカントリーとポップチャートが連動するような仕組みにはなっていなかったので、当時のポップスファンの殆どはモンゴメリーのバージョンを耳にすることはなかったと思います。私も当時は未聴でしたし、それから何年かして「meantime」で、モンゴメリーのTOP40ヒットのレビューを書くことになるとは、夢にも思いませんでした。。
なおオール・フォー・ワンは“2匹目のドジョウ”としてセカンドアルバムで再びモンゴメリーのナンバー1カントリーヒット「I Can Love You Like That(95年5位)」をカバー、成功させましたが、この“借り物戦略”は長くは続かず、やがてヒットチャートから姿を消すこととなります。
続いて2位はマドンナの「I'll Remember」。90年代に入ってからのマドンナはアルバム「Erotica」「Bed Time Story」、観ていて痛々しいドキュメント映画「Truth or Dare」、そして写真集「Sex」と過激な路線が続いて、ついていけなくなるファンが続出。発表するシングルのチャート成績が曲毎に落ちていく中、何故かバラードだけは大ヒットするという低迷期にありました。この曲は映画「With Honors(きっと忘れない)」サントラ曲で、バラードだったので、このとおりのヒットとなりました。
3位と7位はスウェーデンのポップグループ、エイス・オブ・ベイス。この時期アメリカのレコード会社は“バンドブーム”に乗り遅れまいとロックバンドを市場に送り出すことに躍起になっており、普通のポップスを殆ど手がけなくなっていました。しかし他愛のないポップスを求める聴衆は常に存在する訳で、そこに彼らのような外国のアーティストが市場参入する余地が生まれます。ジェニーとリンの姉妹2人をボーカルに、兄のジョーカー、友人のブッダからなる4人組の彼らは93年の「All That She Wants(最高2位)」を皮切りにこの「The Sign(同1位)」「Don't Turn Around(同4位)」と同タイプのヒットを次々と飛ばし、数年前のロクセットと同じように、アメリカ市場の虚をつく形で北欧産ポップスをチャート上位に送り込みました。但しアメリカリリースに際しては、発売元であるアリスタ・レコードの社長(当時)のクライヴ・デイヴィスが選曲やミックスに大幅に関与し、アメリカ仕様に作り上げた結果がこの大成功だったという話ですが。
4位は異色ヒット、エニグマの「Return To Innocence」。イージーリスニングとか、環境音楽とかいわれていたものがいつしか「ニューエイジ」と呼ばれるようになり、80年代以降様々なアーティストがシーンに登場しました。ルーマニア出身のエニグマことマイケル・クレトゥは当初ボニーMのアレンジャーとしてキャリアをスタートさせた人だったようですが、90年代に入って発表したファーストアルバムではグレゴリオ聖歌をフィーチャーした「Sadness Part 1(91年米5位)」が大当たり、一躍このジャンルのスターになりました。「Return To 〜」の方は世界の何処かの国の民謡の節回しを拝借したようなフレーズが非常に耳に残る作品で、逆回しのプロモーションビデオも印象的でした。日本ではそれから暫くしてニュースショーの1コーナーのテーマ曲に使用され、注目を集めたこともありましたね。
そして5位にはプリンス、というかこの時期から例のシンボルを正式名称にしたので“元プリンス”。長年在籍し、一時は経営陣にまで名を列ねていたワーナー・ブラザーズとの契約解消問題がもつれにもつれ、彼は改名して「プリンスはもういないから契約は無効だ。」なんてかなり無茶なことを言い張ったりもしていましたが、それがなんとか手打ちとなり、ようやくワーナー傘下を逃れてリリースできたのがこの曲(但しこの曲が収録されているアルバム「Gold Experience」は相変わらずワーナーから発売されました)。当時は随分彼に同情的な雰囲気があり、それも後押ししてこれだけのヒットとなった形。本当の意味でワーナーと手がきれるのはもう少し後のことになりますが、制作上の自由を獲得した彼はワンショットでメジャーの配給を受け、作品を発表するという方法にシフトしていきました。
6位のビッグ・マウンテン「Baby, I Love Your Way」はウィノナ・ライダー主演の青春映画「リアリティ・バイツ」に使用されていたもの。“アメリカ版「大学は出たけれど」”といえる内容のこの映画は、業界恋愛ドラマ的な部分が余計ですが、当時“ジェネレーションX”と言われた団塊ジュニア世代(とアメリカでも言うのか?)の雰囲気がよく伝わってきて、なかなかの作品だった記憶があります。この世代が聴き育った音楽の再現ということでピーター・フランプトン1976年のヒット曲のリメイクであるこれがシングルカットされた訳ですが、それに続いてナックの「マイ・シャローナ'94(米91位)」がリリースされたことも忘れられません(あ、勿論“メガネっ娘”リサ・ローブのナンバー1ヒット「Stay (I Missed You)」も)。
残りは手短に。8位は「G-Funkの“G”はオレの“G”」ことウォーレンGの「Regulate」。ドクター・ドレの義弟である彼、そしてスヌープの従兄弟であるネイト・ドッグのコンビは、当時如何にも“便乗組”という印象が強かったのですが、その後二人ともしぶとくシーンを生き残り、Gの方は“イージーリスニング・ヒップホップ”という独自の世界を確立してしまったのはご存じの通り。ネイトもキャリア10年、長いこと最大のヒットはこの「Rgulate」でしたが、このメルマガが出ている今週のチャートでは彼にとって初のナンバー1ヒットがチャートのトップに輝いているという!勿論どちらも主役は彼ではありませんが、それこそが彼が“客演王”と呼ばれる所以。とにかく目出たいです。
最後2曲は90年代後半のヒットチャートを彩った歌姫二人。9位のトニ・ブラクストンはそろそろ10年選手となるホイットニー・ヒューストンに続く“若い版ホイットニー”をアリスタ・レコードがベビーフェイスに命じて送り出させたような印象の(当時は)非常にクリーンなタイプの女性シンガー。彼女がファーストアルバムを発表した頃丁度アメリカを旅行していて、飛行機の中で彼女のプロモーションビデオがやたらと繰り返し流され辟易した覚えがありますが、その猛烈な売り出しが効を奏して彼女はスターになりました。一方10位のアリーヤの方はアルバム「12 Play」をぶち上げてエロエロ路線まっしぐらだったR.ケリーの14歳の愛人(!?)としてシーンに登場し、非常にスキャンダラスなイメージがあった頃。その少女が後にケリーと袂を分かち、あのような化け方をするとは当時は勿論誰も予想していませんでした。
(2003.6.3)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |