TOP10 HITS OF LAST CENTURY
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■ 日本レコード協会洋楽シングルチャート 1995年11月度

01 TO LOVE YOU MORE/セリーヌ・ディオン with クライズラー&カンパニー(Sony)
02 青春の輝き/トップ・オブ・ザ・ワールド/カーペンターズ(Polydor)
03 恋人たちのクリスマス/マライア・キャリー(Sony)
04 サムシング・フォー・ザ・ペイン/ボン・ジョヴィ(Mercury)
05 ネコのホワイトクリスマス/ジングル・キャッツ(Funhouse)
06 ストレンジャー/ビリー・ジョエル(Sony)
07 ジャンプ・トゥ・マイ・ライフ/インコグニート(Mercury)
08 アヴィヤンガ/マリベス(Sony)
09 クリスマス・イブ/オール・フォー・ワン(EastWest)
10 ファンタジー/マライア・キャリー(Sony)

 邦楽チャートではDreams Come Trueの「ROMANCE/家へ帰ろ」が1位を記録していた平成7年11月、洋楽チャートのナンバー1はこの月308,044枚を売り上げたセリーヌ・ディオンの「TO LOVE YOU MORE」でした。

 このコーナーで以前ご紹介したとおり、1992年の「美女と野獣」のヒットで日本でもお馴染みとなった彼女、アメリカではその後次々と大ヒットを放って新“バラードの女王”としてこの時代有数のヒットメーカーに成長しますが、我が国でその人気が決定的となったのはこのミリオンセラーに因るところが大でした。

 鈴木保奈美、岸谷五郎主演のドラマ「恋人よ」主題歌として使用されたこの曲はデヴィッド・フォスター制作で、ゲストに日本の“コンテンポラリー・クラシカル”グループ、クライズラー&カンパニーが参加。クライズラー〜の3人は、如何にも“音大出”という雰囲気が鼻につく感じもありましたが、女性を中心に熱心なファンを獲得したグループでありました。最近は辰巳琢郎系の“高学歴タレント”としても活躍するメンバーの葉加瀬太郎は、このヒットを受けて翌年セリーヌのワールドツアーに同行し、この曲を披露するためトリオを解散。それが宣言されたのは、この曲が年間ナンバー1洋楽シングルとして表彰された「日本ゴールドディスク大賞」の壇上だったように記憶しています。

 なおこの曲、数年後にアメリカのラジオ局にプロモーション用シングルが配られ、エアプレイチャートに登場(当時このメルマガのシングルチャートコーナーで紹介したことがあったと思います)。“日本のみヒット”の不名誉を免れたばかりでなく、久々の日本人アーティストのビルボードチャート登場か?と期待を持たせましたが、残念ながらそこにはクライズラー〜のクレジットはありませんでした。

 2位カーペンターズ「I Need To Be In Love(76年米25位)」と「Top Of The World(73年米1位)」のカップリングは、いしだ壱成と桜井幸子主演のドラマ「未成年」に使用されてのヒット。「Top Of 〜」の方はこのコーナー1973年と1974年の回で取り上げているので、約20年ぶりのご無沙汰。この曲はシングルが売れたばかりでなく、収録された彼らのベスト盤が中高生を中心に数百万枚売れるという一大現象となり、世の中の大人たちを驚かせたものでした。もしかしたらこのメルマガを読んで「カーペンターズ、懐かしいなぁ。」などと言っている10代読者の方もいるのかも知れません。

 この頃からなのか、ドラマの主題歌にやたらと渋い洋楽が使用されて思いがけないヒットとなり、それに関連して珍しい音源が多数CD化される、というケースが色々と見られるようになりました。カーペンターズも先日は未発表だった「Rainbow Connection」がドラマで突如陽の目を見、それに伴い未発表曲集が日本で発売される、という事件がありましたね。ドラマのヒットの恩恵に一番浴しているのは、実はそのドラマなど観たこともない洋楽マニアだったりする・・というちょっと不思議な話。

 3位のマライア「All I Want For Christmas Is You」は既にこの時期定番と化しているので紹介はやめておきます。彼女のもう一曲、このチャート10位の「Fantasy(米1位)」はアルバム「Daydream」からの先行シングル。トム・トム・クラブの「Genius Of Love」を元ネタに使用したこの曲はR&Bチャートでもナンバー1を記録、更に続いてリリースされたボーイズ・II・メンとの共演作「One Sweet Day」は実に16週に亘ってヒットチャートのトップに居座り続けるマンモス・ヒットとなるなど、この頃はマライア陣営のマーケティング戦略が冴えに冴えていた時期。一方で彼女の露出過多な感じとか、プライバシーを切り売りするような言動が目立ち始める時期でもありましたが。

 4位はボン・ジョヴィの「Something For The Pain(米76位)」。80年代は“ヘビメタ”といわれた彼らも、細分化が進んだ90年代の音楽界では“ロック”と認めてもらえない(むしろ“アダルト・コンテンポラリー”)窮地に追い込まれ、この頃はヒットチャート的に低迷期にありましたが、ジョン・ボン・ジョヴィは逞しかった。この年映画「ムーンライト&ヴァレンチノ」に出演し、役者としても結構イケることを証明して芸能人としてステップアップを果たしました。これがなかったら、もしかしたら彼のロックスタートしての地位も、現在はなかったのかも知れません。

 5位はノベルティ作品、ネコがミャアミャア鳴いている「White Christmas」。これについては先日ミーンタイムのホームページで「Good Bless The USA」のリー・グリーンウッドに関する非常に詳細な解説を寄稿して下さった日本カントリー協会の森井さんからまたまた詳細な情報を提供していただいたので、それを転載しましょう。

−− 転載ここから −−

 このジングル・キャッツの仕掛け人はマイク・スパラなる人物で、93年に猫の鳴き声で歌わせたCD「Meowy Christmas」をジングル・キャッツ・ミュージックより発売。翌94年には「Here Comes Santa Claus」、95年には今度はジングル・ドッグス名義で「Christmas Unleased」、97年にはジングル・ベイビーズ名義で「Rockabye Christmas」をそれぞれ発売している。またビデオもジングル・キャッツ「Cat TV」、ジングル・ベイビーズ「Jingle Babies」の2本を発売。

 動物の鳴き声で歌わせる手法は実は古く、コペンハーゲン出身のドン・チャールズが1955年に犬の声をつなぎ合わせて作ったシンギング・ドッグスの「Oh! Susanna(ベスト・セラー・チャート22位)」が特に有名。また同時期に録音された彼ら(?)の「Jingle Bells」は後々ホリデイ・シーズンになるたび全米のラジオでオンエアされ続けている。

 さて日本ではジングル・キャッツの2枚、ジングル・ドッグスの1枚がCD発売された他、シングルではジングル・キャッツの「ライク・ア・ヴァージン」、ミニ・アルバム「ハッピー!ハッピー!(結婚行進曲、ハッピ−・バースデイ、キラキラ星等収録)」、さらにシングル「クリスマス・イヴ(山下達郎のカヴァー)」といった独自企画ものも出ている。

−− 転載ここまで −−

 森井さん、毎度どうも有難うございます。確かにこの曲が流行った時、シンギング・ドッグスのレコードが話題となり「サンプラーがなかった頃にどうやって作ったんだろうね?」なんて話を仲間内でした覚えがあります。マニアは何でも話のネタにするのです。

 6位はこれはCM絡みでしょう。ビリー・ジョエルの「Stranger」は彼の代表的な“日本のみヒット”で、本国では当時(78年)シングルカットはされませんでした。続いて7位はインコグニートの「Jump To My Love(英29位)」。“アシッド・ジャズ”ムーブメントの象徴的なレーベル「トーキン・ラウド」の看板アーティストである彼ら。この時期は既に最初のベスト盤をリリースするくらい一段落した状態にありましたが、90年代前半は多くのクラブヒットを生み、当時クラブに遊びに行くと、彼らの曲を耳にしない夜はない、というくらい人気のあるグループでした。

 そういえばあの頃、渋谷から青山の一帯で、随分とクラブでダラダラと時間を過ごした時期がありました。現在いい歳のオッサンが行っても寛げる雰囲気のクラブってあるんですかね?久しぶりに調査してみますか。。

 8位のマリベスは確かインドネシアの女性シンガー。アルバムには有名曲のカバーが多く収録されていたようですが、これはオリジナル?アジアのポップスがちょっとばかし注目された時期でもありました。

 最後9位はオール・フォー・ワンの「Christmas Eve」。この時期彼らは前年に「I Swear」のナンバー1ヒットを放ち、この年も「I Can Love You Like That(米5位)」を大ヒットさせてまだ大物感を漂わせていた頃。この頃本国ではクリスマスアルバムを発表していますが、この山下達郎カバーは日本のみの企画。所属レコード会社が一緒ということで実現したものなんでしょうかね?

(2001.11.14)

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