Presented by meantime
■ Billboard HOT100 June 10, 1995
01 Have You Ever Really Loved A Woman? - Bryan Adams (A&M)
02 This Is How We Do It - Montell Jordan (PMP/RAL)
03 Total Eclipse Of The Heart - Nicki French (Critique)
04 Water Runs Dry - Boyz II Men (Motown)
05 Don't Take It Personal (just one of dem days) - Monica (Rowdy)
06 I'll Be There For You/You're All I Need To Get By - Method Man feat. Mery J. Blige (Def Jam)
07 Freak Like Me - Adina Howard (EastWest)
08 I Know - Dionne Farris (Columbia)
09 I Believe - Blessid Union Of Souls (EMI)
10 Let Her Cry - Hootie & The Blowfish (Atlantic)
平成7年6月第2週、ビルボード誌HOT100のナンバー1はブライアン・アダムスの「リアリー・ラヴド・ア・ウーマン」でした。
カナダ出身のブライアン・アダムスは80年代半ばに「Cuts Like A Knife(1983年)」「Reckless(1984年)」と立て続けに大ヒットアルバムを発表してトップアーティストの仲間入りを果たし、80年代後半には一時低迷期を迎えるものの、90年代にはバラード路線の「(Everything I Do) I Do It For You(91年米1位)」の大ヒットにより復活。この曲はイギリスで16週連続ナンバー1という大記録を打ち立てました。
「〜 I Do It For You」はケヴィン・コスナー主演の映画「ロビンフット」主題歌で、この路線に味をしめた彼は以降積極的に映画に曲を提供。この前年には「三銃士」のために彼とロッド・スチュアート、スティングというロック界の三バカ大将(失礼)が集結した「All For Love」がナンバー1ヒットを記録、そしてこの「Have You 〜」もジョニー・デップ主演の「ドンファン」主題歌と、80年代のケニー・ロギンス並みの“サントラ屋”的活躍を見せました。この曲そのものは、前述の二曲が大仰なバラードだったのに対し、パコ・デ・ルシアのスパニッシュ・ギターをフィーチャーしたメキシコ風味がなんともいい感じではありましたが、これだけサントラヒットが続くと当時いい加減「ウザい。」と感じたのも、正直なところではありました。。
続いて2位に入っているのは当時新世代のR&Bシンガーといわれたモンテル・ジョーダン「This Is How We Do It」。「これが俺たちの楽しみ方だぜ」という歌の内容は伝統的でさえあるのですが、ヒップホップとR&Bサウンドの融合という点で、非常に忘れがたい一曲です。“ヒップホップ・ソウル”というと、このチャートにも“女王”メアリーJ.ブライジが登場していますが、私個人的にはこの曲の陽気な感じと、2メートルはあろうかという巨漢、モンテル・ジョーダンの恵まれた体格から発せられる歌が、なにより印象に残っています。
で、もう一人、新世代の天才シンガーとして当時大変な評判になったのが5位のモニカ「Don't Take It Personal」。当時14歳という非常に早熟な彼女は、この曲でいきなりブレイク。続いてシングルカットしたバラードの「Before You Walk Out Of My Life」で多くの音楽ファンをノックアウトしたのでした。彼女の活躍は、追って詳しく紹介できるはず。そういえば当時モンテル・ジョーダンとモニカのカップリングによる来日公演というのがあったんですよね。観ておけばよかった。。
話の展開上飛ばしてしまった2曲を紹介しておきましょう。3位はユーロ・ディスコ、ニキ・フレンチの「愛の翳り」。90年代前半はこの手のダンス曲が氾濫していて、相当うんざりした覚えがありますが、今回のようにヒップホップ、R&Bだらけの中にこういう曲がポツンとあると、妙にホッとするのが不思議です。この曲は1983年ボニー・タイラーのナンバー1ヒット(バラード)をダンス化したもので、その懐かしさも手伝って日本でもよくラジオで流された覚えがあります。続く4位は前年に「I'll Make Love To You(14週連続1位)」、翌年にはマライア・キャリーと共演した「One Sweet Day(16週連続1位)」と歴史的なメガヒットを連発していた当時のチャート王者、ボーイズ・II・メン。R&B流行りのこの時期でも日本の市場は結構保守的で、R&Bといえば唯一彼らだけのCDが好調に売れるという時期が暫く続いたものでしたが、今思えば隔世の感がありますね。エミネムのようなアーティストがオリコン1位なんて、到底考えられない時代でした(あ、でもスノーは売れたけど・・)。
6位は90年代のヒップホップ界を代表する人気グループ、ウータン・クランのメンバー、メソッド・マンが“ヒップホップ・ソウルの女王”メアリーJ.ブライジをフィーチャーした「I'll Be There For You」。それまでHOT100の上位に入ってくるヒップホップ系のヒットは、そうはいってもサンプルされているトラックが有名曲だったり、そうではなくとも非常に分かりやすいパーティ・チューンであったりと、何故大ヒットとなったのかがなんとなく理解できるものが殆どだったのですが、この曲に関してはメアリーJ.がマービン・ゲイとタミー・テリルのデュエットで知られる「You're All 〜」のフレーズを申し訳程度に歌っているとはいえ、気が重くなるような単調なトラックとラップが延々と続くという普通のポップスファンにしてみれば「どうしようもない」曲で、こんな曲がこれだけの大ヒットになってしまうことに、時代の移り変わりを痛切に感じさせられたものでした。
そういえばウータン・クランはこの何年か後に勢揃いで来日公演を行ったんですよね。泥酔状態のオール・ダーティ・バスタードが舞台の中央に座り込んで眠りこけてしまうという、我が国の芸能でいえば古今亭志ん生伝説の一席に匹敵する(ウソ)記念すべき場面に立ち会えた私は非常に幸運だったといえますが、それにしてもあの盛り上がりはなんだったんだろう。今思えば非常に不思議な来日騒動でした。
7位はミシガン州出身のアディナ・ハワード「Freak Like Me」。彼女もヒップホップとR&Bサウンドを融合させる試みの中で登場した女性シンガーでしたが、今となってはアルバムジャケットで「Do You Wanna Ride?」と挑発する、彼女の見事なお尻しか印象に残っていません。
最後3曲は非常に乱暴にくくればすべて“ブラック・オルタナティブ”と呼べるもの。8位「I Know」のディオンヌ・ファリスはアレステッド・ディベロップメントのメンバーとして活躍していた女性。非常にキャッチーな「I Know」は大ヒットとなりましたし、アルバムも後に“ニュー・クラシック・ソウル”と称されもてはやされる音楽に先駆けるものとの評価もされましたが、非常に不思議なことにこれに続く作品がチャートにまったく登場しませんでした。当時の彼女にいったい何が起こったんでしょう?詳しい事情をご存じの方、是非とも教えて下さい。
9位、10位はどちらも黒人のメンバーがフロントに立ったロックグループ。ブレシッド・ユニオン・オブ・ソウルズの「I Believe」はタイトルどおり少々ゴスペルっぽい雰囲気のある曲でしたが、他の作品は概ねロック寄り、時には非常にマニアックなロック調の曲もあったりしました。レオナルド・デカプリオが歌に登場する「Hey Leonardo (She Likes Me For Me)(99年米33位)」なんてヒット曲もありましたね。10位のフーティ&ザ・ブロウフィッシュはブレシッド〜を更にわかりやすくしたようなラジオ向きのロックバンド。いかにも大学出といった風情の4人の音楽は、中産階級の家庭に大いに受け入れられ(偏見?)彼らのファーストアルバム「Cracked Rear View」はその年最もセールスを上げたアルバムの一つに数えられるほどのヒットを記録しましたが、シングルカットされる曲のバリエーションがあまりにも少ない(というかどれも同じ曲に聴こえる)のが原因か、日本では今ひとつ人気が出ませんでした。アメリカ人は全然気にしなかったようですが。
(2003.6.10)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |