TOP10 HITS OF LAST CENTURY
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■ 日本レコード協会洋楽シングルチャート 1997年12月度

01 キャンドル・イン・ザ・ウィンド1997〜ダイアナ元英皇太子妃に捧ぐ/エルトン・ジョン(Mercury)
02 バタフライ/マライア・キャリー(Sony)
03 ティアーズ・イン・ヘヴン/エリック・クラプトン(Warner Japan)
04 チェンジ・ザ・ワールド/エリック・クラプトン(Warner Japan)
05 ラスト・クリスマス/ワム!(Sony)
06 プリーズ〜ライヴ・フロム・ロッテルダム/U2(Mercury)
07 オンリー・イフ/エンヤ(Warner Japan)
08 アイ・ウィル・カム・トゥ・ユー/ハンソン(Mercury)
09 ムーン・チャイルド/デビー・ギブソン(Columbia)
10 BE THE MAN/セリーヌ・ディオン(Sony)

 邦楽チャートでは安室奈美恵の「Dreaming I was dreaming」が1位を記録していた平成9年12月、洋楽チャートのナンバー1はエルトン・ジョンの「Candle In The Wind 1997(米1位/英1位)」でした。

 お読みいただいている当「ミーンタイム・メルマガ」の第1号が発行されたのはちょうどこの頃で、当時シングルチャート速報を担当していた私はその週のナンバー1ヒットとしてこの曲を紹介した覚えがあるのですが、それを“オールディーズ”として紹介してしまえるほどの歴史的蓄積が、当メルマガにも出来てしまったんだなと執筆者としてやや感無量なこの頃。今後も気をしっかり持ってやっていきたいと思いますのでよろしくおつき合いのほどを。さてこの曲、説明するまでもありませんが元英国皇太子妃を偲んで彼女の葬儀でエルトン・ジョンによって歌われ、世界中に映像が配信された“イングリッシュ・ローズ”版。世界的に大反響を呼び、アメリカではこのシングルがヒットチャートに登場した際既に「1,100万枚出荷済」のマークが付けられるほどの爆発的な反応を引き起こしました。

 なおこのヒットの後、エルトンは暫しこの曲を封印。それから暫くしてビリー・ジョエルとともに「ピアノ・マン・ツアー」で来日した際にはこの曲はビリーによって歌われました(代りにエルトンは、ビリーが別れた奥さんをモデルに作った「Uptown Girl」を演奏)が、先日の来日公演では“ノーマ・ジーン”版が演奏されたようですね。喪があけたのでしょうか?そういえばこの曲のシングル、アメリカでは既に廃盤になっている様子。エルトンが今後一切再発するつも りがないとしたら、いずれこの曲は「音源入手困難なヒット曲」になるのかも知れません。但し全世界に数千万枚のシングル盤が出回った後ですから、実際そうなるのは少なくとも百数十年後だと思いますが。。

 続いてこの月2位に入っているのはマライア・キャリーのバラード「Butterfly(英22位)」。この年発表された彼女の同名アルバムからのカットですが、アメリカではシングル発売されず、エアプレイチャートで最高16位を記録したのみ。この前年あたりからアメリカではアルバムロックに限らずどのジャンルでも「アルバムを売るためにシングルの出し惜しみをする」傾向が強まり、中でもそれを積極的にやっていたのがマライアも所属していたソニーでした。

 彼女を例にとってみれば、まずアルバム「Butterfly」からは先行シングルとして「Honey」がリリースされ、プロモーション・ビデオにおける露出度の高さも話題となって見事ナンバー1ヒットを記録。で、これまでであればその後シングルを立て続けにリリースし、TOP10ヒットの山を築いていくものだったのですがレコード会社はそれをやめ、ラジオとMTVではアルバムからの“新曲”をエアプレイしながら、店に行ってもその曲のシングルは売っていない→欲しければアルバムを買うしかない、という戦略をとったのです。

 これは考えてみればもっともな話で、曲を気に入って買ってくれるのならシングルより倍以上高いアルバムに手を伸ばしてくれた方がいいに決まっている訳でして。マライアでいえば、同アルバムからセカンドシングル「My All」が発売されたのは、アルバムリリースから半年以上たった頃で、これは既に落ち着きを見せ始めていたアルバム売上の“テコ入れ”の意味があったのでしょう。ただ、これだけ露骨に“商売第一”な姿勢を見せながらも「My All」はナンバー1ヒットとなった訳ですから、この時期の彼女が、まだ有無を言わせぬアーティストパワーを持っていたことを証明するエピソードでもあるのですが。

 この戦略を思い立った人は“有能なビジネスマン”として賞賛されてしかるべきでしょう。ただ、この“商売第一主義”がこの数年後、ヒットチャートにおけるシングル盤の時代の終焉(あくまでもアメリカにおける、ですが)という“一つの文化の死”を招くことになります。

 ・・長いことこのメルマガをお読みいただいている方には、今回のこのコーナーには何ら目新しい話題が紹介されていない印象があるかも知れません。でもほら、このメルマガがスタートした頃には、まだ小学生だった読者もいるかも知れないじゃないですか。お互い“歴史の証人”として、文化を後世に語り継いでいくことにしましょうよ。。

 3位、4位はもはや我が国洋楽マーケット定番中の定番となっているので説明の必要もないかも知れませんが「Tears In Heaven(92年米2位/英5位)」はこのコーナー初登場なのでちょっとばかし。ジェイソン・パトリック主演の映画「Rush」主題歌として大ヒットしたこの曲、同年発表された大ヒットアルバム「Unplugged」でもフィーチャーされてこの時期の彼を強く印象付ける一曲となります。

 この曲はクラプトンが長く波乱に満ちた人生を送った末に初めて授かった子宝を、転落事故で失ったことがきっかけに生まれたもので、かつてはローリング・ストーンズのキース・リチャーズとともに「ロック界、次に死ぬのは絶対こいつ」リストのトップに君臨していた彼が年月を経て“家庭の父”としての素顔を見せたことが大きな共感を呼び、世界的に“円熟したエンターテイナー”として受け入れられることを決定づけた作品でした。で、これが同系統の「Change The world」とともに、我が国ではしつこくCMで使われ続けているんですね。この傾向は現在も変わりません。

 5位はもういいですよね、省略。6位のU2「Please(英7位)」はアルバム「Pop」からのカット。イギリスのシングルチャートって何だか変な基準をやたら設けていて「収録時間何分以上はシングルとして認めない」とか「同じ曲の別バージョンは何枚までポイントに合算して良い」とか、どちらかというとヒットチャートを歪める原因になるんじゃないか?という決まりごとまで作っていたようなのですが(ここら辺の詳細は当メルマガバックナンバーに掲載されている懐かし野坂担当「UKチャート速報」をご参照下さい)、これはそれに乗じたライブバージョン。この時期U2はとにかくロックシーンの先頭を走り続けたい、という衝動にまだ駆られていた時期で、ベテランながら「オルタナ」として認められる数少ない(生来の“オルタナティブ”ニール・ヤングは別として)存在でした。一方で80年代の彼らが大好きだった世代には戸惑うところが多く、その“オールドファン”がやっと安心して聴ける作風に彼らが戻ったのは、つい最近のことになります。

 7位はエンヤの「Only If(米88位/英43位)」。彼女といえば80年代後半に「Orinoco Flow (Sail Away)(88年英1位/89年米24位)」及びアルバム「Watermark」が我が国でも輸入レコード店を中心に猛烈な売上を記録したのが印象深いところですが、その後も彼女の作品は出る度に日本でコンスタントにセールスを上げ、ある年などは「最もレコードを売った洋楽アーティスト」として表彰されたりもしました。この曲はアルバムアーティストとしてアメリカのニュー・エイジチャートの上位を独占し続けていた彼女が久々にHOT100に登場したことが話題となった曲で、「Orinoco 〜」とどこが違うんだ?といわれたら「同じ。」としかいいようのない曲調ではあるのですが、彼女の音楽には何年たっても一定した需要が存在することを証明しました。

 そういえば彼女の音楽、先日の戦争騒ぎで図らずもまたクローズアップされることとなりましたが、TVでワイドショーのコメンテイターが生真面目な口調で「今週のビルボードチャートで“エンヤさん”の曲が〜位まで上昇しており、これはアメリカ国民が音楽に癒しを求めている結果で・・」などと語っているのを聞くのは、なんだか奇妙で面白いものがありました。

 8位は当時の洋楽アイドルナンバー1、ハンソンの「I Will Come To You(米9位/英5位)」。彼らがこの年「MMMBOP(米1位/英1位)」でヒットチャートに登場した時は、新しいジャクソン5か?それともモンキーズ?というくらいの新鮮なインパクトがありましたが、その“ポップスの魔法”が続いたのはボーカルのテイラー君が変声期を迎えるまでのごく僅かな期間だけでした。「MMBOP」のヒットを受けて彼らがプロモーション来日を果たした際にはテイラーは既にレコード通りのキーでこの曲を歌うことは出来なくなっており、残酷ではありますが音楽ファンとしては随分がっかりしたものでした。なおこの曲、作家クレジットに60年代より活躍するベテラン夫婦、バリー・マンとシンシア・ウェイルの二人の名前が登場しており、オールディーズ好きには何だか嬉しい一曲でもありました。

 9位は懐かしデビー・ギブソンの「Moonchild」。80年代後半に若きシンガーソングライターとして登場した彼女は「Only In My Dreams(87年米4位)」を皮切りにヒットを連発し一時代を築きましたが、アイドルの宿命としてその活躍は約3年で一段落。90年代に入ると彼女のニュースはあまり耳に届かなくなりましたが、その間も地道に活動は続けておりこの年には自身のレーベルからアルバム「Debolah」を発表、そこに収録されていたのがこの曲でした。最後10位はセリーヌ・ディオンの「Be The Man」。これはこの2年前に大ヒットした「TO LOVEYOU MORE」と同様、ドラマの挿入歌として日本で独自にカットされたものですが、彼女はこれら“日本のみヒット”さえ霞む特大ホームランを翌年かっ飛ばすことになります。詳細は次回。

(2001.11.28)

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