TOP10 HITS OF LAST CENTURY
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■ 日本レコード協会洋楽シングルチャート 1999年12月度

01 When/シャナイア・トゥエイン(Mercury)
02 無造作紳士/ジェーン・バーキン(Mercury)
03 ラスト・クリスマス/ワム!(Sony)
04 ノー・アザー・ベイビー/ポール・マッカートニー(Toshiba EMI)
05 Eyes On Me featured in Final Fantasy VIII/フェイ・ウォン(Toshiba EMI)
06 2000〜21世紀の恋人たちへ/DiVa(Columbia)
07 マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン〜タイタニック・愛のテーマ〜/セリーヌ・ディオン(Sony)
08 恋人たちのクリスマス/マライア・キャリー(Sony)
09 ニューヨーク・シティ・ボーイ/ペット・ショップ・ボーイズ(Toshiba EMI)
10 バック・ヒア/BBMaK(Victor)

 邦楽チャートではプッチモニの「ちょこっとLOVE」が1位を記録していた平成11年12月、洋楽チャートのナンバー1はシャナイア・トゥエインの「When(98年英18位)」でした。

 いやー、ようやくここまで辿り着きました。昭和30年代から平成年間まで毎年。しかも「日本の洋楽ヒット」をテーマに。我ながらエラい。誉めて欲しいくらい。祝電は是非「ドラえもん電報」で。。

 ・・などと浮かれている場合ではなく、最後まで仕事はキッチリこなしましょう。シャナイア・トゥエインはカナダ出身のカントリーシンガー。なんてことはこのメルマガ読者だったらとっくにご存じでしょうし、私もシングルチャートコーナーを担当していた時期に散々書き尽くしました。

 95年に発表したアルバム「The Woman In Me」を累計で1000万枚以上売り上げ、カントリーを超えたスターとなった彼女が97年にリリースした「Come On Over」は、アルバムが出た途端に収録曲5曲が同時にカントリーのチャートに登場するというヒステリックな反応を引き起こしましたが、ことはそれだけでは済みませんでした。

 同アルバムからカットされたシングルはポップチャートのTOP40にも次々とランクインし、アルバムはバカ売れ。発売元のマーキュリーは彼女の作品をカントリーアーティストに対して比較的好意的なヨーロッパ市場にも紹介することとしました。それで講じられた策が、カントリー特有のフィドルやスティール・ギターの音色を控えめにし、替りにギターやキーボードを前面に押し出した“インターナショナル・バージョン”の制作。元々このアルバムのプロデューサーは、彼女の夫であり、それまでブライアン・アダムスやデフ・レパードなどメインストリーム・ロックのメガヒット盤を多数制作してきたロバート・ジョン“マット”ランジですから、作品の“ポップ化”なんてのは朝飯前。ガラっと模様替えしたアルバムに仕上がりました。

 この“インターナショナル・バージョン”、イギリスでは5曲のTOP10ヒットを生む大成功を収めましたが、これが今度はアメリカに逆輸入される形でポップ系のラジオ局で流れ始め(というかレコード会社がこの“海外バージョン”をラジオ局にばらまいたのですが)カントリーチャートとは別の動きでヒットを記録するようになります。

 以来カントリーアーティストがポップ市場向けに別バージョンを制作し、売り込みを図るというパターンは日常茶飯事となり、その末に現在のフェイス・ヒルの成功があったりする訳ですが、ここまではメルマガバックナンバーのおさらい。その時シングルチャートコーナーではこの「When」の話題は出なかったのですが、それは何故かというと、最終的にアメリカでカントリーチャートを含め10曲のチャートヒットを生んだ「Come On Over」、そのヒットリストにこの「When」は含まれていなかったからなのでした。

 恐ろしい。10曲のヒット曲を生みながら、まだ「When」のようなキャッチーな曲が残っている「Come On Over」って・・。ちゃんと確認できなかったのですが、この時ヒットしているのは確か曲に2度めのタイアップ(ドラマの主題歌?)がついたからで、なんでレコード会社(の担当者)はこの曲に異常に執着したのか解りませんが、とにかくこの程度のヒットは記録したのでした。

 続いて2位もドラマ絡み。“アクァボゥン”「無造作紳士(L'aquaiboniste)」はドラマ「美しい人」主題歌。よくこんな曲使いますねー。何にしてもこれをきっかけにジェーン・バーキンの過去の作品が次々とCD化され、ドラマで彼女を知った人々がそれを買い、すぐに飽きてそれを売り、中古屋に大量に出回り、マニアがそれを安値で入手する、という嫌な“レコード食物連鎖”が起こったのでした。万事こんな感じだからコレクターは「ハイエナ」とか「ヤクザ」とか言われるのですが「だってそうなんだもーん(はぁと)」などと開き直りつつ、日々生活をしております。

 3位、7位、8位はもういいです。4位はポール・マッカートニー「No Other Baby(英42位)」。この時期の彼はR&Rアルバム「Run Devil Run」をリリースした頃で、古くからのファンには比較的好意的に受け入れられたのですが、ヒットチャート的には今一つでした。そういえば彼、現在ニューアルバム「Driving Rain」からの曲が久々にHOT100入りを果たしていますが、今週まで2週連続97位という状態。今後これ以上の展開はあるのか?

 5位は香港のシンガー、フェイ・ウォンの「Eyes On Me」。この曲はタイトルにあるとおりゲームソフトのテーマ曲として発売されたもので、これまでのヒットチャートの流れを見ると映画主題歌、TVのタイアップなど様々なメディアとかかわりを持ちながらヒット曲が生まれてきたところに「ゲームソフト」という新しいメディアが登場した、という見方が出来ますね。その後ゲームから生まれた洋楽ヒットは現在まで見られませんが、邦楽チャートの方では時折奇妙な曲が顔を出すことがあります。

 フェイ・ウォンの方はそれまで映画ファンとか、アジアン・ポップス好きとか、色々と口煩いファンが多くついていたのですが、この曲のヒットでそれらとはまったく違ったタイプのファンが急増し、武道館公演が即日完売するほどの盛り上がりが見られました。

 6位は「2000」のDiVa。聞き馴れない名前ですね。調べてみたところこのグループは詩人谷川俊太郎の息子、賢作が結成し、音楽にのせて現代詩を歌う・・って全然洋楽じゃないじゃん!師走の忙しい時期にこんなことまで調べさせて。。アルバムの参加アーティストを見ると、元ピチカート・ファイブの高浪敬太郎をはじめ、佐々木麻美子、野田幹子・・と“プレJ-POP期”の日本のポップスを知る者にはなんとも懐かしい名前がいくつも確認できます。

 9位はペット・ショップ・ボーイズ「New York City Boy(英14位)」。90年代もイギリスや日本でコンスタントにヒット曲を飛ばし続けた彼らですが、この曲は珍しくアメリカのチャートにもちらっと登場しました(セールスチャート53位)。最後10位は“白馬の王子様”ボーイズバンドBBMAKの「Back Here(英37位)」。この曲は後にアメリカでも灯がつき、TOP40入りを果たしたことは以前メルマガで紹介したとおり。

 なおここ何週間か紹介してきた日本レコード協会のヒットチャート、これはこの翌月、2000年1月のチャートをもって発表をやめてしまいます。ということで後半は駆け足になってしまいましたが、とりあえずこのシリーズは無事終了。長い間おつき合い頂き有難うございました。

(2001.12.19)

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