TOP10 HITS OF LAST CENTURY
Presented by meantime

■ The Billboard HOT100 December 12, 1970

01 The Tears Of A Clown / Smokey Robinson & The Miracles (Tamla)
02 I Think I Love You / The Partridge Family (Bell)
03 Gypsy Woman / Brian Hyland (Uni)
04 One Less Bell To Answer / The 5th Dimension (Bell)
05 I'll Be There / The Jackson 5 (Motown)
06 My Sweet Lord/Isn't It A Pity / George Harrison (Apple)
07 Black Magic Woman / Santana (Columbia)
08 No Matter What / Badfinger (Apple)
09 Does Anybody Really Know What Time It Is? / Chicago (Columbia)
10 Share The Land / The Guess Who (RCA)

 先週末のTVでは別件の“御目出度い”報道があったためすっかり隅に追いやられてしまった感がありましたが、「ジョージ・ハリソンが亡くなった」というニュースに対しては、方々の音楽サイトやメーリングリストに大量の追悼書き込みがあったようです。

 音楽ファンにとってみれば、こちらの方が断然重大事件な訳ですから、当メルマガでも、当メルマガのスタイルで彼に対する哀悼の念を表したいと思います。今回取り上げるチャートは、彼がソロアーティストとして初めてビルボードのTOP10入りを果たした週のもの。上位から順に紹介していきましょう。

 この週のナンバー1は、スモーキー・ロビンソンとミラクルズの「涙のクラウン」。1960年代後半から70年代にかけて、モータウン・レコードは大きな変革期にあり、ダイアナ・ロスはシュープリームスから独立しましたし、マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーはスタジオに篭って独自のサウンドを模索し始めるなど、かつて鉄壁を誇っていた“デトロイト・サウンド”の時代は終焉を迎え、やがてレーベルはアメリカ西海岸に本拠を移していくことになります。

 レーベル立ち上げ時よりモータウンの隆盛に尽力してきたスモーキーも、この当時既にミラクルズと共にツアーに明け暮れる毎日から身を引き、ソロとしてマイペースな活動に移ろうと考え始めていたようなのですが、そこで“事故”のように起こってしまったのがこの大ヒット。1967年に録音され、アルバム中の1曲として発表されていたこの曲は、1969年にイギリスで何故か「Tracks Of My Tears(65年米16位/69年英9位)」がヒットしたことを受けて“涙つながり”でシングルカットされ、それがなんと1位を獲得。アメリカでもこれにあやかりシングルをリリースしたところ、ご覧の結果となりました。

 結局彼はこの成功のためグループ在籍をあと2年延長することとなり、念願のソロデビューを果たすのは1973年に入ってからのことでした。この時期のミラクルズの作品にもいいものは多いのですが、さすが一時の充実ぶりは感じられないものが大半を占める印象があります。

 で、モータウン、終わりがあれば当然始まりもある、ということでこの時期も っとも勢いのあったグループ、この週5位のジャクソン5「アイル・ビー・ゼア」も一緒に紹介。この前年後半に“ダイアナ・ロス・プレゼンツ”の鳴り物入りで「I Want You Back(米1位/英2位)」をナンバー1とした彼らは、その後立て続けにシングルをチャートのトップに送り込み、この曲は4枚目にして初のバラード曲。マイケルの30余年に亘るキャリアの中でも屈指の名曲と思われるこれは1位になるばかりでなく、彼らにとって最大のヒット(5週連続1位)にもなりました。意外にもジャクソン5としての1位獲得曲はこれが最後となりますが、そんなことは気にならないくらいの大活躍は、以降も続きます。

 今度は2位の曲を。「悲しき初恋」のパートリッジ・ファミリーはTVドラマから生まれた架空のファミリー・グループ。60年代後半に活躍した家族バンド、カウシルズが元になっていると思われる「母親と子供たち」という基本コンセプトに、かつてモンキーズで成功したTV制作上のノウハウが結びついて彼らは一躍人気者となったばかりでなく、メイン・アクトのデヴィッド・キャシディーは70年代前半を代表するトップアイドルの地位を手に入れました。

 3位はブライアン・ハイランドの「ジプシー・ウーマン」。彼は以前このコーナーの60年代の回で取り上げたことがあったかも知れませんが「Itsy Bitsy Teenie Weenie Yellow Polkadot Bikini(『ビキニスタイルのお嬢さん』60年米1位/英8位)」をはじめ、ヒットを数多く放ったシンガーで、64年のビートルズ登場以降も多くのポップシンガーがチャートから姿を消す中、マイナーながら地道にヒットを重ねていましたが、デル・シャノンがプロデュースしたこのインプレッションズのカバーでヒットチャート最前線に復活。このヒットは当時の「R&Rリバイバル」の風潮も大きく貢献してのことと思われますが、残念ながら彼の活躍は、その後そう長くは続きませんでした。

 4位のフィフス・ディメンションは60年代後半以降“黒人版ママス&パパス” としてヒッピー色の強いポップソングを次々とヒットチャートに送り込む大成功を収めたグループですが、この時期になるとよりアダルトな“イージー・リスニング”路線を展開。バカラック作のこの曲も好評で、この後約3年に亘って同系統のヒット曲を次々と発表し続けました。

 で、話はようやく6位の「マイ・スウィート・ロード」へ。ビートルズの解散が確定的となったこの年、メンバーは各々のプロジェクトに向かっていった訳ですが(考えてみるとバンド解散後も、メンバーたちが同じレーベルで活動を続けるというのは面白いですよね)その中で「All Things Must Pass」という3枚組の大作を発表したのがジョージでした。

 当時の彼の意気込みが伝わってくるこの曲は大ヒットを記録し、ビートルズのメンバーで最初にソロでナンバー1を獲得するに至りましたが、その後が厄介なことになります。それが有名な“「He's So Fine」盗作騒動”。

 60年代のガールグループ、シフォンズが吹き込んだ「He's So Fine(63年米1位)」に「My 〜」のメロディが酷似しているというこの一件、確かに聴いてみればそのとおり。ジョージ本人はむしろエドウィン・ホーキンス・シンガーズの「Oh Happy Day(69年米4位)」を意識したと言っているようなのですが、意図する、せざるに関係なくここまで似ていたら文句は言えない。

 ただ、この「He's 〜」の版権を買い上げ、訴訟をおこしたのが元ビートルズのマネージャー、アラン・クラインというのがややこしい。結局この一件は彼の音楽性がどうこう、というより単なる“おちょくりネタ”に堕してしまった感があり、女性カントリーシンガーのジョディ・ミラーが「My 〜」にそっくりなアレンジの「He's So Fine(71年米POP53位/C&W5位)」を発表したり、本家シフォンズがご丁寧に「My 〜」を逆カバーしたりと、すっかり“イジられまくり”の状態に陥ってしまったのでした。

 考えてみるとビートルズって面白いグループで、ツッコミキャラのポールに対して「シニカルなボケ」「人なつっこいボケ」「寡黙なボケ」と強烈なボケキャラが3人いるという編成なんですよね。ただ、ジョージ本人はイジられて“オイシイ”と思えるような人ではないとは思うんですけど。。と、なんだか話が脱線してしまいました。個人的に私は彼に強い思い入れはないのですが(ビートルズでいえば“ポール派”です)、ニュースを目にした時は「どんな成功を収めた者にも、例外なく死は訪れるんだな。」というまさに「All Things Must Pass」な思いにかられたのは確かでした。

 残りの曲は駆け足で。このチャートにビートルズ関連のヒットがもう一曲登場しているのでそれを先に取り上げておきましょう。8位のバッドフィンガーはビートルズの弟分バンド、アイヴィーズとしてこの前年に「Maybe Tomorrow(69年米67位/英4位)」のヒットを記録していたグループで、改名後の第一弾ということで御大ポールが書き下ろしたこの曲を発表したところ見事TOP10入り。彼らは基本的にメンバーのトム・エヴァンスやピート・ハムの自作曲を中心に演奏していたので、この曲は異色といえるのですが、非常に判り易いポップさで、彼らの名刺替わりのヒットとなりました。

 7位はサンタナ「ブラック・マジック・ウーマン」。日本でも大当たりしたこの曲は今聴いても充分怪しさ漂う名曲ですが、彼がこの30年後に最大の成功を迎えることを予想した人は、というより30年後も彼がプロのミュージシャンとして活動を続けていると考えた人は、サンタナ本人も含めていなかったでしょう。

 9位はシカゴの「一体現実を把握している者はいるだろうか」。彼らはこの年 に発表したセカンドアルバム「シカゴと23の誓い」が大ヒット、シングルも「Make Me Smile(『ぼくらに微笑みを』米9位)」「25 Or 6 To 4(『長い夜』米4位)」とTOP10ヒットが続き、そこでリリースされたのが彼らのファースト「Chicago Transit Authority」に収録されていたこの曲。彼らはアルバムアーティストということで、当初はあまりシングルを切らない戦略をとっていたのかも知れません。時代が早すぎたのかこの方針はすぐ覆され、ファーストからは翌年にも「Questions 67 And 68(71年米24位)」と「I'm A Man(71年米49位)」のカップリングでシングルがリリースされています。その後の彼らの活躍はご存じのとおり。

 最後10位は現在再結成ツアーが継続中のはずのゲス・フー。60年代後半から70年代前半にかけて味わい深いロックヒットを連発したカナダのバンドでした。この「Share The Land」は、今聴いてみるとサビの部分がドビー・グレイの「DriftAway(73年米5位)」を思わせるところがありますが、「Drift 〜」がこの曲に発想を得て作られたものだとすれば、完全に“パクられ負け”してますね。「Drift Away」の方が全然いい曲ですから。

(2001.12.14)

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