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2位に入っているのはドン・マクリーンの「アメリカン・パイ」。マドンナのカバーも記憶に新しいこの曲は、R&Rの歴史をシングル盤両面8分数十秒に亘って辿ったユニークなもの。ちょうどこの頃50年代から60年代前半のR&Rが見直される風潮があり、その流れもあっての大ヒットであったといえるでしょう。この歌に登場する「バディ・ホリーが死んでR&Rが終わった。」というフレーズは、このヒットの数ヶ月後に封切られた映画「アメリカン・グラフィティ」にも印象的に登場しており(劇中で語ったのは若き日のハリソン・フォードでしたよね)、この曲が如何にR&R世代のリスナーに感銘を与えたかを物語っています。
続いて3位はスライ&ザ・ファミリー・ストーンの「ファミリー・アフェア」。この曲は現在彼らの最高傑作と評価されているアルバム「There's A Riot Goin' On(暴動)」に収録されていた、チャカポコいってるリズムボックスが印象的なファンクナンバー。60年代後半からこの頃までヒットチャートを荒らしまわった彼らでしたが、この時期には作風が初期の躍動的なものからクールでシニカルなものに変貌。その後も「Runnin' Away(72年米23位)」「If You Want Me To Stay(73年米12位)」と同系統のヒット曲が続きましたがチャート成績は次第に低迷、70年代半ば以降はスライ自身のトラブルも重なって活動がスローダウン。現在は“R&B界のブライアン・ウィルソン”的隠遁生活に入って長くなります。
ところでこのシングルにはスライが立ち上げた「ストーン・フラワー・プロダクション」のクレジットが見られますが、彼は同名のレコード・レーベルも立ち上げて彼の妹も参加しているガールグループ、リトル・シスターをデビューさせ、70年にやはりリズムボックスが耳に残る「Somebody's Watching You(米32位)」や「You're The One(米22位)」といったヒットシングルを発表しています。私はこのグループが非常に気になっているんですが、彼女たちは当時アルバムを発表していたのでしょうか?あったら探し出して聴いてみたいところ。ご存知の方がいらしたら、是非教えて下さい。
4位はスリー・ドッグ・ナイトの「オールド・ファッションド・ラヴ・ソング」。膨大な数のヒット曲を生んだ彼らは、当時未だ無名のソングライターの作品を取り上げ、彼らをブレイクさせる名手でもありましたが、この曲を作曲しているのはカーペンターズの一連の名曲や、俳優として映画「ファントム・オブ・パラダイス」における怪演で知られるポール・ウィリアムスの作。この曲を彼らが初めて耳にしたのはウィリアムスが作曲のパートナー、ロジャー・ニコルスとともに制作したデモ録音集だったそうで、彼らがこの曲に先駆けて発表した「Out In The Country(70年米15位)」やカーペンターズの「We've Only Just Begun(70年米2位)」等も収録されていたこの“伝説のデモ集”は先日日本のみでCD化され、我々も耳にすることが出来るようになりました。が、そこにこの「オールド・ファッションド〜」の姿はなし。ウィリアムス単独作品の為はずされたのでしょうか?それともバンドが耳にしたデモ集とは別物なのでしょうか?“デモ集”CDの詳細はこちらをご覧下さい。
音楽的に“過渡期”という印象のこの時期には、様々なアイドルグループが登場し、ヒットチャートで活躍しましたが、面白いことにこのチャートではそれらアイドルグループに所属しながら、ソロ作品も発表するという今でいう“モーニング娘。から後藤真希”“TOKIOから長瀬智也”なヒットが3曲も登場しているので、まとめて紹介しておきましょう。
5位のマイケル・ジャクソン「ゴット・トゥ・ビー・ゼア」、9位のデヴィッド・キャシディ「チェリッシュ」、10位のダニー・オズモンド「ヘイ・ガール」がそれ。説明の必要はないかもしれませんがマイケルは当時ジャクソン5に在籍中、デヴィッドはパートリッジ・ファミリー、ダニーはオズモンズと、トップアイドルの座を巡って熾烈なチャート争いを展開していた時期でした。各グループでそれぞれフィーチャーされていて、しかも作風は過去の曲のカバーなどグループより保守的な作品を発表と、いずれも似たような形でリリースされたこれら、音楽的に評価はし辛いものの、ヒットチャートの華やかな一面を飾るものとして記憶にとどめておくべき価値はあります。
6位はシカゴのR&Bグループ、チャイ・ライツの「恋はつめたく」。この時期のシーンに続々と登場したファルセット中心のボーカルグループ群の中で、彼らはとりわけポップチャートで印象深いヒット曲を残したグループでした。メンバーのユージン・レコードは高い作曲能力も持ち合せており、この曲やこれに続く「Oh Girl(72年米1位)」など後世のアーティストが挙ってカバーする名曲を生み出しています。
7位と8位には渋い曲が登場していますね。「スコーピオ」のデニス・コフィはモータウンの作品などに参加していたセッション・ギタリストで、如何にもこの時代のR&Bといった感じのラテン・パーカッションが印象的なこの曲でブレイク。これは今のクラブでかかっても十分気持ちのいいグルーヴ感があります。彼はディスコ時代に入ると今度は“C.J. & CO.”なるグループを結成、77年には「Devil’s Gun(米36位)」というヒット曲を生みました。8位「サンシャイン」のジョナサン・エドワーズはヴァージニア出身のシンガーソングライター。この曲は「ビューティフル・サンデー」系というか、爽やかで、アコースティックで、ポップな感じ。彼はその後カントリー畑で活躍したようです。
(2002.1.1)Flashback Homecopyright (c) 2000-2003 by meantime, all rights reserved. |