恥の多い生涯を送って来ました。

ベースを手にして早6年、想えば色々やってきました。
だからといってそれほど上手いというわけじゃない。
これを参考に、もし、セッションしたい方おりましたら連絡ちょ。


1989.1  僕はふつーに卓球部に入りながら、
      ふつーにクラスの友達とつるんで、
      ふつーに塾の帰りに駄菓子屋でチェリオを飲みベビースターを食し、
      ふつーの中学ライフを満喫していた。
      しかし・・・・・
      ある日「CDian」のCMを見て、「誰なの!?この凄い頭の人たちは!」
      あー、バックティックっていうんだ。(爆)
      「JUST ONE MORE KISS」をラジオなどでチェックして聞いてた。
      なんてポップな曲なんだろう。
      それにしても、あのあたまかっこいいなぁ。
      そして数日経ってとんでもない事件に遭遇することになるのだ。

1989.2  友達から「TABOO」のテープを借りたのだ。
      ラジオで録った「JUST〜」より音がいい!そして何よりもフルコーラス!!
      当時僕はCDなるメディアを利用できなかった。
      音楽の情報源は友達が持っているテープのみ。
      んで、BOOWYやTMや長渕や米米、とんねるずぐらいしか聴いてなかった(爆)。
      「とりあえずTABOOとやらを通して聴いてみるべ」
      一曲目でいきなり脳髄にカウンターパンチが下された。
      クソみたく言うなら”ビビビッ”ってやつだね。
      そして、訳あってB-Tが活動休止。
      自分の中でB-Tが漠然とした神秘性を帯び始めるのであった。

1990.1  当時はTABOOと並行して歌謡曲をいろいろ聴いていたのだ。
       Winkはよく聴いていたなぁ。実は初めて買ったCDはWinkだったのだ。
      あと、ジュンスカやユニコーンを聴いてたな。
      ある日三宅裕司のヤンパラの「ポップン王国」で、
      Xの「紅」が掛かったのだ。
      うおぉぉぉぉ!速いよ!激しいよ!
      そういえば、「元気が出るTV」もよく見ていたから、
      「ヘビメタ」のコーナーで爆笑しながらも、密かに憧れていた節はあった。
      そして又別の日に「ポップン王国」で「悪の華」が掛かったのだ!!!
      「あ!BUCK-TICKが帰って来たぁぁぁぁぁぁ」
      悪の華のかっこよさに織田裕二もビックリ!!!
      勿論発売日に買ったね!!!

1990.2  中学卒業の記念に友達のまこと君とRemixテープの製作に取りかかる。
      その内容は、
      「スケベ(SkipBeat)」「なこといいな、出来たらいいな」と、
      桑田バンドとドラえもんを混ぜたり、
      「おそ松のズボンを」「脱がさないで」と、
      細川たかしとおニャン子を混ぜたり・・・。       
      これって、今流に解釈するならば”ダブ”や”サンプリング”なのかな?

1990.4  新入生だった自分は実はこの時ブラバンの勧誘を受け、
      ベースを触っていたという事実が発覚。
      しかし、サックスの方が何かかっこいいな。
      この時ブラバンに入ってたら今の自分はいなかったはずです。
      ブラバンに入らず何をしてたかというと、ナンパでハンパな野郎でした・・・。
      かといって、自分にはナンパを実行する能力もなく、
      だんだんとそこから遠ざかり、レンタルCDに入り浸りはじめました。
      何を聴くかと思えば、バイセクだったり。
      今のヴィジュアル系を非難する資格全くなし・・・。

1991.9  高校2年、筋少好きの純平ちゃんの家でギターを触る。
      ぞくぞくっ。何だこの感触は!?
      ZIGGY好きの享平のギターも触る。
      その1週間後、BOOWY好きの石井君からベースを買わない?と言われ、即決。
      ギターより弦が少ないしね・・・

1991.10  タブ譜の読み方を教わり、楽器屋でICONOCLASM(B-T)の反復フレーズを、
      「0.5.3.0.3.0.5.3.」ぶつぶつ呟きながら家へ帰り、練習。

1991.12  中学校以来の友達(章司くん)&享平&僕の3人で”ブルカンバンド”結成。
       享平がBLUE BLOOD(X)出来たので、僕はおまけ。
       後はお約束NO NEW YORK(BOOWY)。
       ちなみに、”ブルカン”って青姦から生まれた造語。

1992.2   「大槻ケンヂのオールナイトニッポン」のコーナー”オッパイメン”に触発され、
       純平ちゃんとユニット結成。
       その名も”V2 MKU”。小室&ヨシキをある意味越えた。
       純平ちゃん宅で”オッパイメン”オリジナルデモテープ製作。
       シングル「悪の華/0πMANの唄」(両A面)

1992.3   充電期間。自宅にてオリジナルノイズテープ製作。
       
1992.5   BUCK-TICKスコアブック「殺シノ調ベ」購入。
       この頃ギターの練習も始める。
       「悪の華」、「...IN HEAVEN...」、「スピード」あたり。

1992.8   「高校最後の学祭に出よう!」純平ちゃんの呼びかけで
       伝説のD・M・S(どうする!?松崎しげる)結成。
        on Vocal;JUNPEI
        on Guitar;KYOUHEI
        on Bass;NOZOMU
        on Drums;SUDO 

1992.11  いよいよ学祭。D.M.S視聴覚室にてライヴ。 
       BOOWYとB-TとZIGGYの入り混じったそれはそれは変なバンド。
       無謀にも、「ICONOCLASM」を私めがヴォーカル&ベースを取ったのでした。         

1993    いつの間にか受験生に。
       この頃は電気グルーヴのオールナイトを聞きながら勉強してたな。
       相変わらず息抜きにベースを弾いてました。

1994.1   さあ、いよいよ受験もラストスパートです!
       おーっと、ノゾム選手、原チャリで事故ったぁぁぁ!
       予備校の2限目に間に合うでしょうか!?
       おーっと、救急車の登場です!
       ノゾム選手、運ばれています、運ばれています!
       どうやら骨折のようです!

1994.4   気がついたら去年と同じ予備校にいる(爆)。
       でも、去年よりもいいコースに進んでいる。
       友達はもう大学生なので、帰りに一人でインディーズCDを探すようになる。
       黒夢の「中絶」とか。
       あぁ、だんだん不健全なモノを欲しているぅぅぅ。
       この頃から髪を伸ばし始め、ますます変態化の一途を辿る。

1995.4   晴れて大学生に。
       「ゴーマニズム宣言」片手に社会派気取りしてみたり、
       合コン三昧のキャンパスライフという甘美な幻想を描いたり。
       家庭教師のバイトやってみたいなって思ったり。

1995.5   社会派気取りしたところで講義はつまんないし。
       カッコがカッコだけに女の子の友達できないし。
       バイトはクール宅急便の仕分け(深夜)で男だらけの水泳大会・・・。

1995.7   久しぶりにバンドをやる。
       BUCK-TICKのコピーバンドだが、メンバー全員B-T好き。
       やっぱコレだよな。
       FxxK THE ナンパサークル!!!
       実はこの頃、先輩のH.I.さんに「大塚寧々のノボリ欲しい?」と言われ、
       眠っていたアイドル魂に火がついてしまったのである。
       (浪人中からヒナのヤンマガは買ってたんだけどね) 
     

ぷろひぃるにもどりんちょ

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