あとがき
完成の感慨に身を任せ、思う所をぐちゃぐちゃ綴ってみようと思います。
なんとも長い時間が経ちました。自叙伝が発売されたのが1999年の2月21日。それを読み進めながら、感動に胸を熱くすると共に、ひとつの衝動に駆られました。これを写真観賞用にしている人がいるなんて、なんて勿体ないんだろう。少しでも、内容が分かるようにしてあげたい。当時の韓国語の実力を考えると、なんておこがましい考えが出来たものだと、我ながら呆れかえってしまいます。実際、今でも基礎からの出口を手探りで探っている状態なのですから。
弟にHPの作り方を習い、4月に「うさこ せんがく」を立ち上げました。それから約2年間。至らないところの多い、でこぼこなものとなりましたが、一応完成という形になりました。こんなに長い時間がかかってしまい、開始当初から完成を待って下さっていた皆さんには「期待させて申し訳ないです」の一言に尽きます。この2年間、掲示板やメールを通して色んな方が激励のメッセージを下さいました。何度も「やっぱり自分にはこんな翻訳無理だ」「何を思い上がってこんなことやってるんだろう」と思ったけれど、皆さんのメッセージと、文中で幾度も繰り返される「責任感」の言葉に後押しされて、最後までやり遂げることが出来ました。心から感謝しています。
5分前に調べた単語をまた調べている自分に気付いた時、とんでもない誤訳を見つけた時、なんともやりきれない気持ちになりました。でも、彼らが綴ったことを出来るだけ完璧に近い形で理解したいという思いから、一文一文と真剣に向き合うことが出来ました。韓国語を学ぶ場がない私にとって、自叙伝は最高の教材で、HPは教室だったように思います。もっとも、どうしても分からない場合は韓国人の友達にメールや電話で助けを求めたのですが、「こんな言い回しは普通はしない。」「こういう人達が書いた文章で勉強すると間違った韓国語を覚えてしまうよ。」という批判の声もありました。でも、買っても手をつけずに山積みになっているテキストよりも、手垢だらけでボロボロのこの自叙伝が、財産なのだと思います。そして、自分勝手な苦労をした分、彼らへの理解と愛情が、何とも言えない親しみをもって深まったように思います。
遅々とした翻訳作業が進む中、H.O.Tにも色々なことがありました。これは3集の活動中に書かれたものです。2001年1月現在、既に5集まで発売されています。この2年にも彼らには様々な変化や成長があったのではないでしょうか。これから先、彼らがどのような道を歩んでいくのか、自叙伝以外の文書や歌を翻訳しながら見守っていきたいと思います。科学技術の発展に伴い、徐々に私の稚拙な翻訳も必要ない時代がやって来ていますが、私は自分のためにも、これまでのスタンスのまま頑張っていこうと思います。そして、誤訳、誤字脱字の可能性と、私の手を通すことで彼らの言葉のニュアンスが変化してしまっているであろう事をお断りしておきます。ど素人であることをご了承下さい。今まで応援して下さった皆様、ありがとうございます&これからもよろしくお願いします☆
2001年1月29日
うさこ