H.O.T Fighting!!


 1集と2集の活動はそれなりに順調だった。だけどしばらく後に3集のリリースを控える今、自分なりの原則を一つ決めた。出来るだけ、放送出演よりもコンサート活動を通してファン達ともっと近くで会おうと・・・。
 S.E.Sと一緒に日本の放送局に通ってみて益々切実に感じた。
 『我が国の放送局もこの程度になればどれだけ良いだろう。』
 まず施設の面でかなりのスタジオを移動してきたかのように完璧だった。だから放送を通してあんなに素晴らしい音が伝わる以外ない。何よりエンターテインメントをする人に対する礼遇が並外れていた。大部分録画放送だったけれど、歌を歌う歌手がコンディションがベストの時まで待ってくれる。その次に録画をして、また録音室でレコーディングをして、音響もCDを聞くよりもずっと完璧に調節して出す。アメリカも状況は同様だ。
 「マイクをあげるから歌え。」
 韓国の放送局で受ける感じだ。歌を歌う当時の歌手のコンディションや状況はあずかり知るところではない。ただぎゅうぎゅうのスケジュールのままに動く、それだけだ。
 歌手達が使う控え室もまた、どうか。誰もがドアをばっと開けて叫ぶ。「おい、準備できたか?」
 もし歌手達の主たる活動舞台である放送局で十分に礼儀正しい待遇をしてくれるのなら、歌手自らそういう礼遇に対する恩返しとしてでも益々一生懸命するだろうにと思う。
 エンターテイナーの自尊心を守ってくれる風土が惜しい。勿論エンターテイナー自身の自尊心を守ろうという努力も平行しなければならないが。先輩達でさえ最近のダンス歌手達をけなす話をする。
 「あいつら歌なんて碌に歌えるもんか、ふん・・・」
 周りで月並みに聞く言葉だ。だけどむしろ反問したい。どんなに歌が上手い先輩歌手といっても、あの程度のダンスを踊りながら歌を完璧に歌える人がいますか?と。そんな論理のままでは我が国の大衆は素晴らしいダンスなんて最初から見物できない。先輩達の時代には歌が歌手を評価する重要基準だったとすれば、最近はその幅がずっと広がったと思えばいけないだろうか。社会が多様になって歌手の要件も多様になったのだ。歌とダンス、そしてスタイルを通してもっと完璧な「見せ物」を提供するのがエンターテイナーの任務ではないだろうか。
 僕自身がはるか低い後輩の身分だけれど、H.O.Tというまた違った後輩達を見守る立場から頼みたいことだ。後輩達をあんまり罵倒ばかりしないでよい方向に引っ張って欲しいと。後輩達がよりよい土壌で自分達の隠れた「才能」を思い切り発現出来るように配慮して欲しい・・・・・。
 そして後輩H.O.Tへ。
 芸能人にとって軍隊は活動の脈を切らなければならない重要な時点だ。とにーを除いてはみんな軍隊問題について悩んでいるだろう。僕もやはり軍隊に行けば人生が終わると思った経験があるから言ってあげたい言葉がある。知っての通り僕は軍隊で完全に生まれ変わった。曲を書いて音楽の勉強をしたからだ。ある人にはH.O.Tがこれ以上登るところにないグループに見えるかも知れないが、とんでもない。これまで彼らと共に過ごして感じたことは「恐ろしい底力の持ち主」だということだ。決して現状に満足する彼らではない。そうといっていつも1等だけ取れという意味ではない。
1等、2等が重要なのではなく、いい音楽をやるミュージシャンとして最善を尽くして・・・彼らはそうすることの出来る「力」が充分にある。
 韓国音楽史にひと区切りの線を引く、未だにふるいにかけているかのような大衆文化を先立って引っ張っていくH.O.Tになることを先輩の立場で敢えて願う。
High-five Of Teenagers Fighting!!