「21ヶ月
〜シンガーソングライター槇原敬之の時間が止まった時」
〜「生きてることを奇跡だと思う瞬間がある」 槇原敬之
空白の21ヶ月を自ら語る〜 |
私の記憶のみで申し訳ないけれど、少しでもラジオの雰囲気が伝われば幸いです。
page1 page2 page3 page4 page5 page6
街から槇原敬之の曲は消えた。2000年に入ってから二枚組みのベストアルバムが発売されたが、それは彼の復活を予期させるものではあったけれど、そこからは彼のメッセージは聞こえてこなかった。
彼の曲が消え、そして表面的には槇原敬之の話題は出てこなくなった。しかし、そんな中で、槇原敬之の話題で盛り上がっている場所があった…それは、インターネットの世界である。勿論、槇原敬之のファンの人達もそうだが、やはりここでもまた、心無い噂を流す人達もいた。
街にはたくさんの歌が溢れ、もう、槇原敬之の歌が入りこむ隙間がないように思われた。
彼は番組の中で、坂本龍一・矢野顕子夫妻からの、心からの誘いに応じてノーギャラでコンサートなどに出演したこと、そして、そこで「お金のためではなく、本当に歌うという意味」を思い出したことを語った。
かつて、アマチュア時代にガラガラのライブハウスで演奏した時に、外国人の女性が感動してお金をくれた。
「あなたの声は本当にキレイ。ガンバッテ」
と、カタコトの日本語を話しながら、彼女にとって精一杯の金額である500円玉を一つを受け取った時、お金をもらうよりも、もっと沢山のものを貰った気持ちになったこと…。自分の歌が、誰か一人のためでもいいから役に立てば…と思って上京した時の気持ちだったこと…そんなことを、坂本龍一夫妻のおかげで思い出したと言う。
また、彼は、報道に関しては口調を強めて批判した。「今の報道は思いあがっている。事件をきっかけに、ただおもしろおかしく祭り上げているだけなのだ」
悪いことをしたのは事実だし、それを隠していこうとは思っていないけれど、一緒につかまった友達は芸能人である自分と一緒だったために、イタズラにおもしろ半分に、そしてスキャンダラスに報道される立場になってしまった。自分のニュースとは別に、彼のことだけが夕方のニュースで話題に上っていることを知った時、槇原敬之は友達に対して本当にカワイそうなことをした、と思ったという。
自分は年上だったのに、「それはダメなことだよ」と1度も口にしなかったことを彼は悔やんでいた。1度でも注意して、それでも止めなかったら、それは本人の意志…でも、それをすることなく、自分も同じように罪を犯し、そして最終的に「ゲイ」という形でスキャンダラスに取り上げられる形になってしまったこと…それは、とてもカワイそうなことをしてしまったと彼は語った。
また、自分の作品に対しては本当に自信を持って大事に作り上げていたというのに、
「Hungry Spider」はドラッグの産物である
…というように、興味本位だけで行われた心無い報道に関しても、同じように怒りをあらわにしていた。
NEXT→ |