「21ヶ月
〜シンガーソングライター槇原敬之の時間が止まった時」
〜「生きてることを奇跡だと思う瞬間がある」 槇原敬之
空白の21ヶ月を自ら語る〜 |
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「ラジオを聞いた、だんの感想」
久々のマッキーの声…今までの人生で、こんなに「一語一句聞き逃したくない!!」と思ってラジオを聞いた事はなかった気がします。我が家はCDとラジオのみのコンポなので、録音することは出来ません…なのに、深夜1:00〜2:00までだなんて!!夫婦で聞いていたのですが、お互い
「寝ちゃだめだぁ」
と、励ましあいながらのラジオでした(笑)
久々の聞いたマッキーの口調は、明るくハキハキとして、そして、どこか落ち着きを感じるようなものでした。事件後のことを自ら語るというからには、重苦しい雰囲気に包まれてしまうのかとも思ったのですが、予想していたよりも、ずっと力強さを感じた気がしました。
全体を通しての印象ですが、一つ一つの出来事に対して、本当に丁寧に言葉を選んで話しているのが伝わりました。それと同時に、「会報」や「WHAT'S IN」などのインタビューも、こんな感じでハキハキと、そして丁寧に話しをしてくれていたんだろうな…と、思うことが出来ました。
しかし、番組冒頭の事件当日の再現や、マッキーが、事件当時のことを語るときには、やっぱり胸が苦しくなりました。当時の社会情勢や、事件なども、マッキーの動きと合わせてナレーションで語られていたのですが、その一つ一つを思い出すと同時に、その時の苦しい気持ちを思い出したからかもしれません。
また、「インターネットでマッキーのことがたくさん語られていた」というくだりでは、実際に自分がインターネット上でマッキー友達が増えたこと、マッキーを待つ暖かい場所を作りたい…という気持ちでホームページを作ったこと、みんなが集まっていたチャットや掲示板が荒らされて、たくさんの素晴らしいホームページが閉鎖になったこと…などを思い出していました。
本当に当時は、掲示板やチャットではマッキーの話題が花盛りで、復帰を待つ声と、心無い中傷の声が入り乱れていたのです。みんなが集まるチャットには、毎夜「あらし」と呼ばれる人が現れ会話の妨害をしていましたし、Yahhoo!の掲示板では、それこそ中傷ばかりでした。ただ、CDが販売停止になった措置について、反対の署名を集めて活躍したのもインターネット上のつながりだったのも事実でした。
そんなことを思い出しながら、マッキー自身がチャットが好きであるということ、しかし、その仮想世界の中で匿名を使ってヒドイことを相手にしてしまう恐ろしさなどを彼が語るのを聞いて、妙に納得したりもしていました。
彼が起こした事件は、忘れてはならないことです。その事件があったからこそ、今の槇原敬之になったのだと思います。大阪から「誰かのために、自分の歌が役に立てば」と思い上京してきた時の気持ちを、今、マッキーは思い出したといいます。彼が作る歌は、本当に私の心をうつステキな曲です。今回のラジオの声を聞いて、「その言葉を信じて、これからも応援してきたい」と思いました。
これまでは、「復帰は、まだ早いんじゃないだろうか?」とか「テレビに出たとしたら、どうなってしまうんだろう?」とか、いろんな不安な気持ちが渦巻いていました。でも、彼自身の口から事件のことが語られ、いろんな気持ちを伝えようと頑張っている姿を思ったら、心が軽くなってきた気がします。ラジオの最後に「桃」が流れ、これまでの張り詰めた空気が、ふっと柔らかくなった気がした時に、これからは明るいマッキーに会いたいなぁ…と、心から思うことが出来ました。
ラジオが終わって、夫がポツリと言いました。
「楽しいマッキーのラジオが聞きたいね」
私も、同感です。
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