手紙
その昔、自分の中で流行っていたことがあります。それは、未来の自分宛に手紙を書くことです。別に、大それた決意表明をした時などに、そんな事を書くのではなくて、たわいも無いその時の自分の日常を書くだけの手紙…。将来忘れてしまうような、些細なことを書き綴り、封筒に入れて自分で保管し、いつか自分が偶然見つけるのを待つだけなのです。
その手紙を、この間見つけました、ホントに偶然に。
出てきたのは、昭和63年1月3日、平成2年8月20日の2通。(ホントは、もっとあるはずなのですが)自分の解説によると、昭和の方の手紙は、その日で昭和は終りで、次の日からは平成に元号がかわるから、その記念に。(ちなみに、この日は高校受験の二日前)
もう一通は夏休みの読書感想文が書けなくて苦しかったから(夏休みの最終日)…とのこと。
相変わらず、大事なことをしないといけないのに、どうでもいいことに力を注いでいたようです。勿論、中身は重要なことを書いているわけでもないのですが、一番面白かったのは、当時好きだった人のことを書いていることくらいでしょうか?
#昭和63年の手紙より…
「今日は何日だと思いますか?今日は昭和最後の日なのです・・・
・・・こんな日にはめったにお目にかかれないかもしれないから、
記録しておくことにしたんです!!」
人が一人亡くなったというのに、なんてオキラクな人間なんでしょう!
「私の理想のタイプは…
マジメ・自分よりアタマがいい・歌がうまい・
スポーツが出きる・しっかりしてて頼れる・瞳がイキイキしている・
優しいけどちょっと強引」
意味不明…多分、マンガの読みすぎだと思います。(その頃は、必死に『タッチ』を読んでいた)今の恋人がこれにいくつ当てはまっているでしょうか?確認してみる必要アリです(笑)
年々、理想のタイプのハードルは低くなり、今の私の理想は、いろんな事を突き詰めていった結果、「自分を理解してくれて、自分もまた相手を理解したいと思えること」
なんですが、当時の私にそんなことを言っても、きっと全然理解出来ないでしょうね。
#平成2年の手紙より
「今、○○が好きなんだけど、将来のあなたは、その人とどうなっているのでしょうか?
もちろん覚えてるよね?付き合っているのかなあ?」
はっきり言って、今となっては 音信不通です…たまに笑い話で思い出すことはあれど、会いたいと言う気持ちも全然ない。そんな風になると知っていたら、あの時、あんなに苦しんだりしなかったでしょうねぇ。
これらの手紙を読むと、あの時ものすごく自分がしっかり者で一人前の大人のつもりでいたことが、なんだか恥ずかしくなってきます。でも、こういう気持ちを経て、今の自分になれたんだから、これを否定したらダメなんですけどね。
当時の自分には、こうして自分がパソコンを買って、Eメールをしたり、HPを作ったりすることは全然想像できなかったわけだし、こうしてアルバム見たりするのとは違う過去の振り返り方もちょっと面白いなって思います。今、何十年か後の自分宛に手紙を書くのも、やっぱり面白いんでしょうかねぇ