三つ子の魂百まで
私は友達に、「プライドが高い」と言われることが多いです。もちろん、何のポリシーもなく人当たりだけがよい人間にはなりたくないと思っているのですが、そんなに言われる程、プライドは高くないつもりだったのですが、長年の友が言うのですから、自分がどう思おうとも、そう見えているのでしょう。
良く考えれば、説教臭いし、曲がったことが大嫌いだし、態度も心なしか偉そう。自分が正しい、間違ったことなどしていない!!と思えば、上司だろうと先輩だろうと、ちゃんと話をつけに行きます。勿論、仕事だってキッチリやらないと気がすまないし、根っからの負けず嫌い。(この辺が、かなり強気)ともかく、味方で居れば心強いが、敵にしたくない人間だと良く言われます。
それは、絶対に誉められていないと思うのですが、
「背が小さいから、態度だけでも大きくしておかないとね」
等と、悲しく笑って見せることにしています。
ともかく、このような私。いつの頃から、こんな風になってしまったのか?ということを、ちょっと考えていました。そして、母に自分がいつ頃からこうだったのか?とたずねてみました。すると…。
私:「うーん、そう言えば幼稚園には行きたくないと泣いてたよね?」
母:「そうだね」私:「じゃ、その頃は可愛かったのかな?」
母:「あぁ、あれはねぇ。根性があって泣いてたんだよ」
私:「なにぃ?」
話を聞いたところによると、母は毎日幼稚園が嫌だと言って泣く私のことを非常に心配していたそうなのですが、ある日、幼稚園の先生から私が泣いている状況について、説明を受けたそうです。すると、私が泣いている理由は、幼稚園にイジメッコが居るとか、お母さんと離れたくないとか、そのような子供らしい理由ではなくて、
「みんなと同じように出来ないから」
「みんなみたいに、上手に出来ないから」
という、かなり気合の入った理由だったそうです。それを聞いて、母がどう思ったかは知りませんが、それからは余り心配しなくなり、しかも泣いている中、無理矢理父に連れていかれたような思い出があります。
ちなみに、友達にこの話をしてみたところ、友達は「幼稚園なんて、面倒臭い」という理由で嫌がっていたらしいです。そう言えば、その友達は、よく「ダルイじゃん。かったるいじゃん」などと言いますが…。『三つ子の魂百まで』とは、本当に良く言ったものだと、その時実感。みなさんも、自分の子供時代の話を聞いてみると、面白いと思いますよ。