ボールペンと苦悩

私は、かつてものすごい数の「ボールペンとシャープペンシルのセット」を所有していた。それも、「入学祝」で親戚なんかがくれる、箱に入った立派なもので、間違っても100円くらいのものではない。もちろん、収集しようなんて、そんなリッチな理由ではない。この沢山のボールペンは、私の血と汗と涙の結晶なのだ。

中学時代の私は、かなりの頑張りやだった。というか、そうでなければならない環境だった。昔から、こんな感じに偉そうに文章を書くことが好きだった私は(!)、校内の弁論大会(春)などに、必ず出場していた。

自分で出たくて出たのではなくて、国語の時間に書いた文章をクラスで発表、多数決による選抜だったのだ。そして、一度出た人はターゲットになり、なんでも押しつけられるようになる。そのため、三年間毎年出場するハメになった。これは、人身御供としか思えない仕打ちだ。そうなると、弁論なんて大袈裟なものではなく、いかに人をうならせるか…みたいな姑息な技を覚えてくる(笑)だから、毎年入賞して、中学三年の時にはとうとう一位になってしまった。その賞品が「ボールペンとシャーペンセット」だったのだ。

本来なら、毎年いろいろな人が出場して、その賞を競うはずが、全部私の手元に来てしまったわけだ。更に運の悪いことに、私はESS(English Speaking Society)に入っていたため、英語の暗唱大会(春だったかな?秋だったかな?年2回?)にも駆り出された。その選考は学年別だったので(我が中学は各学年2クラスしかない)、また私の手元に賞品が舞いこむことになった。その賞品もやはり「ボールペンとシャーペンセット」だったのだ。

毎年、違うものだっただけ、まだマシだったけど。というわけで、セットはかなりの数になった。賞状を読み上げてもらいながら思うことは、「今度もボールペンか…」ということだった。でも、まさか大会前に先生に「私が賞を取ると困るので、賞品はボールペン以外にして下さい」とお願いするわけにもいかないので、全然嬉しくない賞品を、毎回ありがたいフリをしてもらっていたのだ。

もちろん、賞を貰ったのは頑張った証だから嬉しかったが、こういうセットのペンというものは、得てして使いにくいのが難点である。重いし太い。中途半端に立派過ぎた。そして、そんな賞金稼ぎのような中学時代も、やっと終わりを迎えることになり、卒業式。私は、成績と頑張りが認められ、「後援会長賞」というありがたーーいものを頂戴することになった。

卒業証書授与の後に、改めて名前を呼ばれ壇上へ。賞状を読み上げてくれたのは、後援会長の代理のおじさんは、かなり不慣れな様子で、賞状を持つ手が震えていた。そして、震える声でこう言った。

「賞品、万年筆!」

私は、ここで中学時代最後のペン収集を終えた。