批評するということ 2
以前、私はこのこらむに、「批評すると言う事」の難しさを書いた。残念ながら、その原文は再インストールやリンクの張り間違いなどによりファイルを失ってしまったのだが…。
ともかく、そこで私は「批評ってもんは、まず相手の労をねぎらい、そして改善点を述べること」という趣旨で文章を書いたつもり。そうじゃないものは、「批評」ではなくて「批判」なんだけどね。
ところで、なんでまたこの話題なのかというと、最近「評価・批評」についての話題が、いろいろとネット界が騒がしているみたいなので、ふと思い出したわけだ。お騒がせの原因は、あるHPが「文章系サイト」「ウェブリング登録サイト」についての独断と偏見による評価を公開しているようだ、という事なのだが。私は、結構いろんな文章系サイトを渡り歩いている内に、そのHPに関する記述を沢山目にするようになっただけであって、個人的には一切関係はない。HPの「評価」っていうのも難しい話。何が正しいとか、答えが一つというわけではないのだから。ま、言ってしまえば相性みたいなものもあると思う。
だから、はっきり言ってしまえば、「その人がどう感じようと、自分で楽しくてHPに日記や文章を書いているのなら、それでいいのでは?」と思う。相性が悪い上司の下に居れば、ボーナスの評価がイマイチになるってこともあることだし、直接的に自分のHPの掲示板に書きこまれるとか、批判メールを送りつけられるってことじゃない限りは、いいのではないのだろうか?
BGMも画像も内輪ネタもだめ
世の中、テキストだけ読みたい人ばかりじゃないと思うんだけど、ともかくダメらしい(笑)
まぁ、言われている内容について、「なんとなく分かる」という基準はあったけれど…かなり手厳しいものだった。コワイコワイ。ま、その人個人が、自分のやり方で勝手に「評価」と称する「批判」を続ける分には、別に放っておけば良いのだと思うので、本当はこうやって言及することもないのかもしれないし、批判と同時に「おすすめのHP」も選んでいるようなので、嫌がらせでやっているわけではないのだと思う。(リンクが切れていて、殆ど見ることが出来なかったが)
もし、ちゃんとした面白いHPを紹介しているのなら、それはそれで、そのサイトの評価すべき点なのかも知れない。でも…せっかくだったら、面白いHPだけ紹介してくれれば、他の人はもっと心地よく過ごせたのかもしれないな、とは思うけれど。でも、一個人が「これって面白い」って思ったHPを紹介するHPだけでは、やっぱり面白みには欠けてしまうのだろうか?でも、誰だって、頭ごなしに「くだらない」「つまらない」「ネットにおく価値なし」なんて言われたらおもしろくないもの。
あえて、そういうHPを作る人が居るとは、世の中にはいろいろな人が居るものだ。世界は広い、と思う。というか、世の中にはいろんな人が居るんだと、改めて認識させていただいた気がする。こうやって、のんきに私がこんな話をしていられるのは、文章系のリンク集には登録していないこと、隠れ文章サイトみたいなものだということ、「その人の評価対象外である芸能人などのファンのリングサイト」であるということが理由。さもなくば、明日の今ごろにはさまざまなHPからこの文章にリンクが張られ、「こんなこと言ってたぜ」と、いろいろ好き放題書いていただくことだろう。私のところまでは火の粉は飛んで来ないことを祈るのみ。アーメン。