目を見て話そう

私達夫婦は、どちらかと言うと良く話をする夫婦だと思います。二人の間の約束事はただ一つ。

なんでもきちんと話し合うこと

まだ付合った間もなかった頃…私が話すのを忘れてしまったり、言いたい言葉をガマンしてしまった時には、いつもクマプーはこう言いました。
「今、一つの言葉をガマンすると、次からは、”このくらいならイイヤ”って
 どんどんガマンしてしまうようになるんだよ。」
「たとえケンカになってしまっても、お互いのことを罵り合うのではなくて、
お互いの為に良くなるようなケンカなら、どんどんしたほうがいいんだよ」
この言葉のおかげで、私は救われ、今や「話し合いカップル」とウワサされるようにまでなりました。

そんな私達も子供が生まれてからは、当然2人きりの時間というものはどんどん削られていき、これまでよりも各段に会話が減ってしまっていました。私が出産のために里帰りをしていたのもあったかも知れません。でも、遠距離恋愛経験組みとしては、距離があるから話が出来ないなんてことはなく、また私の両親も電話とメールの多さ&長さには慣れっこだったので、離れていることそのものは大きな問題とは思えませんでした。

しかし、遠恋時代(1年半)ならばお互いのことだけ考えていれば良かったのに、片方は東京で仕事プラス家事、片方は実家で不慣れな育児に追われている生活になってからは、コミュニケーション手段である電話も、悪くするとメールにも時間を避けなくなってしまっていました。実家から東京のアパートに戻ってきてからも、仕事で遅いクマプーと育児で疲れ気味の私との会話は、確実に減っていました。

話合いカップルと言われた私達から会話を取ったらどうなってしまうか…それは、気持ちのズレや考えの行き違いの多発を招く結果となりました。長年連れ添った夫婦のような以心伝心ぶりを発揮するには、私達夫婦は新婚すぎたのだと思います。また、普段会話に頼っているだけに、それが奪われるとバランスが崩れてしまうのかも知れません。大学一年生の時に知り合い、相手がどんな考え方をする人間かなんて十分分かっているはずなのに、やっぱり会話が減っただけでお互いの気持ちというのが微妙にずれてしまうなんて、想像だにしなかったことでした。

たとえば外出する時…。

これが2人きりの場合ならば、その場の勢いで行動できたかも知れません。しかし、子連れでの外出の場合には、移動しやすいスケジュールを考えないと、まだ生後3ヶ月あまりの子供にかかる負担が大きくなります。しかし、会話が減っていると、じっくりと計画を練らずに外出することになっちゃうんですよね。
「きっと、こう思ってるはず」
とか、
「多分、これでいいだろうな。」
と、付合いが長い分だけ、相手も同じことを考えているに違いない…きっと大丈夫…なんて甘えた部分が出てきます。実際にはお互いの考えていることが違うというケースがあるのと、話し合っていなかったという事実を忘れて、ちょっと気まずい空気が流れたりしてしまいます。そこで、ゆっくり話し合えばいいのに、「じゃ、いいよ、それで」なんて言い方をしてしまうと、やっぱり車内には沈黙が生まれるのでした。

話し合う時間が減ったことに加えて、我が家の車の座席が変わってしまった事も、車内の空気が変わった原因かも知れません。以前は2人きりですから、当然運転席と助手席なわけですが、ベビーシートを乗せてからは私も子供の隣の後部座席に座っています。そうなると、会話が突然しづらくなるんですよね…。私からはミラー越しに夫の顔が見えるわけですが、運転してる方はずっとミラー越しに私を見ているわけにも行きませんから、背中で話を聞くことになるのです。

「目は口ほどに物を言う」
「目は心の窓」

この言葉を痛感したのは、こういう車の乗り方をした時です。冗談のつもりで発した一言が、何故かストレートに相手をグサっとキズつけてしまったりすることが増えたのです。声のトーンだけでは伝えきれない微妙なニュアンスが、やっぱり表情にはあるのだと思わずにはいられませんでした。

会話する時間が減るのは、やはり子供が生まれたという実情を考えればある程度は仕方ないことだと思います。これは、我が家に限らずどこの夫婦にでもありがちなことでしょう。
「子供ガ生まれたらダンナなんてそっちのけ」
なんて奥さまもたくさんいると言います。大抵の場合は、何年か経って子育てに慣れてくるとダンナさんがまた大事になるという話ですが…。

でも、大事だとかそっちのけとか、そういう問題じゃなくて、私にとって大事なのは「話す事そのもの」なのです。毎日「大切な用件」があるわけではないけれど、毎日の何気ないこと、くだらないことでもきちんと面倒がらずに話をしていれば「会話することそのものが当たり前」で「話さないことが不自然」と思えるものです。

我が家では、直接話して伝えるのが難しいこと、上手に伝えられないから時間をかけて伝えたいことなどは、一緒に住んでいてもメールにしちゃうこともあります。「話す事そのものが大事」=「相手に自分の気持ちを伝えること」だと思うわけです。べつに、「さぁ、これから話しましょう」なんて、お茶を入れてテーブルを挟んで…なんて時間を設ける必要はないけれど、PCに向かって並んで居るとき、お風呂上りのちょっとした時間にでも、1日1回は目を見て笑って話がしたい…私はそう思います。