推薦コンプレックス 2002.11.27
私は私立のミッションスクール(女子校)出身です。中学に入る時に、親の強烈なプッシュで人生初の受験というものを経験し、わけの分からないまま母の母校へ入学していました。受験する時には、特待生という授業料が免除になるものを受け、中学時代はノー授業料というありがたい制度の恩恵にあずかりました。
何とか3年過ごし、エスカレーターで高校へ…と行きたい所ですが、一応入学試験がありました。この時、中学から行く人は全員が「推薦入試」となるのですが、私は
「ウチは貧乏なんだから」
という親の言葉で、またもや特待生を受けることになりました。まぁ、3教科だし、特待がダメでも優遇措置で入学は出来るので、という感じで受けて合格。高校娘は、またしてもノー授業料の座を勝ち取ったのでした。
入学してみると、特待生は有無を言わさず進学クラス。びっくりしたのは、周りが二次募集入学組みが山ほど居るクラスだったということです。(余談ですが、秋田は私立よりも公立の方が偏差値が上で進学率も上です。ウチの学校はお嬢様学校などと言われておりました。)みんなは、公立のそれなりに偏差値の高いところを受け、落ち、二次募集で5教科の試験を受け、我が高校へやってきた人達ばかり。ですから、その人達はみんな、
「好きでココに来たんじゃないのよ」
「誰がこんな、レベルの低いところに」
という匂いがプンプンしており、中学からあがってきた組は、それはそれは肩身が狭い毎日でした。新学期は、彼女達のプライドの高さに押され、中学からあがってきた推薦組はなんとなくさげすまれ、そして実は自分の学校が「あんまり偏差値は高くない学校」ということを知らされてスタートしたのでした。(高校を選択する機会がなかったので、自分の学校の位置付けを知らなかった世間知らずな私。)
中学の時は、それほど推薦入試ということに問題を感じることはありませんでした。でも、高校に入ったら、「3教科で入学したくせに」「公立受験の厳しさも知らないくせに」という隠れた中傷。学校に行きたくない病を誘発しちゃう寸前でした。まあ、そうなる前に、彼女達も「受験に落ちたことが辛くて私達にちょっとあたってみただけ」ということが分かり、気持ちは落ち着いたのですが。
そうこうしている間に、大学受験シーズン到来です。私は、数学が大嫌いで、もう全く・全然分かりませんでした。だから、本当なら数学を避けて受験しなければならない人間だったのですが、やっぱり、
「ウチは貧乏なんだから」
と言う、親の言葉でセンター試験を受けて国公立に行くという選択しか出来なかった私。はっきり言って、センター試験は大失敗で、第一希望は「D」(ほとんど入学不可能)という判定をくだされました。志望校の偏差値を下げ、全然行きたくない学科しか選べない悲しさ。そのまま大学に行ってどうするんだろう?という気持ちになりました。でも、浪人もイヤだし。
そんな時、なんと第一希望の学部にも「推薦」なんてステキな制度があることが判明したのです。ステキ〜♪とばかりに、先生に頼んで、とりあえず受けるだけ受けさせてくれと懇願してみました。普通の試験よりも1ヶ月早く行われる二次試験は小論文(結構スキだった)と面接のみだし、どうせまともに受けたって落ちるんだからダメモトで、という気持ちで。そしたら、合格したんですネェ、コレが。「棚からぼた餅」とはこのことだと思いました。だって、本当はその大学は受けることすら無理で、A・B日程とも、全然希望とは違う学校・学部を受験する予定で、しかも、私立の大学・短大までもすべり止めとして受ける予定だったのですから…。それが、全部ナシ。もう、小躍りして学校に報告に行きました。
「先生、合格しました!!」
高校時代の担任は、私の中学1年の担任かつ、と中学時代に理科を習っていた人だったので、13歳からずっと私を知っている先生です。だから、さぞかし一緒に喜んでくれることと思っていたのですが…結構あっさりと「おめでとう」を言った後で、こう言いました。
「中学も高校も推薦で来て、大学も推薦。
ここまでずっと、ぬるま湯の中に居るみたいだったんだからな、
どうだ、ここで一つ、受験する予定だった私立を、きちんと
受けてみないか。世間の厳しさが全然分からないだろ。」
この言葉は、さすがにショックというかカチンと来たというか…受験に合格した気持ちに、思いきり冷水を浴びせ掛けられたような気がしました。もう受験なんてまっぴらという気持ちの私は、受験なんてしませんよ〜と、軽く流したのですが、それよりもなによりも、人の中学高校時代を掴まえて「ぬるま湯」とはなにごとか。私だって、自分なりにいろいろと頑張ってきたし、それを見てたはずなのに。
多分、先生としては「みんながこれから受験を迎えるというのに、一人だけ浮き足立っている私をいさめなければ」と思ってのことだったかも知れません。確かに、受験戦争の厳しさは、1度くらい経験しておくのも悪くなかったかも知れません。でも、それは大人になって、卒業してから何年も経ってから思うことであって、当時の私には、「ひどい言葉」としてしかインプットされませんでした。
そういうわけで、私は大学に入ってからも、なんとなく推薦で入学したことを恥ずかしいと思ってしまい、あまり人に言わないようにしていました。でも、そういうのってどこからかウワサで広まってしまい、たとえ冗談だったとしても、
「いいよな。勉強しないで入学して」
「オレ達が必死だった時に、遊んでたんだ」
「オレなんて浪人までしたのによ」
なんて言われると、本気で悲しくなりました。それくらい、推薦入学は私の中で恥ずかしい部分になってしまったのです。まぁ、私もマジメな大学生とは言いがたかったので、そういうイヤミを言いたくなった人も居るかも知れませんがね。でも、ここまでコンプレックスになってしまったのは、やっぱりこれまでの環境もあるけど、先生のヒトコトが大きかったと思います。
今、金八先生が再放送されています。実際に、坂本金八が私の担任だったとしたら、学生時代の私なら「ケッ」と思っていたかも知れないけれど、少なくとも生徒のことを傷つけたりはしないと思いますからね。生徒のことを愛し、自分のことのように悩み、一緒に泣き笑う先生。そんな金八先生の姿、そして受験戦争・受験戦争と連呼されるドラマを見て、私はなんだか苦笑いです。