
| '64年12月4日に発表された4th・アルバム。欧米の消費生活が最も活気ずく、クリスマス商戦用に大急ぎでレコーディングされ、発売にこぎつけた。全14曲中オリジナルは8曲とファンにとっては、多少物足りない内容かも知れない。しかし、実際は超殺人的スケジュールのため、曲作りに費やす時間的余裕が足りなかったというのが真相である。ここで1964年度のビートルズのスケジュールを振り返ってみよう。年頭のフランス公演に始まって、2月が初のアメリカ上陸(初のエド・サリヴァン・ショウ出演を含む)、3〜4月は「A HARD DAY`S NIGHT」の撮影とレコーディング、6月はデンマーク、オランダ、香港、オーストラリア、ニュージランドの5カ国を巡る初のワールド・ツアー、8月から9月にかけてライヴ・レコーディングも計画に入った初めての本格的アメリカ・ツアー、更に10月から11月はイギリス国内ツアーと大規模なコンサート・ツアーの連続。もちろんこの間には、ラジオやテレビへの出演、更に雑誌や新聞のインタビューと超過密。移動に関して飛行機も含め、あらゆる交通機関が現在とは比べものにならないほど低レベルのものだったかも考えねばならない。まさしく殺人的で、彼らがどれほど疲れ果てていたか、想像に難くない。こうした中でサウンド作りや曲のクオリティーを求めるのが、到底無理な話だし、メンバーたちに準備する余裕すらないのは当たり前だ。だからといって、このアルバムの過小評価は禁物だ。メロディーは斬新で、安易な2匹目3匹目のドジョウを狙っての曲作りは微塵も感じさせず至るところに冒険的試みをしている。(ビートルズはアルバムとシングルを明確に分離していて、このアルバムと同時期のセッションでシングル「I Feel Fine」と「She`s A Woman」をレコーディングしている。特に「I Feel Fine」のイントロに聞かれるフィードバックはポップス史上初の試みとして、ジョンは長い間自慢していた。)カバー曲においても、ポールの激しいシャウトやジョンの荒荒しいヴォーカルはオリジナルを超えるほどの秀逸さである。また、このアルバムでの顕著さは試作の面でも表れている。これは、初のアメリカ公演の際に”ボブ・ディラン”と出合った事が大きく影響していると思われる。取り分けジョンの受けた衝撃は大きく、これまでのアイドルの常道であった、ミーハー好みの単なるラヴ・ソングから完全に脱皮し、一人称の、また、より内省的な歌詞が多くなっていく。更にメッセージを込めた歌詞も出現、歌詞に二重にも三重にも解釈出来るような、意味深なものも登場していく。天才”ジョン・レノン”はファンを喜ばすと同時に「一発かましてやろう!」という欲望にとらわれた、”怒れる男”だったのだ。 レコーディングは’64年8月11日から10月26日にかけて、コンサート・ツアーの合い間、合い間に集中的に行われた。プロデューサーは”ジョージ・マーティン”。発売1ヶ月前に早くも予約が60万枚に達し、発売と同時に全英No1を獲得。以後9週間1位を独走、途中2位に落ちたものの、また1位に復帰し、計15週間1位に君臨した。 |
| 一人よがりの曲解説 1、No Reply ジョンの作品。ジョンの全作品の中でも、出色の出来といっても良い。出だしがとにかく素晴らしい。ジョンの枯れ気味だが艶やかなヴォーカルに、思わずゾクっとくる。ミドルの部分でポールと息の合った熱唱に続き、ちょっと気だるげに再び歌いだす・・・この緩急の付け方は見事としか言いようがない。「シルエット」という曲をヒントに書いたと言われ、ストーリー性のある歌詞が話題になった曲でもある。当初、ブライアン・エプスタインのNEMS所属の”トミー・クイックリー”に用意されたもので、ビートルズとしてレコーディングする数ヶ月前にトミー用にデモ録音もされていた。「ANTHOLOGY1」で聞ける。 2、I`m A Loser ジョンの作品。ロカビリー・タッチの曲で、ジョンはボブ・ディランの影響のもと、この曲を作ったと認めている。'64年8月の全米ツアーのおり、ボブ・ディランはビートルズを訪ね意気投合。以後も交流は続き、お互い音楽的にも傾斜を深めていくのだが、この曲はその最初の成果となったもの。間奏のハーモニカは明らかにディラン風。誌作の面でも、当時ジョンはアイドルでいる事に疑問を感じており、「俺は負け犬!みじめな負け犬」と意味深に歌っている。 3、Baby`s In Black ツアー中のホテルで書かれたジョンとポールの共作。ライヴでも良く歌われた曲で、ポールは「ワルツ」と紹介していた。この曲は8分の12拍子なので、彼ら流のワルツと解釈していたのだろう?全編ジョンとポールのハーモニーで展開されているが、ジョージのトレモノを使ったギターも印象的。このギター、レコーディングでは随分と難航したらしくて、丸1日を費やして録音した。結局テイク14まで録り、最終テイクがアルバムに収録された。 4、Rock And Roll Music ”KING Of ROCK`N`ROLL”チャック・ベリー”の定番中の定番。日本のファンには最も印象深いカバー曲かも知れない。伝説の日本公演のオープニングにも採用された。オリジナルのややスロー気味の軽い歌い方に比べ、大幅にテンポ・アップしたドライブ感たっぷりな演奏は全カバー曲中でも出色の出来。ジョンの激しいヴォーカルが全編を貫き、聴く者をグイグイと引き込んで行く。ジョージ・マーティンのピアノも実に鮮やかで、ジョンの激しいヴォーカルとマッチして見事としか言い様がない。これをワン・テイクで決めてしまったというのだからバンドとしての実力も信じられないほど凄かったのは言うまでもない。ジョンの直感の鋭さ、それを実現するヴオーかリストとしての実力、まさしくロック史上最強という名に恥じない名唄と言えよう。カバーとは、こういう風に演るんだよ!というお手本のような永遠の名テイク。 5、I`ll Follow The Sun 前曲の激しさから一転して、優しさ溢れるポール作の名バラード。このあたりのアルバムの構成も見事。ジョージ・マーティンのセンスの良さがここにも表れている。この曲はポールが16歳の頃に書き上げた曲で、ジョンも絶賛していたというエピソードがある。ポールとジョン二人によるハーモニーが絶妙で、時にはポールが一人で歌っているのではとの錯覚を覚える。ドラムは入っておらず、リンゴが膝を叩いてリズムを取っている。 6、Mr. Moonlight 「ミスターァァァァ〜」イントロのこれ一発で、もうノックアウト!ジョンのシャウトというよりも絶叫で、あとは一気に引き込まれてしまう。「ドクター・フィールグッド&インターンズ」の'62年のヒット。ハンブルク時代からのレパートリーで、当時のビート・グループが競ってレパートリーにしていた定番ナンバー。しかし、オリジナルは日本ではほとんど知られていなかったため、ビートルズのオリジナルと勘違いしていたファンも多数いたという。来日記念のドキュメンタリーで効果的に使われていたため、そう思ったファンもいたのではないか。冒頭でも触れたように、ジョンのヴァーカルは素晴らしく、理屈抜きでカッコイイ。ポールは珍しくハモンド・オルガンを担当している。ジョージはリード・ギターとアフリカン・ドラムを担当。 7、Kansas City〜Hey、Hey、Hey、Hey ポールのヴォーカル・スタイルに多大な影響を与えた、リトル・リチャードのカバー。もともとはプレスリーのヒット曲の作者で知られる”Lieber&Stoller”の書いた「K.C Loving」にリチャードが自作の「Hey、Hey, Hey、 Hey、」を付けてメドレーにしたもの。ポールのハイトーンのシャウトが素晴らしく、'64年10月18日にわずか2テイクのみで、一発録りでレコーディングされた。ビートルズのライヴ・バンドとしての実力を知らしめると同時に、ポールのリトル・リチャードもののヴォーカルの素晴らしさを改めて認識させた。 8、Eight Days A Week ジョンとポールがシングル用に書いた共作。アメリカでは「I Feel Fine」に続くシングルとしてリリースされ、’65年3月に2週連続でNo1に輝いている。イントロのフェード・インしてくるところが斬新。ジョンの緊張感溢れるヴォーカルも魅力。最初はポール中心のリード・ヴォーカルだったが、レコーディング途中で二人のデュオに、さらにマスター・テイクではジョン中心に変更されたというエピソードがある。 9、Words Of Love ’59年に飛行機事故で他界した白人ロッカー”バディー・ホリー”のカバー。ホリーの作品はデビュー前からライヴの重要なレパートリーで、とりわけジョンはヴォーカル・スタイルや作曲の面で多大な影響を受けている。この曲はホリーのヴァージョンではほとんどヒットしなかった。('57年ダイヤモンズでヒット)ビートルズのここでの演奏は、ほとんどホリーのコピーといっても言い。リード・ヴォーカルはジョン。ジョンとポールがハーモニーを付けている(ジョージという説もあり)。 10、Honey Don`t 「Blue Suede Shose」で有名な”カール・パーキンス”の曲。’64年5月カールはイギリスにやって来て大歓迎を受ける。すでに本国アメリカでは人気も下火になっていただけに、これに気をよくしたカールはイギリス滞在を大幅に延長する。その間、6月1日にカールはアビー・ロード・スタジオにレコーディング中のビートルズを訪ね、セッションにも付き合った。その影響もあってのカバーで、ジョンは尊敬するカールに捧げるが如くオリジナルを忠実に再現している。ジョージのロカビリー・スタイルのギターが、全体を引き締めている。 11、Every Little Thing ジョンの作品。日本ではシングル「Rock And Roll Music」のB面に収録されていた。ティンパニーが印象的な曲。そのティンパニーはリンゴが担当している。ジョンとポールの息のあったユニゾン・ヴォーカルは本当に素晴らしい。最近、日本で人気のカスみたいなバンドは、この曲から名前を採ったの? 12、Don`t Want To Spoil The Party(パーティーはそのままに) カントリー・タッチのジョンの作品。ヴォーカルはジョンで、彼自身がハーモニーをつけている。ミドルの部分のハーモニーはポールが付けている。ジョージのカントリー・タッチのギターが軽快でいい雰囲気を作っている。 13、What You`re Doing ポールの作品。セッションの最後にどうしても1曲足らなくなったため、ポールが大急ぎで書いた曲と言うより、書きなぐったような曲。埋め合わせに過ぎない曲なのだが、ポールにとってはこの程度の曲なら、ものの5分か10分もあればいくらでも作れたのだろう。 14、Everybody`s Trying To Be My Baby(みんないい娘) この曲もカール・パーキンスのかばー曲。リード・ヴォーカルはジョージが採っている。リード・ギターもジョージでチェット・アトキンス風のギターはジョージの18番。リード・ヴォーカルにリード・ギターと大活躍だが、ジョージの頑張る姿が目に浮かぶ様!デビュー前からのレパートリーだったという事もあり、「手馴れたもんよ!」ってな感じがする。リンゴのドラムとの絡み合いも中々素晴らしい。 |