BOB SEGER
RAMBLIN` GAMBLIN` MAN
 1、Ramblin` Gamblin` Man
 2、Tales Of Lucy Blue
 3、Ivory
 4、Gone
 5、Down Home
 6、Train Man
 7、White Wail
 8、Black Eyes Girl
 9、2+2=?
10、Doctor Fine
11、The Last Song

BEAUTIFUL LOSER
 1、Beautiful Loser
 2、Black Night
 3、Katmandu
 4、Jody Girl
 5、Travelin` Man
 6、Momma
 7、Nutbush City Limits
 8、Sailing Nights
 9、Fine Memory

NIGHT MOVES
AGAINST THE WIND
 1、Rock & Roll Neve Forgat
 2、Night Moves
 3、The Fire Down Below
 4、Sunburst
 5、Sunspot Baby
 6、Mainstreet
 7、Come To Poppa
 8、Ship Of Fools
 9、Mary Lou
 1、The Horizontal Bop
 2、You`ll Accomp`ny Me
 3、Her Strut
 4、No Man`s Land
 5、Long Twin Silver Line
 6、Against Wind
 7、Good For Me
 8、Betty Lou`s Gettin` Out   
   Tonight
 9、Fire Lake
10、Shinin Capitol
NINE TONIGHT
THE DISTANCE
 1、Nine Tonight
 2、Trying To Live My Life 
   Without You
 3、You`ll Accomp`ny Me
 4、Hollywood Nights
 5、Old Time Rock & Roll
 6、Mainstreet
 7、Against Wind
 8、The Fire Down Below
 9、Her Strut
10、Feel Like A Number
11、Fire Lake
12、Betty Lou`s Gettin` Out
   Tonight
13、We`ve Got Tonight
14、Night Moves
15、Rock & Roll Never Fogets
16、Let It Rock
1、Even Now
2、Makin` Thunderbird
3、Boomtown Blues
4、Shame On The Moon
5、Love`s The Last To Know
6、Roll Me Away
7、House Behind A House
8、Comin` Home
9、Little Victories
LIKE A ROCK
IT`S A MYSTERY
 1、American Storm
 2、Like A Rock
 3、Miami
 4、The Ring
 5、Tightrope
 6、The Aftermath
 7、Sometimes
 8、It`s You
 9、Somewhere Tonight
10、Fortunate Son
 1、Rite Of Passage
 2、Lock And Load
 3、By The River
 4、Manhattan
 5、I Wonder
 6、It`s A Mystery
 7、Revisionism Street
 8、Golden Boy
 9、I Can`t Save You Angelene
10、16 Shells From A 30−6
11、West Of The Moon
12、Hands In The Air
 アメリカン・ロック最強のヴォーカリスト、ボブ・シーガーは1945年5月6日、ミシガン州デトロイトの隣接都市、アン・アーバーに生まれた。本名ロバート・クラーク・シーガー。デトロイト市のフォード自動車に勤務する父親スチュワート・シーガーは週末や休日には13人編成のバンドを率いて演奏するアマチュア音楽家であった。そんな父親の影響からボブも幼い頃から音楽に興味をもつが、ボブが10歳の時、父親が家族を捨て家を出た。まだ少年だった兄が、母親とボブの面倒を見たという。ボブは無口で頑固に育って行った。そんなボブが顔を紅潮させて、誰よりも雄弁になるのは、自作のロックロールを歌う時だけだったという。
 
 1961年、初めてのバンド”ザ・デシベルズ”を結成。’65年、ダグ・ブラウン&ジ・オーメンズにギター&ヴォーカルで参加し本格的にライヴ活動に入る。「高校卒業後、初めてレコードを出すまでの4〜5年間、オレは週6日間働き、一晩に5ヶ所でプレイすることがあったよ」(ボブ談)
 この年、ダグ・ブラウン&オーメンズの一員としてシングル「T.G.I.F」b/w「ザ・ファースト・ガール」でレコード・デヴュー。翌年、ダグ・ブラウンと別れ、”ザ・ビーチ・バムズ”を結成し、バリー・サドラー軍曹の全米No1ヒット曲「The Ballad Of The Green Beret」のパロディー・ソング「「The Ballad Of The Yellow Beret」という曲をリリースするが、バリー・サドラー軍曹に訴訟を起こされる恐れが出たため、シングル盤は急遽回収されるという騒ぎを引き起こす。以後、’67年までの2年間、ボブは4枚のシングル・レコードをリリースしたが、いずれも全米ヒットには至らず、ローカル・ヒットに留まっている。'68年、キャピトル・レコードと契約を結んでの2ndシングル「Ramblin‘ Gamblin‘ Man」が翌’68年ビルボード・シングル・チャートの17位に入るビッグ・ヒットとなった。バックにはイーグルスのグレン・フライがギターで参加している。この年、デビュー・アルバム「Ramblin` Gamblin` Man」をリリース(ボブ・シーガー・システム名義)。ビルボードで62位にランクされる。プロデュースはパンチ・アンドリュースとボブ・シーガー。システムのメンバーはダン・ホネイカー、ベブ・バーリンの二人。他にマイク・アールワイン(ブルース・ハープ)、ボブ・シュルツ(オルガン)、グレン・フライが参加している。しかしこの後、全米チャートにランク・インするのにシングルで7年、アルバムではなんと8年の歳月を要してしまう。地元、デトロイトでは圧倒的人気を得、コンサートはどこも超満員、レコードもデトロイトではチャートのトップを快走する勢いを見せるが、全米に波及するには至らなかった。活動の中心をデトロイト周辺に限っていた為と思われる。この間にリリースしたアルバムは’69年「Noah」、’70年「Mongrel」「Brand New Morning」、'72年「Smokin` O.P.`s」、'73年「Back In ’72」、’74年「Seven」、’75年「Beautiful Loser」の実に7枚に上る。一部では、高い評価を得るもののセールスとは無縁の結果になってしまう。
 通算8枚目にあたるアルバム「Beautiful Loser」で、わずかながら曙光が差して来る。レコーディングはマッスル・ショールズ・スタジオ。プロデュースはボブ・シーガー、パンチ・アンドリュース、マッスル・ショールズ・リズム・セクション。バックはマッスル・ショールズ・リズム・セクションとこのアルバムからボブのバックを勤めるシルヴァー・ブレット・バンド。ビルボード・アルバム・チャートでは131位止まりであったが、地元デトロイトでは80,000枚のベスト・セラーでNo.1を記録した。まだまだ荒削りな面も窺えるが、タイトル曲や「Travelin Man」などソングライティングに格段の進歩をみせている。特に6分を超える「Katmandu」は圧巻。この曲はシングル・カットされビルボードのシングル・チャートで43位まで上昇した。ボブ久々のヒットである。アルバム・タイトルは尊敬するシンガー・ソングライター”レナード・コーエン”の本からインスピレーションを得てつけたと言う。この当時ボブは年200回以上のコンサートをこなしていた。’74年には1年365日のうち267日がコンサート・ツアーであったと言われている。「ツアーはレコードを売るためのものだから、このペースは変えたくない」(ボブ談)。なお、このアルバムが日本でのデビュー盤である。
 '76年リリースの9枚目のアルバム「Live Bullet」で、デトロイトのローカル・スターであったボブ・シーガーが、いよいよ全米へ打って出る。それまでの地道なライヴ活動で培った実力を、これでもか!これでもか!と見せつけてくれる。圧倒的スケールで打ち寄せてくるエネルギーには脱帽せざるを得ない。デトロイトの”コボ・ホール”に於けるコンサートの模様を収めたライヴ・アルバムなのだが、それにしても地元デトロイトに於けるボブ・シーガーの人気には、凄まじさすら感じる。ビルボード・アルバム・チャートで初の30位台にランクされ、プラチナ・ディスクも獲得。シング・カットされた「Nutbush City Limits」のライヴ・バージョンは69位にランクされた。「スタジオでは、マシーンに向かって録音するだけだが、ライヴは客に向かってプレイする。当然、客のフィーリングに応えなければならない。だから、好きなだけフィードバックできるし、ライヴは最高にエキサイトさせてくれる」(ボブ談)。さぁ、いよいよここからボブ・シーガーが、成功の道へと力強く踏み出して行く。
 '76年秋、それまでの低迷をすべて払拭する素晴らしいアルバムを発表する。通算10枚目になる「Night Moves」である。ビルボード・アルバム・チャートで初のベスト10内に輝くベスト・セラーである。成功の要因に挙げられるのが、アルバムを代表する2曲のシングル・ヒットである。アコースティック・ギターをフューチャーした素朴なタイトル曲と軽快なポップ・ナンバーの「Mainstreet」である。それまでのハード・ロック・ナンバーばかりが目立っていたボブが一転して、ここではソフトで素朴な面を強調している。これまでのアルバムでも、ハードな曲とソフトな曲両方が収録されていたが、ボブと言えば、その声質からもエネルギッシュなハード・ロックというのがファンの一致した見方だった。レーベル側もソフトなバラード風の曲をシングル・カットすることは決してなかった。しかし、このアルバムからの1stシングル「Night Moves」が、その説得力あるヴォーカルと相まって新たなファンを呼び込んだのは間違いない。ハード・ナンバーでは、ボブの溢れるロック魂が全快、感情豊かに切々と歌うソフト・ナンバーでの説得力も見事!全9曲すべてが素晴らしい。ボブの最高傑作と言っても過言でない。この年、ロック・ミュージック・アワードの最優秀新人男性歌手賞とザ・ベスト・ニュー・グループ賞を獲得。ず〜と以前から、彼はそれを獲得するに値するミュージシャンであり、なにを今更という感も無きにしもあらずだが、ここは時代がようやくボブに追いついたということで、素直に喜んでおこう。このアルバムでボブはロックの神殿に永遠の場所を保障されたと思うのは私のひいき目すぎるだろうか?
 '78年リリースの11枚目「Stranger In Town」は前作「Night Moves」に収録し切れなかったものを取り上げたアルバム。ブルース・スプリングスティーンに影響を受けたと思われるバラードとエネルギッシュで荒々しいハード・ロックとが完全にバランスを保った名盤。個人的には、全曲がシングル・カットされても可笑しくような佳曲揃いだと思っている。イーグルスのグレン・フライやドン・フェルダーがゲストで参加している。デトロイト時代、マッシュルームのリード・ヴォーカリストだったグレン・フライのデビュー・シングルはボブの作曲&プロデュースだった。以来、二人は20年来の親友である。アルバムはビルボード・アルバム・チャートで最高4位を記録。もちろんプラチナ・アルバムに輝いている。
 '80年、ついにアメリカン・ロックの頂点に君臨する大ヒット・アルバムをリリースする。「Against The Wind」がそれである。デビユー以来、バンドを何度も改め、サウンドまでも改めるということもあったが、一貫して変わらなかったのはロックンロール、R&Bに深い執着を持ち、そのロックの伝統にのっとったシンプルでストレートなサウンドを一途に求めてきた姿勢だった。それが認められるには長い長い年月を要したが、地道に努力したものが一旦花を咲かせたらそう簡単にしぼむ事はない。一作ごとにスケール感を増してきたボブは、このアルバムでは風格すら感じる。詞作には長いキャリアに裏打ちされてのどっしりとした手ごたえのある重みがある。前作に引き続いてグレン・フライ、ドン・ヘンリー、ティモシー・B・シュミットのイーグルス勢やリトル・フィートのビル・ペイン、そしてドクター・ジョン、ポール・ハリスなどがゲストとして参加している。いずれの面々もビッグ・ネームばかりだが、その参加は実にさりげなくボブのサウンドにしっかりと溶け込んでいる。プロデュースはボブ・シーガー&パンチ・アンドリュース、マッスル・ショールズ・リズム・セクションとイーグルスでもおなじみのビル・シムジクが担当している。アルバムは1980年5月から6月にかけて6週間ビルボード・アルバム・チャートのNo.1に輝いている。
 '81年、通算13枚目、ライヴ・アルバムとしては2枚目の「Nine Tonight」をリリース。’80年6月15日〜21日のデトロイト、コボ・ホール&’80年10月5日〜7日にかけて行われたボストン・ガーデンのコンサートのライヴから収録されている。デトロイトでは6日間で72,000人、ボストンでは3日間で40,000人を動員したと言われている。アルバム・トップには、映画「アーバン・カウボーイ」のサントラに提供した「Nine Tonight」が収録されている。前作で全米を制覇した勢いもあり、ものすごい迫力で迫ってくる。コンサート活動に年の半分以上を費やすボブならではとも言える。ビルボード・アルバム・チャートで最高3位にランクされた。
 ’82年12月、14枚目のアルバム「The Distance」をリリース。個人的に最も好きなアルバム。プロデュースはジミー・アイオヴァインが担当。ボブの魅力を全面に引き出して、素晴らしい出来に仕上げている。ストレートでスピード感たっぷりのオープニング「Even Now」からグイグイと引っ張られてラストの「Little Victories」まで一気に聴いてしまう。アルバム全編に展開するボブ節には、思わず拍手を贈りたくなる。2曲目の「Makin` Thuderbirds」を聴けば、ボブがデトロイトで絶大な人気を得ているのも納得出来るように思う。アメリカが生んだ富と豊かさの象徴のような名車”サンダーバード”を作る誇り高き職工達の歌なのだが、この時代、アメリカはかっての栄光はいずこに・・・?経済は財政と貿易の双子の赤字に苦しみ、町には失業者が溢れていた。ボブの地元デトロイトの自動車産業も工場の再三に渡るレイ・オフなどで不況のどん底に沈んでいた。そんなアメリカの現状をあざ笑うかのように日本製品が全米中を席捲していた。集中豪雨的な輸出の攻勢で、世界経済は日本の一人勝ちのようを呈していた。不満の捌け口を日本に求めたアメリカの失業者たちが、日本製品を大ハンマーでぶっ壊している様子がテレビでよく放映されていた。ボブは、そんな労働者たちの心情を激しいリズムに乗せて、励ますように、鼓舞するように、応援するように「働けるだけで、ラッキーさ!仕事がないよりましさ!」と歌っている・・・そう、まるで労働者の代弁者のように・・・。この歌を聴けばアメリカ人のプライドを逆なでするような、そして、他人の家に土足で踏み込むような日本からの無秩序な輸出も起きなかったのではないかと思う。ラストを飾る「Little Victories」は落ち込んでいる時に勇気と元気を貰うには最適の曲。ボブの魂の叫びとも言えるシャウト(いや絶叫か)もすごいが、ギターの弦がかち切れんばかりにかき鳴らすギター・ソロも素晴らしい。そして、何よりも歌詞が素晴らしい。「苦しみを乗り越えて生きるたび、それは小さな勝利。どんな風にもたわむ木の枝も、小さな勝利。なにかをやりとげるたび、それは小さな勝利」長い下積み生活の中で、苦労を知り尽くしたボブでないと、決して書けない詞だと思う。それにしても、こんなに力強いロックは聴いたことがない。本当に素晴らしい。このアルバムでも多彩なゲスト陣がボブをサポートしている。いつものグレン・フライ、ドン・フェルダーのイーグルたち、ワディ・ワクテル、ラス・カンケル、ダニー・コーチマーらウェスト・コーストの名うてのミュージシャンたち、もちろんビル・ペイン、そしてボニー・レイットとE・STREET・BANDからロイ・ビタンが参加している。「Roll Me Away」でのロイ・ビタンのピアノ・ソロは絶品。ビルボード・アルバム・チャートでは5位にランクされた。
 ’86年15枚目のアルバム「Like A Rock」リリース。前作から3年3ヶ月の期間をあけてのリリースであった。最も印象的なのがジャケット。なんと、あのボブ・シーガーが笑っているのだ。寡黙で頑固一徹に見えたボブが・・・。デビュー以来、いや生まれてこのかた、苦難の道を歩み続け、それでも前だけを見て懸命に駆け抜けて来たボブの顔には、シワの一本一本に苦労が染み付いていたように思えた。どんな音楽雑誌を見てもレコード・ジャケットを見ても笑っている姿なんて見たことがない。「Night Moves」リリース後、前作まで全てのアルバムがTOP10入りし、プラチナ・アルバムを獲得。コンサートはどこも超満員。今や押しも押されぬ超ビッグ・スター。そんな精神的にも経済的にも満たされた事も手伝ってか、その表情には余裕すら感じられる。でも、笑ったら結構やさしい顔をしてるんだ・・・。プロデュースはボブ自身とパンチ・アンドリュースの二人。今回もドン・ヘンリーやビル・ペインなど多彩なゲスト陣がサポートしている。リック・ヴィトーのギターが大活躍している。ビルボード・アルバム・チャートで最高位3位にランク・イン。
 ’87年に映画「ビバリー・ヒルズ・コップ2」に提供した曲「Shake Down」がビルボード・シングル・チャートで待望のNo.1を獲得している。しかし、この曲は映画に主演したエディー・マーフィーのキャラクターが余りに強力すぎたためか、印象度の大変薄い曲になってしまっているが残念だ。最も本人もそれを自覚しているようで、’94年リリースのアルバム「Greatest Hits」の中でもこの曲は収録されていない。それについて友人のドン・ヘンリーは「僕もよくやるんだけど、映画音楽ってのは、依頼されて、ホラ、これでどう?なんて、有りものを出すなんて事がよくある」とコメントしている。ボブにとっても、「Shake Down」はこのての曲だったのだろうか?
 以後、’91年に豪華なゲスト陣を招いてのトータル的なアルバム「The Fire Inside」をリリース。’95年に「It`s A Mystery」をリリース後、目立った活動はしていない。それどころか最近は近況でさえ伝わって来ない。ヒップポップ全盛の今、ロックはどこか片隅に追いやられているように感じる。こんな時こそ、正真正銘、真のロックローラー”BOB SEEGER”が本物のROCKを引っ下げて復活して欲しいものである。