ANTA        1993
                   詩、曲:今村克彦
あんた、あたしの事分かってるって言うけど
ホンマは、何にも分かっていやへん
こんな事、言ったら悪いけど

あんた、いつも私のそばにいてくれるけど
それが、時々重荷になるの
あんた悲しむけど
あたしは 今のままで幸せなんやけど
だけど何故か寂しい。何だか悲しいねん。
あんた、ホンマに何にも分かっていやへんね。
あんたの目で見る物だけが全てじゃないんよ。

髪の毛染めて、煙草くわえても
男と寝ても何か違うの。何かが足りないの。
誰もあたしの事、振り向かへんかったよ。

あんた、あんただけよ。見つめてくれたんは。
あんた、あたしの事迎えに来てくれた。
あたしの事など、とうの昔に
忘れてると思ってた。

あんた先生なんやから、あたしを助けて。
あんた、あたしの先生やから
あたしだけを見て。
 それは、僕がまだ教師になって何年も経っていなかった頃、ある女の子を5年、6年と担任することになりました。仮にK子としましょう。K子は僕の事を一度も「先生」とは呼ばず、いつもけだるいように「あんたぁ」と呼んでいました。他の教師からも「先生と呼ばせろ。」と言われていましたし、僕も先生と呼ばせることに汲々としていたように思います。それでもK子は先生とは呼びませんでした。そうこうする内に、次第に僕はK子の事を疎ましい存在としか思えなくなり、卒業を迎えることになりました。正直、僕はホッとしていましたし、卒業式の日もK子は僕と一度も目を合わせる事無く、黙って卒業していきました。

 K子の事も忘れかけたある日、K子が通っているはずの中学校から連絡がありました。K子が、「万引き、売春、シンナー、一通り悪いことをやって、ある暴力団関係のスナックに逃げ込んでいる。」と言うのです。
   
「今村さん、迎えに行ったってくれへんか?」
   
「何で僕が行かなアカンのですか。」
 
(あんたの仕事やないか。)って思いました。
   
「いや、いややったら、ええねや。鑑別所に入れる手続きは出来てんのや。ただなぁ、K子の奴、なんか事あるたんびに、今村先生やったら、そんなこと言わへんとか、今村先生やったら、そんなことせえへんいうてあんたの事ばっかり言うてたでなぁ。あんたが行ってくれたら、帰ってくるかもしれん、思てなぁ。」

 衝撃が走りました。
 
(あいつが俺のことばっかり言うてた?!なんでや。あんなに逆らってばっかりやったやないか。)
悩みました。家族は当然大反対。僕も半分以上、行く気はありませんでした。でも、なにがそうさせたんでしょう。心配でついて来てくれた友人に「なんかあったらすぐ通報してくれや!」と言い残して、一人、そのスナックに入って行きました。

 たまたま、休みだったのか、店内には、明らかにその筋とわかる若い衆がたむろしていました。
   
「なんや、われ。」
   「いや、あの、その...小学校で教師してます、今村と言います。」
   「小学校のセンセが何の用や。」

 そのとき、まるで映画の演出かと思われるような、低い、地を這うような声がしました。
   
「あがってもらえ。」

 恐る恐る二階に上がっていくと、K子が壁にもたれています。親分さんというのか、組長さんというのか、黙って僕の前にコップをおき、日本酒をなみなみとついでいきます。
 一杯、また一杯、さらに一杯。三杯飲み干したところで、
   
「先生、何でこんなとこに来たんや。仕事かい?」
   「いや、仕事ではこんなとこには来れません。」

 
(「こんなとこ」やて、えらいこと言うてもた。)冷や汗が背中を走ります。幸いそれには触れず、
   
「ほんならなんや、任務かい。」
   「いいえ、任務でもありません。」
   「ほんならなんやねん。」

 今から考えるとホンマにカッコええ事、言うてしまいました。
   
「なんや、K子が呼んどるような気がして...」
 しばらく、じーっと、考え込んだ後、
   
「K子、お前今日で帰れ!」
   「いややーっ!」
   「お前、親がどうや、友達がどうや、言うてるけど、お前にはこんな先生がおるやないか!どこに、こんなとこまで、来てくれる先生がおんねん!お前はここにおらんでもええ。帰れ!!」


 渋るK子と二人でタクシーに乗り、押し黙ってすねたようなK子の横で、僕は異常に饒舌になっていました。
   「いやあ、もうちょっと早よ来たったら良かったなぁ。ごめんなぁ。せやけど、ホンマ怖かったわ。まぁ、これからなんかあったら、先生に相談せえよ。なんでも相談のったるしな。」
 そのとき、K子の口から信じられないセリフが飛び出しました。
 
  「あんたになにが分かんねん。」

 そのまま、K子を送り届け、 (やっぱ、アカンのんかなぁ。一生懸命、心尽くしても分からん奴はおるんやなぁ。)と、そんなことばかり考えていました。
 教師としての自信も無くし、
(もう教師やめようかなぁ。)と本気で思っていた一週間後、K子から最初で最後の手紙が学校宛てに届きました。
 朝、受け取った手紙を、子供らを帰した後もあける事が出来ず、放課後の教室で一人、長い間、手紙を見つめていました。ようやく、意を決して封を切り、取り出した手紙を読みました。
 それは、僕に、「先生」を越えて、ホントの「あんた」になれたんだと、思わせずにはいられない、そんな手紙でした。