-これが新世紀のポップ&ソウル-

100%ナチュラル・ソウル・グルーヴ!

スウェーデンからポストMEJA- isa (イーサ) デビュー

 ISA---スヴェンスカの新星が、スウィデッシュ・ポップにアメリカン・ブラック・ミュージックの匂いのする新しい風を運んできた。その音を耳にしたなら誰もが驚かずに入られない。この曲を、あどけないブルーアイのブロンド・ヘアの女の子がつくり、歌っているというのか----。
ミュージシャンの父親と、小さな音楽家
 1978年7月5日生まれの身長166センチ。少女から抜け出したばかりの21歳が、どうやってこれほど素晴らしいミクスチャーを作り上げる術を手に入れたのだろう。
 それは父親の存在抜きには語れないかもしれない。スウェーデンでもっとも人気があり、最も長く活躍してきたポップ・グループのキーボード・プレイヤーである父親。その娘として育ってきたのだから、
音楽どっぷりの生活をしてきたであろうことは間違いない。5歳のときには初めての曲「THE GHOST」を書いている。ちょっと大げさなピアノのアレンジだけれど、その奔放さはいかにもISAらしい。その頃から、ISAは音楽が自分を表現してくれるものなのだと知っていた。あの頃から、小さくても確かにISAは”音楽家だった。”
本気を目覚めさせたたくさんのステージ
 スウェーデンで最高の音楽学校に入学した頃には、ISAの音の輪郭がはっきりしてきていた。授業ではブラック・ミュージックに没頭し、放課後にはライヴ・パフォーマーとしての活動に飛び回る。カヴァー・バンドでプレイしたこともあれば、ロビンなどプロ・ミュージシャンのツアーにもバック・アップ・シンガーとしても参加している。
「ライヴはずいぶんやったけど、それでお金を稼げたわけじゃない。一杯のビール代にさえならなかったことだってある。でも、ステージを繰り返しながら生活していくことがどういうことなのか、あの時
教わった気がするの。
 ステージが代好きだし、ライヴをやるのが大好き。それは私の音楽に集ってくれるオーディエンス(聴衆)とキモチを通わせられるフォーラムみたい。二度と同じことは繰り返せない、一つ一つが特別な体験なの」
 音楽の喜びを知ってしまったISAをとめられるものは、なにひとつなかった。
才能が呼び寄せた、ビッグネームたちに囲まれてデビュー
 現実に大きなきっかけをくれたのは、スウェーデンのシンガー・ソングライター・デュオのリンドストロムとエッケだった。プロデューサーとしても辣腕を振るってきた彼らは、次ぎの才能を本気で探し始めていたところだった。それまで手がけてきたジェニファー・ブラウンやロビンなど-いずれも、スウェーデンのみならず、全米チャートで成功したアーティストであることに注目すべきだろう-の成功を凌駕するような才能を。そしてある時、ISAが一人で作り上げたデモ・テープが彼らの耳に入る。ビンゴ!これだ。
 ISAの音楽の仕上げは、時間をかけ、恵まれた環境で丁寧に行われた。共作という形で参加したソングライターには、ホイットニー・ヒューストンやシャニースを手がけてきたテロン・ビールの名前も見える。
「ホイットニー・ヒューストンは、音楽を始めた最初の頃に影響を受けたアーティストのひとり。小学校ではみんながヨーロッパを聴いていたけど、私はホイットニーとスティーヴィー・ワンダーにすっかり入れ込んでいた。そんなお気に入りのアーティストと仕事をしてきた人達と曲作りができたのは、とても素晴らしいチャンスだった」
 幸運だ。でも、それは何を求めているのかわかっているものにしか訪れない。
「決めたことは必ずやるの。音楽はいつだって私の気持ちをかき立てるものだったし、これからもそれは変わらない。もちろん、アルバムには成功してほしい。でも、なにが起こっても私の気持ちは変わらない。ずっと音楽を続けていくの」


トゥ・トゥ・トゥールル・トゥール
 もうすぐ。ISAの音が届く。デビューシングル「プリテンダー」。このラテンのグルーヴを持ったソウルフルなポップ・ソングを、甘い風貌を裏切るかすかなハスキー・ヴォイスで歌う。そして、その後、ISAが今のすべてを見せるアルバムがやってくる。気持ちを弾ませるスウェデッシュ・ポップと、心震わせるブラックミュージックが抱擁するISAの世界がやってくる。