タイ、バンコクへ

● 出発!

関空へ。シャトルバスにてデバーチャーズフロアへ。タイエアウエイズのチエックインカウンターへ。ボールディングパスをうけとり、EXCHANGEで¥からバーツへ両替する。しかし、日本の銀行は親切である。わからないであろうと思われることを、聞いてもいないのに教えてくれる。(紀陽銀行さんありがとう!)

そこで、出国審査を受けるにはまだ余裕があったので、朝食をとりに売店へ。そこでなぜか、これからインドへいくと言うのにカレーをたのんでしまった。まあそのマズイこと!汗っかきの僕は、汗をかいただけでおわった食事だった。(まずいぞっ!英国屋っ!)しかしながら、関空はきれいな空港である。この空港から出発し、タイ、ネパール、インドと国際空港をのりついでいくのだが、その度に1ランク又は、2ランク以上おちていくことになるとは、この時点では想像だにしなかった。

● 機内にて

フライト便は12時前に出発だった。席で女の子と隣り合わせになる。かわいい!なんとか自然に話かけようと思っていた。が、それよりも前に座席がないためテーブルが見あたらず、どうやって機内食を食べていいかわからない。そこでドリンクサービスが始まり出した頃に、ここテーブルもないのに、どうやって食事を食べるんですかね?と彼女に話しかけた。

すると、その子もわからなくて2人で探したところ、ひじかけのふたがあいて、折り畳みのテーブルが収納されていた。2人でホッとして笑顔がでたところで話をしはじめた。

彼女は23才(もっと若く見えた)で松山市在住。タイのプーケットの友人のところに行くという。
派遣のOLをやっていて休みは比較的に取りやすいと言っていた。彼女は典型的バックパッカーではなく、観光かレジャーといったムードであった。
会話のはじめに、以前の旅行の時に隣の席が新婚カップルでえんえんと話かけられて困った。と言われたのでああ、ほどほどでひかえようと思っていたら、なんの向こうもよく話しかけてくれるので、楽しく時を過ごせた。

● バンコク、ドンムアン空港にて

隣に座っていた彼女はトランジットし、僕はバンコクに一泊の予定なので挨拶をして別れることに。たのしい時間だった。向こうもちょっと名残惜しそうにしてくれた。さあ、と歩き出して初めての異国の街に一人立つ。ん?あーーっ!さっきの彼女に住所も電話番号も聞いてないっ!もったいないっ!あの名残惜しそうな態度はきっと”住所ぐらい聞いたら?”だったのだろう。ツーリスト同志はよく住所交換をするが、それ以前に女性に対し、完全なる礼儀違反である。聞いて教えてくれる、くれないなど問題ではないのである。さらに、それを思い付いたのは入国審査を終えてからである。もうもどれない。仲良くなったのになーっ!!

● 異国に立つ!

はじめて異国の街に単身でたってしまった。時刻は4時前。さっきのショックをひきずりながら、EXCHANGEし、イミグレーションでマップをもらう。ガイドブック(この旅は3ヶ国とも”地球の歩き方”に世話になる)で安くいいホテルをチェックしていたので、フォンコールにてリザーブする。しかし、バーツの小銭は少しあるが公衆電話にどの硬貨を入れていいかわからない。あれこれしながらナンバーすると、かかったっ!(結局、1バーツコインだった)なんと英語で交渉しルームリザーブ。チャーリーズハウスというホテルの部屋をGET!オッケー!と思いながらプリペイドタクシーのカウンターへ。(いま思うといいかげんな僕がよくガイドブックを見てたなあと思う)

なぜプリペイドタクシーにしたのかと言うと、ガイドブック曰く。”ボラれない”始めからカモにされるのはいやなので、それ信じてカウンターにて、ルンピニースタジアム(ムエタイ=タイ式キックボクシングのスタジアム)の近辺の行き先をつげると650バーツと言う。(1999.6 1バーツ=2.9円で1885円)ん?ちょっと高い?か?な?と思ったが(ガイドブックには市内まで200バーツぐらいとかいてあった)、カウンターに印刷してある料金表を示され、空港の施設内ということも手伝って、まあこれぐらいかかるものなのかと納得し料金を支払った。これがあとで、ガイドブック不信の原因となる。

空港の外へ。初めてタイ、バンコクの空気を吸う。感慨ぶかく....。あつい!!なんといってもあつい!!感慨などあるものかっ!タクシードライバー連中にかこまれ、うっとうしい中、英語&タイ語で”どこにいくんだ?”ときかれる。(いま考えるとなんてなれなれしい)”ムエタイだ、ボクシングを見にいく”と答えると、”おータイボクシングか?おまえは#$&!〜=&か?”といわれたが、タイ語なまりの英語はよくわからん。んん?といった顔をしてたら”OH〜”といい何も話しかけなくなった。

● 迷子(笑)

タクシーのオヤジとなんだかんだ話(やはり風俗関係店に勧誘される。断ったが)をしながら、行き先について訪ねたらなんと、ホテルの場所をしらない。通りの名前をいい、地図を見せて指さしたのだが、本当にわからないようである。これにはまいった。まあ、スタジアムの近くなのでそこらへんにいって探してくれとたのむ。これが迷子への第一歩だった。

スタジアムにつき、そこらへんの路地をぐるぐるまわって、オヤジがこまった顔して車を止めた。おりると違うホテルである。ここじゃないと言うと、これ以上はわからないと言う。しかたなく回りを見渡すと、とーぜんワケわからんところである。その上アツイ。オヤジ”マンペンライ?(問題ないか?)”。いいよもう、と思いながら”OK"というと、彼はきた道をもどっていった。

さーて。どうするかと地図を広げて考える。歩いている人にきこうかと思ったが、英語がでてこない。まー近いのはたしかなんだから歩けばいいや。と、いきなりノーテンキになり、とりあえず歩き出した。それが一時間半、さまよいの始まりだった。

● チャーリーハウスは何処?

バンコクは大都市だが、道路は信号が少ない。大都市なのに異常に少ない、横断歩道も少ない、大きな道路には陸橋が多い。車は日本のようにカキカキ止まらないのである。人は車がびゅんびゅん通っているところを、めったやたらに乱横断する。でも、これがフツーなのだろう。歩行者は平然と渡り、ドライバーは流れを崩さず平然と避ける。日本の道交法には矛盾が多い。免許取得の試験のひっかけ問題(知識を試すのになんでひっかけなきゃならないんだっ!!)など意味が本当にあるのか?と言うものが多々ある。それにより交通事情を悪化させているとしか思えない。それよりちゃんと運転が未熟なものは都市部を走ってはいけないと運転者にいうべきである。

さて、街を見渡すとほとんどアルファベット表記がないっ!めざすチャーリーズハウスはどこ?しかし、スタジアム近辺でよかった。そこを目印にして探しにいける。灼熱のバンコクを歩きはじめた。2、30分歩いたろうか?見つからない。あ、ファミリーマートだ、セブンイレブンだ入ってみたいなとおもいながら歩き続ける。今はそれどころではない、宿を探さねば。でも30分後、暑さに負けてコンビニへ。すずしーい!!さいこうっ!ここに居いてしまいそうだ。いかん!探さねばっ!意を決してまたさ迷い出す。が、こんどは10分ちょいで挫けてまたコンビニへ。いかーんっ!はやくっ!もう一時間以上たっている。夕日が見える。グルグルグルまわったが、もう少し向こうの路地にはいってみる。あった。ものすごくあっさりと。

見つけた達成感など微塵もなくチェックインする。雑居ビルの傍らだがこぎれいなホテル。フロントにはいるとすーずーしーいーっー!生きかえるっ!やっと喜びがわいてきたっ!チェックインシートの英語に苦労しながら部屋へ。とそこでショックなことを聞かされた。なんと、全館禁煙。ええーーっ!タバコを吸うなら涼しいホテルを出て、灼熱の中でタバコを吸えだとー!フロントの優しいオバさんは冷静に”イエス”と答えた。がっかり。仕方無く部屋へ。2部屋見せてもらい日当たりのいい部屋へ。ふー、と一息。だが一服できない。くっ!とりあえすちょっとヘバってから、スタジアムに行くことにした。しかし、いいホテルだった。1泊450バーツ(1305円)でエアコン、バス、ホットシャワー、トイレ、テレビつき、シングルルームじゃなくダブルにしてくれた。(アジアのホテルでこの値段だとそんなに設備がそろっていない)セキュリテイもまあまあで、(外部からは強固だが、ルームのロックがいまいち)ホテルのフロントのオバさんも感じいいし、従業員(中学生ぐらい。息子だろうか?)もシャイだが親切だった。みなさんチャーリーハウスはお勧めです。

● スタジアムへ

超汗だくだったTシャツとパンツを洗濯してからルンピニースタジアムへ。その前で若めのタイ人に日本語で喋りかけられる。ここのスタッフだが、(IDカードをつけていた)リングサイドにすわらないか?と言う。日本語で喋りかけてくる奴は胡散臭い!と思っていた上に安い2、3階席に座りたかったのだが、ガイドはリングサイドを進める。2〜3階席はギャンブル目的で、賭けないと喧嘩になるというのだ。だから、外国人はリングサイドを進める。と言う。僕にはチケットを自分で買う時、タイ語で話せないなあと思っていたが、(値段はかいてあるクセに交渉できるらしいし、またスペシャルマッチのときは料金があがるらしい)割と悩んでガイドのいうことを無視してうろうろしてたが、しつこいので明らかに疑っている態度をとって、(実際、すごく不安だった)断っていると、彼は係官のいる入場口にはいっていってこちらに手を振ってきた。(ルンピニーは軍隊系のスタジアムなので大口径ライフルをもった軍人が警備にあたっており、紛れ込もうとかできない緊迫感が漂っていた)そんな、”ここの正式なスタッフだ!”というデモンストレーションをみてもまだ信用できず、高い高いと言って1000バーツの入場料を850バーツに負けさせて,取り敢えず入ることにした。

リングサイドにすわるとガイドが、コーラとポップコーンを買ってこようかと言う。”いらない”というと、試合がおわったらチャンピオンと写真をとろうと言ったが、金を取られそうなので断る。終始、冷たい態度にガイドは少しガッカリしたようで、お釣をもってくるといってどこかに消えた。帰ってくるのか、アイツ?お釣持ち逃げだろう?と思いながらもう前座の試合が始まっている。

● 興奮のムエタイ!

まだ前座ということもあってか、2〜3階席は客がちらほらである。試合は16試合ぐらいプログラムされていて、ウェイト及び何回戦であるかで分けられているようで、8つのイベントに分け、ワイクー(闘い前の儀式の踊り。神や師匠に捧げるとされている)から始まり、3分5ラウンドでインターバル2分で行う。メインイベントは5イベント目だ。(しかし、プログラムされていても、ない試合もあった)おおよそ全部で4時間近くかかる。

試合は中高生ぐらいと思われる(見える)選手で行っているが、中には小学生ぐらいの選手もいて前座を勤めていた。そこでさっきのガイドがもどってきてお釣をもらった。”楽しんでくれ”といい残し去っていった。あー、疑って悪かったかな?と思ったが、まだ出る時に金を払わなければならないかも知れない。が、試合をみることに専念しようとおもった。カードが進むにつれ2〜3階席じょじょに客が増えてきた。ギャンブルが目的の観客である。

リング上に目を移すと、するどい蹴りっ!流血だっ!ヒジがまともに顔面HIT!(ムエタイはヒジがOKである)膝蹴り膝蹴りっ!メインイベントも近づいてきて、客席に目を移すといつの間にか満員である。1試合、1試合毎にいや、1ラウンドごとに盛り上がっていくのがわかる。(盛り下がるのはワイクーだけ)実力が拮抗したマッチメイキングをしていて、KOはあまりないと聞いていたが、なんのメインとその前後の3試合はKO決着だった!(まるで、帰国後見た畑山のダウンシーンみたいだった。旅行中の試合だったので、帰国後見るのを楽しみにしてたのだが、帰りの飛行機中オバハンのせいで偶然にも結果を知ってしまう。くやしい!!)リング上でKOが起きると、こちらもガッツポーズ!!もう立ち上がってしまいそうだった。ギャンブラーたちも膝蹴りがはいるたびにタイ語で一斉にカウント。(あとで判定の時、ポイントが高いようだ)自陣の選手がヒザをいれるとセコンド達も大喜び。天井にたくさん付いていたファン(扇風機)もグルグルフル稼動である。

ルンピニースタジアムにて↓

場内は熱気ムンムンである。2〜3階席ではギャンブラーがリングサイドでは外国人が盛り上がる。その中を賭け金を募りオヤジが歩き回っている。コーラ、ポップコーン売りと間違えてしまう。(笑)途中、売店へ。そこは選手控室のなかにある。(おおざっぱな・・・。)そこで、トレーナーやセコンドが選手に気合をいれている。伝統のスタジアムの控え室。その横でコーラ(10バーツ、30円)コイケヤの緑色のスナック菓子(16バーツ、48円)を買って席に戻ったのであった。

僕の隣に試合を終わった前座の選手が、先輩を見る為か座ってきた。最初は何だこのガキ?と思ったが、その肘と膝を見ると選手とわかった。明らかに使い込んであるその部分はまるで、象の皮膚か老人の肌のようで10代前半の皮膚では決してなかった。僕にはそれがムエタイ戦士の証に見えた。

スタジアムの外へ。追加の金を取られるかもと思ったが何も無かった。(たくさんお金は持っているのだが、日本人旅行者はちょろいと見られるのが我慢ならない。これがあとで数々のファイトを生んでしまう)腹がすごくすいたのでスタジアム周辺で買い物。屋台でイカ焼き、春巻きに見えるものを買う(あとでホテルで食べるが、超マズ&超辛。食べれなかった。)その横の怪しげな屋台街にはいっていく。外国人はいない。僕だけだ。そこでラーメン(汁そば?)を頼む。が、英語はハウマッチも通じない。以下、屋台のオバハンとの会話(?)自分を指差し、麺を指差し、1個と指で1で出す。オバハン、タイ語でそこに座れ(だと思う)いすを指差す。タイ人と相席。オバハン、タイ語で「大盛りじゃなくていいか?」(たぶん)「イエス」と言うと作りはじめる。暫くしてラーメン(汁そば?)がでてきた。食べてみるとうまいっ!!そばにあった得体の知れない香辛料や酢を入れてみる。またまた、うまいっ!!麺が貧相なのが難点だが、満足、幸せである。(このあと、さっき屋台で買った物で超不味い思いをするのだが。)

そこで、どっとスコールが(本当にどっと)降ってきた。なんとか雨を避け、コンビニによって(異国のコンビニはたのしい)チャーリーズハウスへ。そとでたばこを一服してからインターホンを押す。(門限は10時半だった。この時、11時過ぎだった)タドタドしく名前を言うと、部屋番号は?ときかれる。あーっ!部屋番号忘れたっ!口篭もりながら忘れたと言うと、OK待ってくれと言いインターホンは切れた。やばい、どうしよう?ほんとに開けてくれるのか?(今考えると馬鹿馬鹿しいが)2〜3分後ドアをあけてくれた。そうしてバンコクの夜は更けて行くのであった。

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