「カンボジア入国」
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「ええ?日本語?」
エアポートバスにて、大体1時間で空港に空港に着きます。
そそくさとバンコックエアラインのチケットカウンターへ。
ここからカンボジア、アンコール遺跡群のそばの街、シェリムレップ市へ行きます。
今回は入国届書とヴィザ申告書も書かなくてはならない。これが結構書く量があるのだ。
チェックインすると、日本語で話かけられる。
え?と思うと、日本語の喋れる女性スタッフがいる。
(他の人は全部英語)
見ると、全然旅慣れてない中年男性に新婚そうなカップル、
あー、パックツアー以外で海外に来ちゃいけないような面々が。
なるほどね、と。
カンボジアも日本の円という外貨を獲得しないとなんだし、
国を挙げて観光に力を入れないと、貧困している国情はどうしようもないだろうし。
にしても日本語喋れるスタッフかー。
日本の大学学術団も頻繁に調査出入りしているし、
(長期にわたる内戦のためカンボジア国内の考古学者はほとんど亡くなってしまったとのこと)
カンボジアはすごい親日なんだなと、実感。
そして、四苦八苦しながら書類に書き込み、またもバーガーキングへ。
ドンムアンとハンバーガーはセットです。(笑)
「カンボジア」
ここでカンボジアについて少し。
カンボジアはすごく長期に渡って内戦が続いた国で、内政はボロボロになっています。
近年、内戦は収束したものの、国内のあちこちに地雷が撤去されないままのこり
その地雷原に現地の人が踏み込んでしまい、片足を無くしてしまった人もたくさんおり、
多数の戦争難民が世界規模の問題になっています。
日本もNGOにて救済活動をしており、日本も金銭支援をしていますし、遺跡に対して発掘支援を行っています。
それの関係もあってか、道はボコボコに穴のあいたまま、車の行き来はギャップを避けた蛇行運転になります。
それを憂慮して、活動したのが坂本龍一氏で2000年に"ZERO AND MINE"という
多数の日本人アーチストとコラボレーションしたCDを発売しました。
しかし、個人的には役に立ったのか、必要性があったのかわかりません。
願わくば、現地の事情も知らないままの状態でもCDを買うことが善行になるのでしょうが、
アジアから見た、日本人という金持ちの道楽にならないでもらいたいものです。
唯一、アンコールの遺跡群にて観光による外貨収益は重要な国の立ち直るための
資金源になっていると思います。
そのため目覚しく、アンコールの遺跡群あるシェリムレップ周辺は
(発音はこうなのですけど表記はシェラムラップとか書かれてる物が多いです)
変わっていっています。
つまり、安穏と観光に行ってもアンコール遺跡のそばとシェリムレップ市は全然安全です。
アンコール王朝を支えた、豊富な水産食糧を誇る
トンレサップ湖の方へいけば少しだけ怪しくなるかもですが。
また詳しくはおのおの国の予備知識に書いていきたいと思います。
「あれれ?」
さて、飛行機に搭乗なのですが・・・。
なんか綺麗な飛行機です。以前出雲市に出張に行ってたときと同じ型の飛行機です。
たしか、ボーイング727の内装が綺麗なやつですね。
中には遺跡や仏像をペインティングした飛行機もありました。
バンコクインターナショナルターミナルから、ドメスティックターミナルのところへ
バスで移動し、搭乗しました。
搭乗してすぐ、スチュワーデスから日本語で挨拶されます。
そして飛行機で飛び立つと・・。日本語のアナウンスです。
そう、スチュワーデス(今はキャビンアテンダント?)の中に日本人の人がいる。
「わたくし、日本人乗務員・・・。」
のアナウンスだったので間違いない。
つづく・・・・・。
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