バラナシ駅の北側についた。が、どっちにいっていいのかわからない。とりあえず駅の向こう側にいきたいがどういっていのかわからない。普通、駅には改札があって.......。ない。じゃ、駅員にきけば......。いない。なんてえこったい。方位がわからない。駅にはいっていいのか?う〜ん?まあ、とりあえずはいってみる。まあどうしたことか、インド人のみなさん地べたにすわってる。寝てる人までいる。ここに住んでいるのかと錯覚しそうである。(本当に住んでないだろうなあ)
なんと、レール上に牛がうろうろしている。牛フンだらけである。
蝿もひどくウヨウヨ飛んでいる。駅はこれまでみたことないくらい原始的な場所であった。そのなかでホームあるデジタル時計だけが近代的な異彩をはなっていた。暑い。すごく暑い。あんまり長くウロウロしてるとやばい。簡単に脱水症状をおこしてしまう。しかし、いまだ方位がわからない。しかたなく頼りないガイドブックの地図をみる。ん?あ!今、16時すぎだから太陽は西だ。目的方向は南東である。ということは太陽を背にして右斜め前に歩けばいのだ。そして、かなりでかい駅の中をとうりぬけバラナシ駅正面へ。そこで何を考えたのかガンジス河まで歩いていこうと思った。(やめときゃいいのに.....。)
市街地を通り抜けながら、サイクル、オートリクシャー(サイクル人力車、オート三輪)のリクシャーマン(運転手)に声をかけられる。もう、いやと言うぐらいのレベルではなく、会うたび声をかけられる。リクシャーは道のあちこちにいるのだ。それが、一人一人一様にひつこい。くどい!うっとうしいーー!!走りながら「ヘイヘイ!」と声をかけられる。こちらははじめての場所なのであちこちを見ているので簡単に目があってしまう。そうすると完全にウエルカムスマイルでちかよってくる。話ながら2〜300メートルもついてきた奴もいる。俺は歩くんだあっ!!どかんかいっ!!向こういけっ!!何度叫んだことか。(乗ればよかったのだが、初めてのインドの地をガンジス河まで歩きたかった。それに地の理も頭にいれたかった。)もう、つかれてしまった。しかたない乗ろう決めてサイクルリクシャーにのった。しかし、ダサーシュワメード通りにいってくれと言うが通じない。しかたなく、ガンジス河のそばまで行ってくれと言う。さらに値段交渉で5ルピー(20円)でいいと言うので乗った。もう目的地まで半分ぐらいあるいてた。しかし、サイクルリクシャーは割とよく曲がる。そんなにまがるか?と思いながら目的地のゴードリャー交差点についた。そこで降りると20ルピーくれという。ああん?なんやとう!きさま、5ルピーでいいと言ったやないか!「はらわん!嘘つきめ!」というと、「君は貧乏人か!」という。ふざけるな、このあほう。「お前が5ルピーでいいといったんだろう?」すると、「貧乏じゃなきゃ払え」。ええわいもう。「ああ、貧乏人だ。バーイ」と立ち去る。まだ奴は後ろで「きみは貧乏人かー!」やかましい。てめえにやる金はない。
「もうつかれた。なんでもいいよもう。」そんな気持ちで歩いてた。まだまだインド人は声をかけてくる。何人目かに日本語を喋れる高校生ぐらいの子がいた。ここで気がゆるんでしまった。「ホテルはどこにとまるの?」僕は正直になってしまい「決まってないんだ」と答えてしまった。「いいホテルがある、紹介するよ」と言う。もはや日はくれかけていたので、暗くなると危険なので紹介してもらうことにした。ほんとうは「ホテルガンジス」にしたかったのだが。
彼につれていってもらう。この旅ではじめて現地人についていく。「ガイドブックをもっているか?」と聞かれたので見せるとそのホテルはガイドブックにのっていた。さらに安心してついていく。彼は「日本語が好きなので日本人と喋りたい」「日本のことを知っている」「友達が東京にいる」など言っていた。彼はメイン道りから、路地に入っていく。なにか、ちっちゃな商店街入っていくようだ。バラナシの路地はかなり細く、入り組んでいる。そのうえ、けっこうアップダウンがあり、階段もある。なぜか地面はほとんどが石である。よくも石でこんなに町をつくったなあと、関心する。路地には店があったり、テンプルがあったり、なにもなかったり。また、ところどころに牛がいる。当然、牛フンもところどころにある。なにか、聞くところによると持ち主がいたり、いなかったりだそうだ。つまり、完全な野良牛も多いそうだ。しかし、見た目にはどいつもこいつも、野良牛である。

彼の案内するホテルについた。ALKAホテル言う中クラスのホテルだ。値段は200〜500ルピーと値が張るが、なにより気に入ったのはガンジス河に隣接して立っており、500ルピーの部屋はバルコニーがついていてガンジス河が一望できるのだ。
チェックインして部屋のバルコニーに出ると、
あああああ、ガンジス河だあ〜っ!!!
やっと、対面であった。なにか、言い様のないたたずまいである。
しばらく、見つめる。

心が落ち着く。きれいだ。来てよかった。
だが、15分ほどで飽きる。(爆笑)
先ほどのホテルを案内してくれた、彼がホテルの外で待っている。レストランに案内してくれると言う。外はもう日が暮れかかっていた。
例によってバラナシの路地を牛ふんを踏んで滑りそうに(笑)なりながら、案内してくれたレストランへ。そこは、日本で言うただの食堂だが、どうもその子のボスの店らしい。その子は「大沢たかおを知っているか?」(これが毎日何人にも言われることになるとは....。)もちろん知っている。僕は「星の金貨」がすごく好きだったのだ。そして「深夜特急」の撮影でインドにきたこともしっていた。バラナシのところは見てなかったのだが。(「深夜特急」は帰国してからみた)
僕は知っていると答えて親切にも「深夜特急」の漢字を教えてあげた。彼は撮影班が来た時に街を案内したと言う。そうこうするうちにメニューが渡された。ここはもう、カレーしかないでしょう!!
注文してから、しばらくしてから料理がきた。もう、本場の激辛カレーかと思うでしょうが、ほぼ「カレーの王子さま」でした。(笑)
彼にここまで来るのに大変だったと話し、そこの通りは(ガイドブックでは、ダサーシュワメード通り)なんて言うのと聞けばダサスメーロードというらしい。(全然ちゃうやろーっ!!通じるかいっ!!)そして日も暮れて食事も終わったときに、いきなり停電だあーっっ!!!
真っ暗の中、「俺はここで終わるのか?」「痛いのはいやだ」「金は全部だそう」「チケットは死守せんと」とかワケわからんこと(爆笑)を頭に巡らせながら外を見る。
すると、そとも停電のようだ。恐怖から、少し余裕がでて、「よくあるのか?」と聞いた。すると、そうだ、5分ほどで直るといった。少しほっとしてたら、ロウソクに火をつけて運んでくれた。もう、びっりした。来たばっかりの異国の地で、知らない人と真っ暗闇になってみなさい。かなりこわいよ。そうして、15分ほどで電気がついた。
勘定をはらって、ペットボトルのミネラルウォーターを併せて買ってお釣をうけとる。皿にだされて受け取ったのだが、そこになんかあおいお菓子の食べのこしみたいな粉がある。「なにこれ?」ときくと食べるものと言う。つまんでたべてみた。別に味はない。あとで考えると、ガンシャだった。
店を出てホテルに帰ろうとすると、道から彼の友達と名乗るものが何人かでてきた。彼らは「案内する、こっちにこい」というが、いく気はない。さらにあの「停電」あとだ。すると、彼と友人は「ヤクを買わないか?」と言ってきた。ああ〜、なるほど。ヤクの売人だったのか。ここで誤解のないように言っておくが、彼らは普通の十代後半の若者だった。学校も行っているといっていた。(これは嘘だろう。インドではカーストがだいぶ高くないと学校にはいけない。それに日本みたいにそこらへんにゴロゴロ立っていない)
「どうだ?500ドルで?」はっ?いまなんと....?そんな金出せるかあーーーっ!!($500は当時、約6万2千円)冷静に「いらない」答えると、では2000ルピーでどうだと言う。(7400円)なんだ?いきなり10分の1ぐらいになったぞ?また、冷静に「いらない」答えると、1000ルピーでいいからという。あまりにもさがっていくのでおもしろがりながら聞いていると、「こっちへこい、ヤクをしよう」といわれたが、ことわってホテルにはいる。警備員がいるホテルなので入ってこれなかったがひつこいこと、ひつこいこと。最後には200ルピーでいいからといっていた。(どうやら、これがツーリストへの正式な相場だろう。740円。始めから考えると100分の1に近い)やっと思いで振り切って、ようやくおちついて、シャワーをあびる。一緒に洗濯も。
やっと一日が終わった。たいへんな一日だった。バルコニーにでて夜のガンガー(ガンジス河)を見ながら、タバコをふかす。
夜でも河でおよいでる人もいる。
楽器で何人かが演奏している。
明日の朝、日の出とガンガーを見ようとベットについた。