海上自衛隊

この職業は今までついた職業の中で、今も一番好きな職業です。 いまだに、戻れるなら戻りたいとも考えています。 皆さんはどうとらえられていますか?よく、「自衛隊」の人は変だ。とか、税金ばっかつかいやがって、とかを耳にします。
たしかにそうです。(爆)が、内情はその事実と大きく異なります。当然、建物はほとんどが戦前の物ばかりだし(補強、防寒内装工事などはほどこされていますが)、米軍の払い下げのものがたくさんあります。物を非常に大切にして管品などは、(国から貸し出してくれるのもの制服や靴が主)壊したり、なくしたりしたら即、弁償です。 支給ではないのです。(支給といいますが)整備でマシン担当(飛行機など)になると自分の子供のように扱い、天災によりマシンが壊れるかもしれない、というときには自分の家族よりも先にマシンを優先します。へたをすれば自分の命よりも。
変な人たちはたくさんいます。環境が余りに違うからです。 世界各国では普通の軍人(軍じゃないですけど/笑) 扱いですが、日本ではその感覚はもう、珍しい物になってしまっていて、(タブー視されている)故吉田茂総理大臣からは、君達は一生「日陰者」でいなければならない。とおっしゃられました。 一生「日陰者」と思いながら、日々苦しい訓練をたえぬく意志を、想像できますか?人は頑張れば誉められたい。しかし、隊内でしかほめられることはないのです。日本で言う日常社会ではその価値は地に落ちる。 いや、そんなことをするな!という団体もたくさんあります。 理解があるのは、一部基地のある町の住民の方たちだけです。 自衛隊と仲の悪い地方自治体もおおいです。かく言う神戸も地震前までは全国有数の自衛隊嫌いでした。
前置きが長くなりました。それでは隊の生活とシステムをを紹介します。わかりやすくするため、ここでは僕のたどった道のりにそって紹介します。

a(アルファ):入隊

各地方の地方連絡所(地連と呼ぶ)に問い合わせて、志望動機と任官職種をつげて募集要項をもらう。資格があれば志願票を提出して、受験する。(僕は地連で受験したのだか、一般海士試験だったため、非常にアバウトに行われた。そう、試験でも受けていく?/笑/そんなノリだった。問題を解いていて少し止まると、試験監督をしてる人がひとりごとのように「う〜ん?あれって〜じゃなかったかなあ?」と教えてくれた。/笑/なにせ応接間で1人で書き込んでいたのだ。) 艦船勤務までは教育隊(3ヶ月)、術課学校(2ヶ月)、そして艦船へとなっています。

b(ブラボー):教育隊

当時、3ヶ月(いまは5ヶ月)の期間、生活習慣と体を鍛えます。 僕は舞鶴教育隊に入隊しました。住所は舞鶴市官有無番地でした。(笑)シンプルでしょ。国の有する土地はそんなんが多いです。網走番外地とかね。

だいたいのタイムテーブルは
6時起床
食事
8時課業整列(朝礼&行進)
9時課業(座学)
12時食事
1時課業(運動)
5時終了
別課(ほぼある。運動)
8時過ぎまで入浴&洗濯
8時過ぎから甲板掃除(隊舎掃除)
9時前までに順検(掃除の出来具合を当直が見回る)
9時から自由時間
10消灯
です。ちなみに自衛隊は時間に非常に正確、忠実です。

あさ、6時起床。(ぴったりに)起床ラッパとともにダッシュで飛び起きます。まず3分以内。早く起きて用意してはいけません。

その後、整列し点呼。当直海曹に報告後、体操し2キロランニング。
洗顔、ベットメイク(2段ベッドでシーツは一流ホテルなみにピンと張り、コインを落とすと跳ね上がるぐらいにする。)食事へ。食堂まで上官に挨拶を大きな声で行う。食事は食べるのが5分。「残り物には福がない」といい、早く済ませて1日の課業(授業と思ってください)を用意し、甲板掃除へ。(隊内の清掃です)そして、グラウンドに8時までに行進し整列。(まあ、時間がないこと)
そして、課業整列(朝礼みたいなものです)を行い司令に挨拶。(千何人があつまって、当番伍長が「しれーぃ!おはよーございます!」と大声で司令に挨拶し、続いてみんなで挨拶。そして簡単な訓育を話されたあと行進で隊舎へ。
そして、だいたい午前中は座学(授業です)何をするのかというと、適正検査や陸海空3自衛隊の共通の物事を学びます。たとえば、隊舎や艦にかかげる旗の意味とかアルファベットを聞きまちがえないために、aをアルファと呼び、bをブラボー、cがチャーリーと言う具合に覚えます。あと、上官への敬礼の仕方とか(角度が決められている)、行進のしかた(右向け右の角度や歩幅何センチとかきめられいる)、上官がいたときの門のくぐる順番とか、乗車の際にどうすわるかなど、いっぱいあります。これらは米軍でもあります。間2回ぐらいタバコとトイレ休憩をはさんで昼飯へ。
またも時間がありません。漫画やどうのこうのなど余裕はなく、午後の準備で精一杯です。
午後は体の鍛錬が中心です。陸上教練(行進とか)、マラソン(5キロ)、水泳(2キロ)、短艇(カッターです)、柔道、サーキットトレーニング(踏み台昇降とか懸垂など20種目ぐらい)、体力測定(1500メートル、ハンドボール投げ、懸垂、50m走、走り幅跳びなど) などなど。(僕は体力測定で「体力1級」をとることに懸命でした。各競技の成績によってポイントがあり、各々「体力1級」のポイントをとらなければいけない。それを3ヶ月の終わりに体力検定があるのですが、結局取れなかった。とれれば、月桂冠のデザインをした勲章がもらえるのですが、すごく欲しかった。あと、2点だった。分隊50人中とったのは1人だった)
中でも短艇はきつく、夏に入隊したこともあって、汗がすごく、終わってから体重計にのると、3〜5キロ、ひどいと7キロ落ちてしまう者もいました。でも、なぜか僕はこれが一番好きでした。
これらをだいたい3つ組み合わせて5時に課業終了です。が、別課(べっか)というのがあって、だいたいこのあとやります。さらに別々課(べべっか)や、相当きついと別々々課(べつべつべっか)まであるときがあります。あとにしなければならないことがあってもおかないなしです。
ほんとうにきつかった日は、毎日朝からマラソンして、午前中に体力測定があり、午後から短艇、水泳、柔道、そして別課にマラソン、別々課 にサーキットトレーニング、つかれ果てた時に、別々々課でもういっぺん、プールに行くぞと言われた時は「この人は一体なにをしゃべってるんだろう?」と理解できなかったことがあります。(笑)プールってなんだったかな?と真剣に理解出来てない。つかれ果てて思考能力がないのです。(笑)同じ経験をした奴も「この人(班長)のいってることがわからない」といってました。(爆笑)
そして、夕食へ。もう食べるだけです。楽しみは。(爆)しかし、かきこむように食べて、急いで洗濯、アイロン掛けなど。すべて自分でやるので忙しく、汚れ物がたくさん出るのに毎日、服装チェックがあります。しがし、洗濯機は数少ない。(笑)早い物勝ちです。朝や昼のほんのちょっとした時間にしなくてはならないこともあります。(僕はそっちをメインにしていた)
その間にお風呂へ。これも時間がない。8時15分ぐらいから甲板掃除 で、かなり気合いを入れてきれいにする。もし、やりなおしをくらったらしゃれになりません。
そして、9時まで自習へ。大体彼女へ手紙か、全員係をもっているので下準備や座学のテスト準備をします。その間に「巡検」がまわってきます。これは海上自衛隊のみの慣例で他の自衛隊ではないそうです。つまり、掃除がきれいに出来ているのかを、当直が見回るもので隊舎のなかを「じゅんけーん」と大きな声で行進しながら回ってきます。
そして、9時やっと自由時間である。しかし、掃除のやりなおしがあるときもある。大概僕はカップラーメン食べてました。んまあーうまいことうまいこと。そして、強制的に10時消灯。眠れなくても「寝るが仕事だ」と言われます。

色々な競技会がありました。マラソン、水泳記録会、教育隊全体での水中運動会もあった。(すごく楽しかった)それと、酸欠で倒れる者続出の「山上駆け上がりレース」、Mー1ライフルでの射撃会、(これは才能があったのか、3位になりました。)
そして、そんな楽しい日々(笑)を過ごして教育課程を終了します。
最後は成績最優秀者を「優等生」として選ばれます。
それに選ばれることは誇らしく栄誉となります。
みんな選ばれるために懸命に努力し、そして心技体の優秀者なのだから。

ですが、初級課程(最初に入隊して行う課程)はまだやさしく、幹部課程(士官です)などはさらにさらに厳しく時間もありません。

C(チャーリー):隊内学校

次は術課学校を紹介します。
横浜の横須賀術課学校に配属されました。艦船機関学校です。 いきなり、生活態度と体力だけある奴を艦に乗せても役に立ちません。
そこで、実務の学習とまたもや生活態度をバシバシたたき込まれます。
僕は、3分隊配属(提出希望通り)になったのでエンジニアになることになりました。
ちなみに、1分隊は攻撃分隊で武器を扱います。 2分隊はメカニックで、レーダー、航路設定、水測、戦術などを行い、 4分隊は補給、調理、経理などを行います。

海上自衛隊は艦の中で46時中、上官と一緒なので3自衛隊では
生活態度の教育は一番厳しいのではないのでしょうか。
特に服装と挨拶は徹底して厳しかったです。朝の課業までに何度「おはようございます」をいうことか。(笑)視界に人影が見えたら、おはようございますですから。たまに仲間内で言ってたりすることも....。

学校では委員長、副委員長を「学生長」、「甲板長」と言います。 タイムテーブルは、ほぼ教育隊と一緒です。が、余りにも憶えることが多すぎる。でも、教育隊との大きな違いはけっこう夜更かしできることです。ただし、勉強の時間になってますが。自衛隊の教官は通常隊員が勤めます。専門の先生としては存在しません。先生でも通常隊員であることには変わりはないのです。教わった教官と同じ艦に乗ることは別にめずらしいことではありません。
自衛隊の教官は最初に、今までの経歴を話します。 何年入隊、何年何艦に乗り国内、海外の寄港国を話す。 その人が何者なのか最初にわかって心を開きやすいです。 日本人は完全にコミュニケーションの才能がありません。 名刺などはそれを代表しています。 自分を他者にプロデュースすることが出来ないのです。 そのため、いろいろなコミュニケーションツールが流行り売れていく。 共通の話題のために。あまりにも頼りすぎる。 回りと似た環境なので、多くの暗黙の了解がコミュニケーションを支えています。そのことに気づいていません。その、みんなが同じだから同じ様にしようと言う感覚には虫酸が走ります。(ああ、なんか違うコーナーになってきた....。)それを、踏まえて自分が何者であるのか、なにをしていくのか明確な人は好きなのです。
課業は、ボイラー、無電池電話、電気大型発電機、手旗、手信号(手話みたいなもの)、ディーゼルエンジン、電気、暗号、などなど。それにテストと実習がまた別に入ってきます。それを、2ヶ月の間に急ぎ足でたたきこまれます。わすれられないのはボイラー実習で、練習生(ぼくら)だけで動かすのです。(ボイラーとは、大きなかまどでお湯を沸かす様なイメージをしてください)一件の2階建ての家ぐらいのボイラーを暴走させずに運転する。まかり間違うと爆発の危険があります。2日に渡り行われた実習はそれまでの勉強も多く、大変でしたが1日めに危うくボイラーを暴走させてしまいそうでした。ゆわゆる「空炊き」状態でボイラーの釜を割ってしまうところでした。(僕のいる班じゃなかったですが)
教官は怒りましたねー。それから、ボイラーに火を入れずに自主練習。いままでのノートを見直し、また書き込み、大変でした。
そして翌日。みんな気合いはいって文句無しの実習でした。気持ちよかった。仲間と連携する心地さを十分味わいました。

ここの学校で自衛隊で初めて「手信号競技会」で「1位」をとりました。いろんな競技会でやっとでした。競技会に入賞すれば必ず景品があるのですが、(班長の財布から出ることが多い。/笑)鉛筆となにかでしたが、嬉しかったな。と憶えています。
その頃、三宅島噴火がありました。僕らも非常待機を少しだけ命じられました。自衛艦で島民を救助に行くためです。噴火のため余震があり、新幹線開通以来(阪神の震災まで)ダイヤが乱れたと記憶しています。休日は横須賀にばっかり行ってました。NAVYのベースの中に入ったり、ドブ板通りに行ったり、その頃の横須賀は米国兵隊と日本人女性のカップルはとても多く、町のカップルは日本人同士方が少ないんじゃないかと思うほど多かったと思います。

次はいよいよ、艦船勤務です。

d(デルタ):艦船勤務

「護衛鑑あさぐも」これが、ぼくの勤務した鑑です。
佐世保市に赴任。(村上龍氏の故郷)
米軍のベースもありました。
あさぐもは内燃鑑(ディーゼル鑑)であり、対潜水艦迎撃鑑でした。でも、よく覚えていない。(笑) なにせ、僕のいた3分隊は機関科だったので。因みに1分隊(攻撃分隊)と3分隊はライバル関係にあります。お互いにプライドが高くって。(笑)なんでも競う自衛隊ですから。自分たちが鑑を取り仕切っている、自分たちがいなければ鑑は動かない、と思っているようでした。
1日のスケジュールは出航時と停泊時で大きく異なります。

まず停泊時はものすごくだらだらしています。(笑)船乗り体質です。陸(おか)にあがった船乗り。(役たたずと言う比喩)そのままでしたね〜。勤務作業は停泊時はほとんどありません。だから、だらだら。ですが、自分でなんでもやる自衛隊、そのときの仕事は(新隊員は)当直(ワッチ)と食卓番(シャリ番)、甲板掃除があります。当直は、発電機、ボイラー(風呂や空調用)の運転、タンク分量点検(真水、冷却用海水、燃料、オイルなど)配電盤のメーター点検、冷凍貯蔵庫の温度点検などです。それを1時間おきに点検します。(鑑によって違うと思いますが)それを3時間交代で24時間行います。だから、昼間でも眠い。睡眠は連続では取れない時もあります。でも、昼間寝ててもいですが。食卓番は皿洗いです。3食の当番制です。スチールの1枚盤にへこみがあって、それにご飯とおかずをいれます。

航海にでるとものすごくいそがしくなります。訓練スケジュールがきつい時はもうふらふらになります。基本的に航海時はすべて勤務時間ですから24時間スケジュール。その上、先ほどの当直と食卓番、甲板掃除がはいってきて、風呂や洗濯はものすごくやる時間がありません。当直の順番が悪いと3時間ぐらいしか寝る時間がないのに、その時間にすべてこなさなくてはそのうえ時化(シケ/海があれる)てみなさい、いままでの悪事をすべて反省して、真人間になるから助けてくれと、神に祈りましたよ。(爆笑)船はどこにも逃げ場がないですから。でも、いままで鍛えられてきたから仕事をこなしてしまうのは、我ながらすごい。(笑)

でも、海が時化た時はもうどうしようもない苦しみですね。思い出したくもない。吐いて吐いて、胃液も出し切って、さらに吐く。そこで忙しい仕事をこなさなくてはいけない。

船の人間模様はバラエティに飛んでます。国立大卒業、元やくざ、知的障害者(雇用均等法によって雇う)、宗教家(笑)などなど。日本国籍があれば何でもこいですね。(厳密にいうと、実刑判決を受けた者と準、禁治産者はだめです)

あと、これは書いていいのかな?駄目だと思います。(笑)防衛庁や他の団体からクレームくるかも?
航海時はいつもそうではないのですが、ごみすてをします。海へ。僕はすごくいやだったのですが。逆らえるわきゃーないです。このことが海上保安庁(海の警察)にみつかれば凄い額の罰金が....。海へポリ袋のゴミをすてる。長い航海のときは艦内がゴミだらけになるので。そのごみすてのときに、死にかけたことがあります。見つからないように夜捨てます。でも、そのときかなり時化ていて、雨も降っていました。そんな中、鑑尾まで両手にごみ袋をもってまっくら闇のなかへ。かなり足元もわるくスリッピーな状態でいきなり、鑑が大きく揺れたのです。危うく海になげだされるとこでした(救命胴衣もつけてない)。ここで、人生初めて死に近づいてしまいました。(その後の人生で何度かまた、近づいてしまいましたが/笑)

休みの日に上陸(隊外への外出)したときや、寄港地での上陸はもう遊びましたね〜。鑑の中でいろいろたまりまくってますから。(爆笑)もう、へたすると港々の女とか。(笑)インパクト強いんですよ、船乗りは。もう凄い集中力。金も鑑では使うことがないから、(1日1000円使うのが至難の技/笑)使う使う。酒の飲み方もすごい。時間はかぎられていますから。みんな遊び上手のスマートな人が多かったですね。閉鎖された空間なので自分から楽しむことを知ってる人が多かったですね。

さあ、どうでしょうか?いいところでしょう?(爆笑)

自衛隊というのは、いい大人の部活動ですね。日本という学校の。

就業希望者は掲示板かメールをください。(笑)
追記:上陸

教育隊の3ヶ月のうち、最初の1ヶ月は休日に上陸(隊外へ外出)出来ない規則だ。
その長い1ヶ月が終わりひさしぶりのシャバ(隊外)に出れる日がきた。
が、班長(上官)から「くれぐれもナンパするなよ」と通達が。
しかし、みんな外へ出たら守れるはずがない。
ひさしぶりに女性を見れるのだ。

街へ出る。おお、この街は美人ばっかだ。みんなまぶしい。
なんていいところにいたのに外へ出られなかったんだろう。もったいない。
が、目移りばかりしてナンパどころではない。
すぐに帰る時間になってしまい隊へもどった。
みんなの街の女の子の評判はすこぶるいい。
けっこう地元ではならしてきた奴がおおかったので、
電話番号を聞いたとか、今度デートする、との話で持ちきりだ。

それを聞いていた班長がひとこと。
「おまえら、ナンパしたな。久しぶりだから、全員キレイな女の子に見えただろう。
この街にきれいな子はおらんぞ。やめとけ」

みんなの楽しかった1日は台無しになった。


目次へ TOPへ jieitai.html